53 豚って旨いよね

「敵性反応なし。標的は完全に沈黙しました」

「終わった……か」


 桜庭の探知により、室内の敵が全て倒れた事実が告げられる。核魔獣がいなくなったということは、ダンジョン攻略完了を意味する。洞窟を脱出するまで安心はできないが、先ずは一件落着といった形か。


 藤堂は戦闘の終了を噛み締めているのか、無防備な姿で天を仰いでいた。人類の更なる生存領域拡張が成功して、嘸かし感慨深いのだろう。


「んぁ……なんか落ちてるぜ」


 ふと、熊谷は何かに気付き先程までボスゴリラがいた地点まで歩いていく。釣られて俺も先を見ると、確かに床で光を反射して何かが輝いていた。熊谷が光源の元まで辿り着くと、しゃがみ込んで物体を拾い上げる。


「なんだこれ……勾玉かぁ?」


 確かに、其れは勾玉だった。神社で購入するお守りでよく目にした勾玉だ。濁った緑色をしており、人差し指の先から第2間接程の大きさがある。命を懸けたボスゴリラ討伐の報酬と考えると、小さくて大した価値もなさそうだ。


 不思議なのは、藤堂と美咲の意識が急に熊谷の手元へ引き寄せられたことか。二人とも、何故か目を見開いて驚いている様子だ。


「勾、玉……ッ」

「……本当にあった」


 この感じは、思ってもみなかった事実の判明というよりも、確定していない予想が確実になったというところか。つまり、二人は勾玉がここに存在するという情報を何処かで手に入れていたことになる。それも目的の一つだったのか? だとしても、この小さな勾玉が何の役に立つというのか。


「ゲン、それを」

「あぁ、はいどうぞ」


 藤堂に声を掛けられ、熊谷は勾玉を渡す。藤堂は暫く手の中にある勾玉を眺めると、視線を逸らして掌を握り締め、俺の方に近寄ってきた。……え、俺?


「小僧、何かわかるか」

「え……何かと言われましても」

「なんでもいい。些細な事で良いのだ」

「えぇ……」


 そう言われても特に変わったことはな……。

 

 ……あぁ、そうか。子供の頃から常に経験し、現在では日常と化していた事象なので、すっかり忘れていた。シュテンやイバラキも最近では実体で生活することが殆どだったし、実害になる時間もなかった。


 あれは、他人に認識できない存在であったか。


「あぁ、浮いていますね」

「浮いている? ……何がだ」

「子豚ですね」

「子豚?」

「小さい豚です。豚丼とか豚しゃぶにすると美味しい、あの子豚です」

「な、なぜ豚なんだ」


 それは俺も知らんがな。


『なんだお前、僕ちんが見えるのかー?』

「あぁ、まぁ見えるけど」

「どうした」

「いえ、子豚が喋り出したので」

『僕ちんを見ることができる人間がいるなんて感激なんだなー!』

「な、何と言っとるんだ」

「視認されて嬉しがってますね」


 子豚は二頭身で30㎝位の大きさがあり、少年らしき声音で話す。背中に付けた小さな天使の羽をパタパタと忙しなく動かしながら、俺の頭周りをグルグルと周回しだした。蠅みたいで鬱陶しいな。叩き落したろか。


『お前、名前は何て言うんだー?』

「俺か。俺は山田だ」

『ヤマダ! 僕ちんはスエ。よろしくなんだなー!』

「いや、別によろしくするつもりはないんだけど」

『酷いんだな!』


 いや、なんかこいつ見てるとお腹空いてくるんだよね。


「打ち解けているのか……?」

『友達なんだなー』

「いえ、別にそうでもないですね」

『酷いんだな!』

「そうか。……小僧、すまないが対話役を頼めるか」

「いやだから別に打ち解けているわけではないんですが」


 この豚野郎が勝手に燥いでいるだけだ。俺には何の関係もないので、対話役など御免被りたい。俺は迅速にダンジョンを脱出して、質素なコンビニ弁当とはおさらばをする。そして、報酬として貰った割引券で拉麺を食べに行くのだ。こってりしたのが食べたいから、豚骨ラーメンにしよう。


「頼む」


 藤堂が此方へ、頭の天辺が見える様に腰を折った。


 大の大人、其れも冒険者団体団長を務める責任のある人間が頭を下げる。こんな有象無象である俺に対してだ。俺が無い頭を幾ら下げようがどうでもいいが、藤堂は別だろう。誠意を見せた、男の行動だ。ここまで見せられて断れる筈もない。


「……わかりました」

「ありがたい。まず、何者なのかを聞いてくれ」

「此方の声は聞こえていますので、普通に質問する感じでいいと思いますよ」

「わかった。……お前は何者なんだ」

『僕ちんは勾玉に宿る妖精、スエなんだなー! 可愛らしく愛おしい、玉の様な男の子なんだなー!』

「勾玉に宿るオス豚です」

『全く違うんだなー!?』


 別にそこまで変わらないだろ。要所は上手く抑えているしな。


「ふむ……。何故儂たちには見えないのだ」

『全く分かんないんだなー。僕ちんも色んな人間と話してみたいんだなー』

「知らないそうです」

「そうか」


 藤堂は右手で白い顎髭を撫で付けると、少しの間黙り込む。

 何かを考えている様子だ。質問の内容を考えているのかもしれない。


 数秒が経過した後、藤堂は意を決したのか、重たい口を開き言葉を紡いだ。


「……勾玉は、使用できるのか?」

『できるんだなー』

「可能らしいです」

「そ、そうか!」

「……!」


 藤堂の顔が、今までに見たことが無いほどに明るくなる。話を聞いていたのか、美咲からも大きな反応が示された。どうやら、二人は勾玉に隠された能力が目当てだったらしい。


 確かに、勾玉には驚異的なまでのオーラが宿っている。遠くにある時は気が付かなかったが、近くで見ると内包された力が嫌でもわかった。探ってみるが、底は見えず辿り着けない。これだけの力を一気に開放すれば、日本を鎮めることも難しくないだろう。モヒカン頭のバイク乗りが跋扈し、壮絶な兄弟喧嘩の始まる世紀末時代の幕開けだ。


 要するに、傍から見るとこの勾玉は明らかに危険だという事実が分かる。


「危ないので、使わない方がいいと思いますけど」

「「……」」

「あれ、藤堂さん? 神威さん?」

「「……」」

「おーい」


 正直に現在の心境を語るが、両者から返事はない。

 大層、勾玉に夢中のご様子だ。


『でも、注意が必要なんだなー』


 スエから忠告の言葉が入るが、現在二人の耳は塞がれている。

 俺が喋っても、恐らく右から左に聞き流されるだけだろうな。


「あの、使用に当たり注意点があるらしいです」

「なんだ」「なによ」


 いや、食い気味。

 滅茶苦茶聞こえてたわ。

 勾玉については絶対に聴き洩らさないわ。

 

 精神にダメージを負う結果となったが、スエからの話を伝えなくてはならない。感じた悲しさを振り切り、気持ちを完全に切り替えた。……あぁ、早くお家帰りたい。


「能力開放には莫大なオーラを消費するらしく、一度使用したら暫くは使えなくなるらしいです。オーラを貯めるのに時間が要るとかで、凡そ500年掛かるんだとか。……え、そんなに掛かんの?」

『間違いないんだなー』

「間違いないそうです」


 蓄積が遅すぎると内心思いながら、あれだけの内臓オーラならその位の年数が必要になるかと自分を納得させていると、何故か藤堂が剣を引き抜いた。先端が下を向いてはいるが、戦闘態勢に入ったのが分かる。あれ、まだ敵残ってたかな。


「話し合いで解決する気はないか」

「……先を譲るつもりはないわ」

「儂もそうだ」

「答えは決まっているようね」


「“顕現せよ、英雄の鎧”」

「“齎せ、祝福の杖”」


 藤堂は黄金に輝く豪奢な鎧を身に纏い、美咲は一振りの煌びやかな杖を手にする。敵が残っていたのではない。二人が勾玉の使用権を賭けて、争っていた。


「儂は近接戦闘特化で、対する美咲は補助や支援専門だ。既に勝ち目は見えているぞ」

「どうかしらね。……“完全身体強化”」


 鋭い殺気の飛ばし合いが行われ、場は一触即発だ。


 ……いや、早く帰りたいから、身内争いは日を変えて改めてやってくれ。事前に聞いていた仕事内容はダンジョンの攻略だろうが。まだ続けるようなら時間外手当を要求するぞ。ラーメン屋の割引券を無料券に変えるぞコラ。


「おい、ちょっと待て!」


 今まで黙っていたが我慢できなくなったのか、熊谷は両者の睨み合っている丁度真ん中に小さい体で風を切ってズンズンと歩み出た。あの中に割って入るなんて、勇気があるな。流石は副団長だ。


「聞け! 同じ」

「ふんッ」「はぁッ」

「うぎゃ」


 均衡状態だった空気は破られ、仲間内による戦闘は開始された。熊谷が美咲と藤堂の武器が衝突した衝撃波によって吹き飛ばされる。止めに入ったのは無意味だったな。流石は、副団長だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る