52 中核にて

「隊列はいつも通りで、瞬時に全員の入室が完了するように。……よし、行け!」


 藤堂の合図により、熊谷から核魔獣がいるであろう部屋へ入っていく。丁度全員が入り切った所で、壁へ備え付けられている燭台に手前から順番で明かりが灯りだした。奥まで光源が広がり、部屋の暗闇が照らされたことでその全容が明らかになる。


 部屋中央には一匹のゴリラが佇んでいた。全長は5mを優に越え、身体は筋骨隆々で鋼の様だ。目を血走らせ、此方へ殺気を飛ばしている。


 その大きさに目を奪われていたが、視線を少し下げると小柄なゴリラが5体、巨大なゴリラの前方を固めている。小さいと言っても2mは越える体躯を誇るので、人間からすれば脅威なのは変わりない。



――石を削る音が背後から響く



 振り向くと、入り口(今では出口だ)が既に閉まりかけていた。周囲のメンバーが反応を示さないのを観察すると、これが通常な事態なのだと気付く。恐らく、核魔獣を倒すまで外に出られない仕様なのだろう。自ずと緊張は高まる。とは言っても、もし危険に陥ったのなら躊躇わずに扉をぶち壊す気でいるが。


「“束縛バインド”」


 桜庭がボスゴリラに弱体化を掛ける。事前に説明を受けたが、あれは敵の動作を一定時間制限する能力だ。桜庭と標的との力量差によって継続する時間は変化する。使用は10分に一度が限度なので、核魔獣戦ではこれが最後の拘束になるだろう。


「効果時間は20秒です!」

『りょうかぁぁい! おっしゃこいや豚ゴリラがぁあッ!!』


 桜庭の能力発動を合図に、戦闘が開始された。

熊谷は声を張り上げ、5体のゴリラを誘き寄せる。ゴリラは胸を幾度か叩いた後に怒りの咆哮を上げると、鉄の塊へと集っていく。


「“鉄壁アイアンウォール”」


 美咲が熊谷に向かって強化をかける。防御力が上昇し、鉄壁の様な硬さになる強力な防衛呪文だ。防御が備わる有用な面を持つ一方、攻撃面が相反して貧弱になるが守備を専門とするタンクとしては理想的な上昇効果と言える。継続時間は一定して30秒間だ。


『俺は無敵だぁあああ!!』


 物凄い勢いでゴリラが殺到してボコボコに殴られているが、全くの無傷だ。正に、鉄壁と呼ぶに相応しい。


「……モテモテだな。ゴリラにだけど」

『絋雨コラ!? 聞こえてっぞ!!』

「あ、すみません」

『戦闘終わったら覚えてろよ!!』

「小僧、話してないで儂達も行くぞ」

「了解です」


 既に覚醒済みの俺と藤堂は、熊谷に群がっているゴリラを一匹ずつ確実に処理していく。ゴリラは脆く、背中を一度切り裂くだけで力尽きた。最後の一匹を藤堂が黄金の大剣で切り終えた直後、見計らったかのようにボスゴリラが拘束から解放される。


「解除まで5秒! 4……3……2……1……今!」

「ガアァアアァァァアアア!!!」


 ボスゴリラは仲間を殺された恨みか、将又囚われていた屈辱からか、柱のように太い両腕で地面を力任せに叩きつける。部屋全体に地震が起きた時に似た揺れが発生すると、ボスゴリラを中心に地面全方向へ蜘蛛の巣状に亀裂が駆け巡った。


『のわッ』


 最もボスゴリラの近くにいた熊谷が揺れに体勢を崩すと、その光景を見定めた外敵は恐ろしい跳躍力で一瞬にして熊谷に接近する。


「ガアッ!!」

『うぎッ』


 至近距離から放たれた強烈な右ストレートによって熊谷が後方へ吹き飛ぶ。背後にあった大扉に衝突することでその勢いを止めた。


『い、ってぇ……』

「……“治癒ヒール”」


 熊谷は頭を振るようにしてすぐさま起き上がった。美咲の防御呪文が切れていなかったようで、ダメージは其処までなく見える。念の為だろう、美咲は回復呪文を使って傷を癒した。


「おぉッ!!」

「ァア!」


 その間、藤堂が攻めに転じる。大剣と拳がぶつかり合い、火花を散らした。拳は気功力で厚くコーティングされているらしく、容易には突破できない。場は拮抗状態に陥るかに思えたが、そのための俺だ。


「……」

「グギャアァア!!?」


 振り上げていた右腕の肘関節に狙いを定め、鉄の棒で背後から殴る。骨はいとも簡単に砕け、ボスゴリラの肘は360度回転できる新仕様になった。


「ガァ……」

「はあッ!!」

「……グギッ」


 そこを見逃す藤堂ではない。一瞬できた隙を突き懐に潜り込むと、ボスゴリラの肩から袈裟懸けに切りつける。鮮血が飛び散り、金に輝く剣を赤く濡らした。ボスゴリラは堪らず後ろ足に後退する。


「グゲァア」

「終わりだ」


 藤堂は怯えるボスゴリラに対し戦闘の終わりを告げると、大剣を空高く掲げた。すると、藤堂が着用していた黄金の鎧は途端に剥がれて無くなり、鎧に割かれていたエネルギーが剣に集い始める。気付けば剣は血液を吹き飛ばし、長さが天井に届くまでに成長していた。大剣であった其れは、辺りを包む程の閃光を発しながら敵の頭上へと降り注ぐ。


「“英雄の剣エクスカリバー”」


 その光は、全てを飲み込み消し去る。

 室内は白い光で満たされた。


 光が収まった頃、目を開けると既に核魔獣はおらず、場は更地へと帰っていた。

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