51 働く男

 ダンジョンは階層が幾重にも積み上げられた構造となっており、入り口が最上階で核魔獣がいるのが最下層だ。現在攻略中のダンジョンは全部で4階層に分類され、階段を使って昇り降りをしている。因みに、昼食を取ったのが丁度真ん中の2階層だ。


 今、俺たちは3階層の中盤辺りで、もう少し進むと最終階層が見えてくる。桜庭が言うには、最終階層は一本道で直接核魔獣がいる決戦の間へと繋がっているらしい。つまり、攻略完了までの道のりは短いというわけだ。


『オラァアア!! 抑えたぞ!!』


 前方には2m以上はある巨大な熊が三匹いた。奴らから繰り出される攻撃を、熊谷がたった一人で食い止める。熊谷の声を拡張して発生された電子音には、標的を惹きつける囮的効果があるようだ。タンク役に相応しい能力といえよう。


「臀部の皮が薄いです! そこに攻撃を集中させてください!」

「私は右、小僧は左だ。共に行くぞ」

「了解です」


 黄金の鎧と深紅の甲冑が左右に別れ、それぞれ敵の死角に入り込む。次の瞬間、機械人形の側面を攻撃していた二体がケツから真っ二つに割かれた。


「ゲン、今です」

『蓄積解放!!』


 最後の熊が接触していた盾から吹き飛んで壁に激突すると、目を回してその場に崩れ落ちる。接敵は、完全に沈黙した。


『ッしゃあ!!』


 俺が積極的に攻撃隊へと参加するようになってから、戦闘の終了速度が劇的に早まった。それにより、攻略の速度も比例して増加している。下層に行くほど敵も強力になるが、昼食から1時間も経たずにこの場所まで辿り着けているので間違いない。


 美咲はいつも通り見ているだけだが、昼休憩を終えてからは数十分に一度のペースで「治癒」の呪文を全体に唱えていた。疲労を蓄積しない様、細心の注意を払っているようだ。前半に呪文をかけなかったのは、恐らく呪文の回数に制限があるのか、若しくは小休止や最終戦を見越しての行動であろう。


 また、戦闘中に強化系統の呪文を唱えることもできるそうだが、その分呪文をかけられた者の体力も奪うそうなので、過剰戦力になる場合には自粛している。美咲は、状況を把握してからの戦闘不参加であった。ただサボっていた訳ではなかったのだ。全く、恐ろしい女である。


「ここが最下層に続く階段です」

「なんか、薄気味悪いですね」

「こんなものですよ」


 上階で見た美しい光景とは程遠く、壁は赤や紫といった暗い色で発光し、所々黒ずんでいる。何処か重たい空気は溶岩の近くを歩いている様相を連想させ、先に進む意欲を失せさせた。


「さぁ、目標は目の前だ。油断するなよ」

「任せてくださいよ、だんちょー! 俺が全員片付けてやりますから!」

「バカ、油断するなと言われたばかりでしょう。気を引き締めなさい」

「だあーー、わぁーたよ! ……いちいちうるせぇメガネだぜ」

「聞こえていますよ」

「聞こえるように言ってんだよッ」


 しかし、冒険者団体の連中はそんなことは全く気にせずに階段を下りていく。豪胆な人達だと、心底思った。


「おぉ、デカい」


 階段を降り切った後、目の前には全長10メートルにも及ぶ両開き扉が待ち構えていた。路線バスの全長と似通った大きさの扉を前にすると、自身がミニチュアサイズに縮んでしまったような感覚に陥り、恐怖感を抱いた。


「これ、どうやったら開くんですか」

「鍵とかはかかってねぇから、押せば開くぞ」

「随分重たそうですけど」

「いや、なんか軽いんだよな。力入れてるわけでもねぇのに」

「はぁ」

「よし、小僧。開けてみるか」


 え、俺がやるのか。


「大丈夫ですよ、開くだけなら危険はありません。罠等の仕掛けもありませんし、心配無用です」

「一回経験してみろよ! 不思議な感覚で現実じゃねぇみたいだぞ!」

「まぁ、そこまで言うなら」


 強力な後押しに遭い、俺は扉を開けてみることにした。扉には取っ手部分がなく、どうやら内開きに設計されているようだ。ザラザラとした表面を持つ両方の扉に片方ずつ手を乗せ、少しだけ押してみる。



――ガガガガガガガ



「な、変な感じだろ」

「……えぇ」


 扉は何かの力が上乗せされたように、床を削る音を轟かせながら奥へと開いた。まるで風船を叩いたような感覚に少し戸惑うが、これが不思議な感覚かと妙に納得もした。確かに、結構な大きさがあるだけに非現実的だ。まるでそう開くように、基からプログラミングされているのかにも思える。


「しかし、何も見えないですね」

「今は真っ暗ですが、敷居を跨ぐと敵が侵入したと検知して部屋に明かりが灯ります。それが、戦闘開始の合図でもあります」


 扉が開いたはいいが、部屋全体が闇に包まれて視界が確保できない。戦えるか不安に思ったが、桜庭の発言から光源はあると判断できるので一安心だ。だが、備えあれば患いなしという言葉もある。念の為、ヘルメットの暗視スコープモードを起動しておこう。


「これから核魔獣戦よ。事前に強化を付与しておくわ」

「あぁ、頼む」

「“齎せ、祝福の杖”……“身体強化”」

「おおッ」

「効果時間は3分。解除後は少し倦怠感があるから、注意しなさいよ」


 奇妙な感覚に、思わず声が漏れた。体が羽毛宛らに軽く、まるで今まで重たい荷物でも背負ってみたいだ。ぴょんぴょんと跳ねてみるが、全く重力を感じない。これならどこまでも飛んでいけるかもしれないぞ。


「おほぉー!」


 腕を全力で振り回す。

 うおお!! 腕が分身して見える!!

 これなら北斗百裂拳も余裕で打てるぞぉ!!


「……馬鹿が一人ね」


 今一瞬、美咲が笑ったような気がしたが、見間違いだろうか。確かめるために美咲の顔を見るが、既に何時もの仏頂面に戻っていて確かめる術はない。


 今更ながら、前世の美咲が笑っている姿を思い出した。初めは作り笑顔ばかりであまり見ていられなかったが、知り合う内に蕾が花開くかの様に変わっていったのを憶えている。素敵な笑顔で、当時は見惚れていたものだ。


 もう一度、あの笑顔を見てみたいと思ったが、この美咲は俺の知っている美咲ではない。そう思うと自然と興味も薄れ、何時しか何を考えていたのかも忘れてしまった。

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