第4話キシっとした騎士

 リタンの事が気になっていたアルドは時間を置いてから彼に会いに向かうのだった。

「この辺に居た兵士の格好をした男? ああ、その人なら最近、酒場で荒れてるって聞いたよ」

「酒場か、助かったよ。酒場に向かおう」

 アルドは酒場に向かい、店主からリタンの様子について尋ねる。

「そいつならさっきまで飲んでたぞ。ブイ何とかはおっさんだとか喚きながら」

「何処に行ったか知らないか?」

「さあ。あ、でも崖を探すとか言ってたな。崖も何も浮いてるから、街を出ればそこら中が崖だけどな」

「……生き甲斐を失ったら、もしかしたら飛び降りるつもりなのも、すぐに捜さないと!」

 アルドは酒場を飛び出してすぐのゴミ捨て場に倒れ込んで寝ているリタンの姿を見付けるのだった。

「……うあ? 師匠、ですか、ははは、師匠が1人、2人、50人」

「完全に酔ってる。水を貰って来よう。すぐに戻るから動かないで」

「もう1歩も動けませーん。人生もお終いでーす」

 アルドは暫くリタンの介抱に努め、彼の酔いがさめるのを待つのだった。

「落ち着いたか?」

「……はい、おかげでこの世界には夢も希望もない事を思い出しました」

「その、やっぱり元の時代に送り返そうか? そっちの方が良いんじゃないか?」

「それも良いかも知れませんね。戦場で死ねれば騎士の本望……もう騎士なんて名乗るのも止めます。一兵卒としての本望です」

「出来れば良きる事を考えて欲しんだけど」

「師匠と違って自分には彼女だけだったんです。そんな事が出来ると思いますか?」

「今、物凄く失礼な事言ったよね?」

「アルド~! 探したわよ!!!」

「え? セバスちゃん? こんな所で――っ」

「こんな所じゃないわよ!!! 例のあれはどうなったのよ!!!」

 セバスちゃんはアルドの頭を飛び上がりながら叩きつける。

「いたっ、例のあれって?」

「あれって言ったらあれよ! ……サイン」

「???」

「だーかーらー! サインよ! サイン! ブイニャンのサイン貰って来る様に約束したわよね! 忘れたなんて言わせないわよ!」

「あ、ごめん」

「ごめんじゃない!!! 今すぐ彼女の元に行ってサインを貰って来るのよ!!!」

「お嬢ちゃん」

「誰がお嬢ちゃんよ!」

「悪い事は言わない、ブイニャンの事は忘れるんだ。あれはおっさんなんだ」

「……アルド、こいつ何言ってんの?」

「まあ、その、色々あったんだよ、色々……」

 アルドはセバスちゃんに簡単な説明を行う。

「嘘、嘘よ! あんなに可愛いのに!? グッズだって集めてたのよ!!! ――あ、ち、違うわ、友達、私の友達の話しよ!」

「似てたんだ、幼馴染のミーラに、出来過ぎてるって思いながらも心の何処かで思ってたんだ、間違いなく彼女がやってるんだって、声だってそっくりだし、猫耳とか千切ったら、殆んどミーラだから、てっきり彼女だって……なのに、なのに、おっさん? しかも髭面の……」

「リタン、全部偶然だったんだ。もう全部忘れて、元の時代に――」

「待って、その話し、もっと詳しく聞かせて貰える?」

「詳しくも何も、彼女がリタンの幼馴染に偶然似てただけで他に話す事もないけど」

「アルド、私、偶然なんて信じるつもりはないわ。原因があって結果があるの、機械もプログラムも料理も、全て原因があって結果があるの。もし、その幼馴染に似てるって言うのなら、ちゃんとその原因があるはずなの」

「原因って、幼馴染に似てる事の何処に原因なんて」

「本当に察しが悪いわね。モデルよ、モデル、ブイニャンの容姿や声にモデルが居たんじゃないかって話よ」

「お嬢ちゃん、もしかしてそのモデルがミーラだって言うのか」

「だからお嬢ちゃんじゃないわよ! とにかくそう言う事だから行くわよ」

「あ、ちょっとセバスちゃん!」

 アルド達は1人で先に進んで行くセバスちゃんの後を追い掛けるのだった。

 セバスちゃんが向かったのはブイニャンの家だった。彼女の家の前まで来るとリタンは前回の事を思い出したのか、立ち止まって小刻みに震え始める。

「い、嫌だ、自分はこれ以上進みたくないです、アルド師匠」

「完全にトラウマになってる。前みたいに暴れられても困るから、ここに置いて行った方が良いのかも……リタンはここで待っていて欲しい。2人で行って来るから」

「そんなコスプレして出掛けられるのに、情けないわね」

「あ、自分、騎士の格好なんて何でしてるんだろう。もう彼女はいないのに、ブイニャンは死んでしまったのに」

「いや、死んでないから」

「ほっといて行くわよ。おっさんって言ってたけど、中の人が男で大袈裟に言ってるだけでしょ。本当に男って情けないわね」

 アルドとセバスちゃんはブイニャンの家に入って行くのだった。

「あら、アルドじゃない、久しぶりニャンニャン♪」

「――っ」

「セバスちゃん? セバスちゃん、お化けでも見た様な顔してるけど……セバス

ちゃん!?」

 部屋から勢い良く飛び出したセバスちゃんを追い掛けてアルドも部屋を飛び出すのだった。

セバスちゃんはリタンの隣に並んで怯える様に振るえて、物々とうわ言の様に『嘘よ、あんな髭面、嘘だわ』と呟き続けていた。

「……俺1人で行くしか無さそうだな」

 部屋に戻ってアルドはブイニャン(おっさん)に話しを聞く。

「そのアバター? って言うのかな。モデルとかいたりしないのか?」

「あら、モデルが居るって良く分かったニャン」

「良かったらそのモデルの事教えて貰える?」

「良いニャン。確かここに保存して、あった。はい来れ、アルバム」

「……この猫? 猫をモデルにしたの、そりゃ猫耳生えてるけど」

「え? あー、違う違う、猫の写真は私の趣味だった。その下の写真」

「あ、綺麗な人、この人は一体」

「うんそれ、私のママの若い時の写真。私もそんな姿だったらなーってこのブイニャンのアバターを作ったの。あ、これ、ママには秘密だから」

「この写真貰えないかな?」

「分かったニャン。プリントアウトしてあげるニャン♪」

「……う、うん、ありがとう。それでこの人、今何処に居るか教えて貰えると嬉しいんだけど」

「実家で農業してるニャン。ラウラ・ドームに居るから、もし会いに行くんだったらゴロウがよろしくって言ってた言っといてニャン」

「あ、ああ……本名ゴロウなんだ……」

 アルドは1枚の写真を手に部屋を出る。

「アルド、あなた、よく髭面のおっさんが野太い声でニャンニャン言ってる姿を見ても平気でいられるわね。リィカでも耐え切れず、全身バラバラになるわよ」

「いやいや、なってなかったから! 普通にしてたから」

「師匠は恐ろしい方です。自分なら正気を保てる自信がありません」

「……強烈ではあったけど、そう言われると普通に出来てる俺の方が可笑しく思えて来るよ」

「それでどうだったのよ」

「これ……お母さんだって」

「これは……ミー……? ミーラ?」

「何でそんな自信なさげなのよ」

「思った以上に歳取ってて、確かに似てはいるけど、断言する程の自信はないって言うか。そもそもお母さん? 誰の? あの髭の? ははっ!」

「私も時空の穴については詳しくないけど、跳んだ時間に誤差があっても不思議じゃないんじゃない? そもそも時空の穴が不思議の塊だけど」

「ラウラ・ドームに居るらしいけど、行く?」

「私は遠慮させて貰うわ、一刻も早く今回の事は忘れたいし、暫く、あの髭が夢で出て来そうで憂鬱だわ」

「リタンは、どうする?」

「……行きます。行ってこの思い全てにケリをつけます。もしかしたら旦那と上手く行ってないかも知れませんし」

「全然ケリをつけるつもりないわね」

「とにかくラウラ・ドームに向かおう」

 アルドとリタンはラウラ・ドームに向かうのだった。

 ラウラ・ドームに着いた2人は写真を頼りに女性を探す。しかし昔の写真と言う事も相まって捜索は難航したいた。そんな時だった。

「リタン?」

 1人のおばさんと言って差し支えの無い女性がアルド達の前に移動して来る。

「あなたは……」

「ああ、ごめんなさい。その兵士の格好を見てると昔の知り合いを思い出してね。少し懐かしい思い出に浸らせて貰えたわ」

「あ、あの、もしかしてミーラさん?」

「あら、あなたと何処かであったかしら? ごめんなさいね、最近忘れっぽくて」

「あ、いや、俺は初めてだけど……リタン」

「……その、自分が突然こんな事を聞くのは変だと思いますけど、その、幸せでしたか?」

「ええ、色々あったけどね、見ての通り順風満帆の生活を送っているわ」

「もし、もしも過去に戻れるなら……やり直したい事とか、ありますか?」

「そうね……特にないわね。あ、でも1つだけあったわ。長馴染で1人思い込みの激しい人が居て自分はエリートで出世してるとか言ってたけど、本当の所はどうなのか、心配だわ。もう確かめる術はないんだけどね」

「……その人なら、立派な兵士として国を守っているはずです」

「あら? その人が兵士だって私、言ったかしら」

「あ、いや、え、その、何となく、そう思っただけです。自分、勘だけは良いんです」

「もうこんな時間、私、夕飯の準備があるからもう行くわね」

 立ち去る女性を見送ってすぐにアルドはリタンに声を掛ける。

「あれで良かったのか」

「アルド師匠、自分、やる事が出来たみたいです。国を守る為、兵士、いえ、いっその事、本物の騎士になります。武勲を立て、王から土地を譲り受け、領民を持つ本物の騎士に、キシっとした騎士になります」

「リタン……」

「だから、その……」

「ああ、送り届けるよ、ちゃんと元の時代に。約束する」

「自分、成れますかね、騎士に」

「リタンは強いよ、あの時は本当に苦労させられたから。だから武勲も立てられると思う。国や多くの人を守れる、俺が保証する」

「師匠……」

「行くか」

「ええ」

 その時、近くの電光掲示板に1人の女性が映し出される。

「むぎっとムギムギ、ラウラ・ドームの麦から生まれたバーチャルアイドルのムギでーす。よろしく、ムギ。今日の麦の調子はー……ムギムギ、絶好調! むぎっと収獲まで後、4日。それまで確り見守ってね。後、今日の22時からむぎっと配信しちゃうから、皆、見に来てねー」

「師匠……自分、如何やら、まだ戻れないみたいです」

「え?」

「22時からムギちゃんの応援をしなければならなくなりました!!!」

「戻って国を守るんじゃなかったのか!?」

「アルド師匠、ふざけた事を言わないで下さい! 騎士とは国なんかよりも1人の女性を守る物なんです!!!」

「言ってる事は格好良いけど! 絶対違うよね!!!」

「バーチャルアイドルを応援し、守ってこそのキシっとした騎士です!」

「間違ってる! 色々間違ってる!」

「間違ってません! だってムギちゃんがわざわざ自分に配信を見て欲しいと頼んで来たんですよ! 見ないでどうするんですか!!!」

「いや、別にリタンに頼んだ訳じゃ……」

「アイドル師匠は何も分かってません。女性の頼みを断る騎士なんて……騎士でも何でもありません! 屑です! ゴミです!」

「アルドだから! アイドルになってるから!」

「自分、すぐに家に戻って配信を見る為の準備と、ムギちゃんのアーカイブを見て予習しなければなりませんので!!!」

「あ、ちょっと! リタン!? 行ってしまった……。でも彼女もバーチャルアイドルって事は、またおじさんって事も……うん、知らなければ良いだけだよね」

 アルドは無理矢理自分を納得させ、その場を後にするのだった。

 その後、リタンがムギちゃんに会いたいと言い出し、アルドがそれに巻き込まれるのはそう遠くない未来の話しである。

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キシっとした騎士 @moyumoyu

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