第3話彼女は存在している

廃道ルート99で合成人間相手に暴れている騎士が居ると聞き、アルドはリタンの元に向かう。

「この! はああ!!! ……架空? 存在しない? そんな訳っ!?」

「危ない!」

 アルドはリタンを背後から襲おうとした合成人間達を切り伏せ追い払う。

「ふう、何とかなったか、平気か」

「あの程度の相手に後れを取ったり――」

「大丈夫そうで良かったよ。ここは危ないから、早く戻ろう」

「アルド師匠……もしかして、今度は自分をナンパするつもりですか?」

「冗談でもそう言う事言わないで欲しいんだけど」

「すみません。戻りましょう」

 エルジオンに戻る途中、リタンは我慢出来ない様子で感情を爆発させてしまう。

「自分、ブイニャンと話したんですよ! これまで何度も、ちゃんと僕が書き込んだコメントに返事までしてくれて、プレゼントだって喜んでくれて、もう要らないって言われたけど……。それなのに、それなのに、存在しない? してるじゃないですか! いるじゃないですか!」

「俺には良く分からないけど、確かに架空って言われてもピンと来ないな。絵と違って話しも出来るんだろ、それに動くし、なんて言うんだろう、生きてる様に見える」

「ですよね! アルド師匠もそう思いますよね! ブイニャンは存在しているんです!」

「でもリィカが嘘を吐くとも思えないし……」

「なら師匠は彼女が夢や幻の様な存在だって言うんですか? 全てがまやかしで嘘だって言うんですか!」

「……いや、そうは思えない。リィカには悪いけど、やっぱり、架空の存在だとは思えないよ」

「アルド師匠!」

「そうだ。リタンはどうして彼女を好きになったんだ?」

「そんなの一目見れば分かるでしょ、と言いたい所ですけど、彼女は似てるんです、崖から落ちてしまった自分の幼馴染と声や仕草、見た目とか、物凄く似てるんです。少し長い話しになりますけど聞いてくれますか、師匠」

「あー、うん」

「あれは2年前、自分がまだミグランスで兵をしていた時の事です。休暇を頂いた自分は3年振りに生まれ故郷に戻っていました。変わらない村の雰囲気や人々に懐かしさを感じながら、ここは何も変わらないなと思っていると、大きく変わった物もありました。それが幼馴染のミーラでした。かつての面影は残れど3年の間にすっかり見違えていました。一目見た瞬間、自分は思ったのです。この人と結婚する事になるんだと」

「……幼馴染か」

「その日の夜、自分はミーラを誘い近くの森に出掛けました。この3年間の出来事を振り返りながら思い出話に花を咲かせていました。森を抜けるとそこには崖と海が広がっていました。子供の頃から危ないから近寄るなと言われていた場所ですが、そこから見える景色は本当に綺麗な物でした。自分達は話しも忘れて月と海を静かに見詰めていました。自分は告白するなら今しかないと思い、彼女に告げたのです『もうすぐ魔族との大きな戦いがある、それが終わったら結婚しよう」と……」

「返事は聞けたのか?」

「いえ、そこで自分は夢から覚めたのです」

「え? 夢? 何処から? え?」

「自分は旅の疲れからかすっかり眠ってしまっていた様でした。飛び起きた自分は急いで森に向かいました。森の抜け、例の崖の場所まで足を延ばしましたが、ミーラの姿はありませんでした。自分は咄嗟に彼女の名前を呼びます。すると幻が見えたんです、少し怒った様子の彼女が振り返り、自分に向かって言うんです『遅い!』って言う幻が。その直後です、雷鳴の様な物が響いたかと思うと崖が少し崩れたんです、自分は彼女が崖の下に落ちてしまったんだと咄嗟に理解してしまったんです。だから自分は彼女の後を追い掛けて、崖から身を投げ出したのです」

「あの、気になるんだけど、ミーラを森に誘ったのは事実で良いんだよな?」

「いえ、夢です」

「じゃあ、誘ってないよね! 誘ってないから、彼女、森に居なくて当然だよね!? だって、誘ってないんだから!」

「……あの崖は毎年行方不明者を出してる場所で、彼女もその犠牲になったんです! 僕があんな場所に彼女を誘ったりしなければ!」

「だから夢だよね!? 誘ったの夢って言ったよね!?」

「でも自分は生きていました。目覚めた時、自分は何故かこのエルジオンに居ました。正直何が起こったのか今でも理解出来てません。最初は天国にでも来たのかと思いました。でもここに来れて良かったと思います。右も左も分からず、悩む暇も与えられませんでした。毎日生きる事に必死で、ミーラの事もすっかり考えなくなっていましたから」

「助かったのは個人的にも良かったと思うけど」

「今から2ヶ月前の事です。ネットで彼女の事を見掛けたのです。ニャンニャン・V・ニャン。別人だと言う事は分かっています。でも少し、ほんの少しだけ思ってしまうんです。もしかしたら、彼女はミーラじゃないのだろうかって、自分と同じ様にこのエルジオンに来ているんじゃないかって、そんな期待を持ってしまうんです」

「なるほど、そんな事があったのか。……時空の穴が開いていたのは事実だろうし、全部を幻想だと否定し切れないからな。その、幼馴染と似てると言うのなら関係あるかも知れないか」

「だから自分は、彼女が架空だとはどうしても信じられないんです! 彼女は実在します! きっと何処かに、居るはずなんです!!!」

「……分かった。一緒に探そう、彼女の事を」

「アルド師匠、居るって信じてくれるんですか!」

「まあ、そう言う事になるかな。それでこれからどうするか……まずはブイニャンに詳しそうな人から話しを聞こうか。となるとエイミを訪ねてみるか」

 エルジオンに戻ったアルド達はエイミを訪ねて武器屋に足を運ぶのだった。

 エイミを見付けたアルド達は、早速彼女にブイニャンに付いて尋ねる。

「何処にいるか知らないかって、何処にも居ないわよ」

「やっぱり、あなたも彼女は架空の存在だと言うのですか?」

「やっぱりも何も、架空の存在だから」

「でも、エイミ、絵と違って話しだって出来るし、動くんだよ? 何処にもいない何てとてもじゃないけど信じられない」

「そんな事言われても……そりゃ、中の人は居るけど」

「中の人?」

「彼女を動かしてる人って事、うーん、分かり易く言うと、彼女は着ぐるみみたいな物なの。彼女に声を当てて、動かしてる人が居るって事」

「それって……」

 アルドとリタンは顔を見合わせる。

「もしかしたら……ミーラかも知れない」

「ミーラ?」

「ああ、リタンは実は俺と同じ時代からこっちに来たんだ」

「それは、その格好を見れば何となく分かるけど」

 アルドはリタンから聞いた話を掻い摘んでエイミに話す。

「……それで、もしかしたら彼の幼馴染のミーラもこっちに飛ばされて来てるかも知れなくて、それが――」

「ブイチャンとでも言う訳?」

「はい、似てるんです、ブイニャンはミーラに、だから、自分は彼女の事が気になる様になって、気付けば応援する様になっていました。今までは別人だとちゃんと思う様にしていたんですけど、中の人が居ると知って、確信を得ました。その中の人がミーラ何じゃないかって」

「流石にそれはちょっと出来過ぎだと思うけど」

「そうか、そう言う事なのか、ミーラ。彼女は俺に見付けて貰う為に有名になろうとしているに違いない! 有名になって大勢の目に触れる機会が与えられれば、自分に見付けて貰えると思ったに違いありません!」

「なるほど」

「何が『なるほど』なのよ、アルド。それ、完全に可笑しな話しでしょ。見付けて貰う事が目的なら何で名前も見た目も変えてるのよ」

「有名になるには必要な事だったんです! 簡単に有名になれない事くらい、あなただって分かるはずです!」

「それは、否定出来ないけど、あの名前と見た目で有名になったのも事実だし、でも、そのミーラってそもそもあなたがこっちに来てる事知ってる訳? 話し聞く限り、ツッコミどころは色々あるけど、あなたより先にこっちに来てるわよね?」

「……。彼女は自分に見付けて貰おうと今も必死に頑張って居るんです!!!」

「無視!? 私の疑問、全部無視したわよ!」

「それでエイミ、その中の人が何処にいるか知らないか? やっぱり、会って確かめるのが1番だと思うから」

「知る訳ないでしょ。中の人は居たとしても居ない物として扱うのが常識なんだから。何処の居る誰が中の人かなんて誰も知らないわよ」

「なら誰か知ってそうな人は? 知りそうな人とか」

「それは彼女の関係者なら知ってるかも知れないけど、頼んでも教えてくれる訳ないわね。そうね、リィカに無理言って頼めば調べてくれるかも知れないわね」

「分かった、ありがとう、助かったよエイミ。リィカを探そう」

「彼女ならセバスちゃんの所に行くって言ってたわよ」

 アルド達は急いでセバスちゃんの元に向かう。するとセバスちゃんの家から出て来るリィカの姿を見掛け、呼び止めるのだった。

「と言う訳なんだ、リィカ、頼む、ブイニャンの中の人が何処に居るのか見付けて欲しい」

「何がと言う訳なのか分かりまセンガ、善良な市民の個人情報に不正にアクセスする事は出来まセン」

「リィカ、無理を言ってるのは分かってる。でも彼女はリタンの幼馴染のミーラかも知れないんだ。だから頼む!」

「アルドさんの頼みでもこればかりは……」

「何? 随分面白い事話してるじゃない。リィカ、許可するわ、調べなさい」

「セバスちゃん、あなたに許可をされても調べる事は――」

「彼女が何処からアクセスしてるかくらいなら平気でしょ。何も個人情報まで調べ上げろって言ってるんじゃないんだから」

「しかし」

「ほら早くする」

「……了解しまシタ」

「ありがとう、セバスちゃん」

「まだ礼を言うのは早いわよ。アルド。こっちからも1つ頼みがあるから」

「えっ!?」

「良くそこまで嫌そうな顔を出来るわね。まあ良いわ。簡単な頼みだから。会いに行くんでしょ、だったからサイン貰って来て頂戴」

「もしかしてセバスちゃん……」

「ち、違うわよ! ファンとかじゃないわ! そう、頼まれて、友達に頼まれて、仕方なくよ!」

「セバスちゃんにその様な友達は居なかったと認識しマス」

「余計な事を言ってると分解するわよ」

「……アクセスポイントが判明しました。エルジオン・シータ区画1171、デス。案内しマス」

「サイン忘れないでよ」

 アルド達はリィカの案内で、ブイニャンの中の人が居ると予測される家の前まで来るのだった。

「ここか……あれ、リタンは?」

「彼なら45秒前から足を止めて居マス」

「やっぱり無理! 急に会って何を話せば良いんですか?」

「本物のミーラかも知れないんだよ。自分の事を待っているかも知れないんだろ?」

「もし違ったら? 全部自分の勘違いだったら? この期待感から何から何まで無駄になるんだ! もしかしたらミーラが生きてるかもと言う希望すらも消えてしまうんだ! あ、いや、ですよ。だとしたら自分はこの世界で何を支えに生きて行けば良いんですか? 何を思って生きて行けば良いんですか?」

「……その時は俺が責任を持ってリタンが生きていた時代に戻すよ。これでも俺、時空を行き来する事が出来るんだ、だから」

「それは遠慮します」

「あ、え? どうして? 何か理由があるなら――」

「そんなのこっちの方が住み心地が良いからです。もう昔の生活に戻れません」

「あ、うん、そう、なんだ。何か余計な事しようとしたみたいで、ごめん」

「……やっぱり、会うのは止めます」

「いやいやいや! ここまで来て、急にどうして! 幼馴染と再会出来るかも知れないんだよ?」

「自分、気付いたんです。架空でも良かったんです。配信越しでも彼女に会えれば良かったんです。嘘でも何でもミーラが生きているかもって思えるだけで良かったんです。彼女とニャンニャン言えるだけで幸せだったんです」

「でも好きなんだよね? 言ったじゃん、彼女は自分に気付いて貰う為に有名になったんだって」

「だからこそ! 余計会えないんです。今彼女は大切な時期なんです。人気が出て、映画にも出演し、今度シングルデビューまで控えて居るって噂なんです! そんな時、自分なんかと会ったらどうなるんですか! たちまちスキャンダルです! 彼女が今まで築いて来た物が全て失われるんです! 自分は頑張ってる彼女が好きなんです。邪魔なんかしたくない、応援したいんです、もっと見ていたんです彼女の活躍を……他の誰でもない1人のファンとして」

「リタン……分かったよ。リタンがそう決めたのなら俺は止めないよ」

「ありがとうございます。分かって下さって。アルド師匠もブイニャンの配信を見て下さい。きっと好きになりますから。もう、行きましょうか。彼女はブイニャン、中の人は居ないんです。自分は配信越しに彼女を応援して支えて行きます」

「ああ!」

 その時、1人のおじさんが、何食わく顔をしてブイニャンが居るかも知れない家の中に入って行く。アルド達が立ち去ろうとする中、リタンは足を止め、そのままクルリと体を翻し、彼女の家に駆け足で向かおうとする。

「ちょっ! 会わないって決めたんじゃなかったのか!?」

「気が変わりました! 止めないで下さい!!! ここまで来たんですよ! 会わないでどうするんですか!!! キシっと確かめない何て騎士として失格です!!!」

「いやいやいや! さっき言ってた事は!? 真逆の事言ってるよね!?」

「ああもう! 師匠は分からない人ですね! 男が! 男が彼女の家に入って行ったんですよ!!! 見知らぬどっかの男が!!! こんな裏切り――、じゃなくて彼女が襲われているかも知れないんですよ!!!」

「そんな悪い人には見えなかったけど!?」

「彼女に会って、彼氏なのかどうか問い詰めないでどうするんですか!!!」

「中の人は居ないって事になったんじゃなかったのか!? 配信越しで応援して支えるんじゃなかったのか!?」

「居るに決まってるじゃないですか!!! 何が配信越しに彼女を支えるですか! あの男の姿がチラついて応援なんか真面に出来る訳ないじゃないですか!!!」

「リィカ! リィカ、彼を止めるのを手伝ってくれ!」

「アルドさん、彼はガチ恋勢なのデス。今の彼を止める事は誰にも出来まセン」

「師匠と言えど、これ以上俺の邪魔はしないでくれ!!! うおおおお!!!」

「――物凄い力。ぐわっ!」

 アルドを弾き飛ばしリタンは彼女の家に駆け込んで行く。アルド達も慌ててリタンの後を追い掛けるのだった。

「ブイニャンの、お前はブイニャンの何なんだ!!!」

 髭の濃いハゲたおっさんに掴みかかるリタンをアルドは引き剥がす。

「落ち着いて!」

「な、何? 強盗? え? 騎士の強盗? コスプレ集団?」

「す、すみません。実は……」

 アルドはここに来た経緯を簡単に説明する。

「その、あなたはブイニャンの……何ですか? もしかして恋人、とか」

「嘘だ! こんな剥げたおっさんが恋人とか悪夢も良い所だ!」

「……騎士に、そっちも良く見たら良い男じゃない、分かった、答えてあ、げ、る。私、ニャンニャン・V・ニャン」

「……ごめん、俺の聞き間違いかな? 良く分からないんだけど」

「だから、私がブイニャン。元気ニャンニャン♪」

「ふざけんな……ふざけんな!!! お前みたいなおっさんがブイニャンの訳ないだろ!!! と言うか男が野太い声でニャンニャン言うな!!! 気持ち悪いだろ!!!」

「リタンも言ってたけどね!」

「そこのテーブルの上の猫のぬいぐるみ、自分が最初に彼女にプレゼントした物……ブイニャンを何処に隠した! 返答次第では――」

「プレゼントって、あなた、もしかして、キシっとした騎士さん? いつもコメントしてくれるよね。流石にぬいぐるみはちょっと多かったから近所の子供にあげたけど」

「な、にを……」

「あなたの夢壊しちゃうようだけど、仕方ないよね。ブイニャンは私なの。声だってほら、変声器を使って簡単に変えられるし、あーあー、私、ブイニャン。見た目はこのブイニャンのアバター私の動きに合わせて、動いてくれるニャン」

 近くに置かれていたモニターにブイニャンの姿が映り、おっさんの動きに合わせて彼女も全く同じ動きをする。

「……」

「リタン、その、なんて言って良いか――」

「……嘘だ。……ああああぁああぁぁあああ!!!! 嘘だ嘘だ嘘だ!!! 嘘だ!!! ――、ああ、そうか、そう言う事か、これは悪い夢だ、夢なんだ。ブイニャンを語る悪者には消えて貰わないと、ははは……あははははは!!!」

 剣を引き抜きおっさんに襲い掛かるリタンをアルドは剣で応戦する。

「止めるんだ、リタン! そんな事をしても何にもならないだろ!」

「はははははは!!!」

「アルドさん、彼はもう完全に正気を失ていマス。言葉で説得は出来まセン」

「したない、行くぞリュカ!」

「了解しまシタ」

 アルド達は何とかリタンを抑え込み、彼に膝を着かせる。アルド達も戦闘による疲労から床に膝を着いてしまう。

「何なんだ、この強さ。こんなに強かったのか」

「正気を失う事により戦闘力を増している様デス」

「嘘だ、嘘だ嘘だ!!!」

「まだ立てるのか!」

「こんな事なら……こんな事ならまだ恋人の方が良かった!!!」

 何とか立ち上がろうとするアルド達の横をすり抜け、リタンは駆け足で部屋を飛び出して行く。

「うわあああああああ!!!」

 外からそんなリタンの絶叫が聞こえて来るのだった。

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