第2話ニャンニャン・V・ニャ

 エルジオンに立ち寄ったアルドはリタンの事が気になり彼の元を尋ねるのだった。

「アルド師匠! 良かったです! 助けて下さい!」

「どうしたんだ? プレゼントを渡せなかったとか?」

「いいえ、プレゼントは喜んで貰えました。でも……」

「ごくり」

「でも、全く振り向いてくれる気配がないんです! 追加であれから毎日プレゼントを送っても同じです」

「毎日!? それは流石に……」

「それなのに振り向いて呉れる所か、もう送らないで欲しいとまで言われてしまいました! どうしたらいいんですか、まさか嫌われて……もうお終いです! 彼女に嫌われて、自分はどうやって生きて行けば!?」

「お、落ち着いて、まだそうと決まった訳じゃないから」

「アルド師匠! ならどうすれば良いのですか! もうこれ以上プレゼントを送る事は出来ないのですよ、他に何が出来るんですか!?」

「それは……よし、こう言う時は当たって砕けろ、本人に直接会って話をするのが一番。他に良い方法なんて思いつかないからな」

「し、師匠、流石にそれは、自分、何を話せば良いのかも分かりません」

「そんなのいつもの様に話しかければ良いだけだって」

「いつもの様に……そ、それでその後はどうすれば……」

「その後は一緒に飯に誘ったり……あ、そうだ、映画、一緒に映画とか見るのも良いんじゃないかな、うん」

「……師匠、自分にはとてもじゃないけど、そこまで出来る気がしません!」

「いやいや! 話しを少しして映画を見に行こうって誘うだけだから、そりゃ、断られるかも知れないけど、そんな考えてても仕方ないでしょ?」

「手本を、手本を見せて下さい。私の剣の師はいつも言っていました。技は見て盗めと。だから、お願いします師匠!!!」

 必死に頼まれ、アルドは断り切れずに引き受けてしまうのだった。

 街に出たアルドは周囲を行きかう人を見ながら、小さく息を吐く。

「……何でこんな事に」

「アルド師匠、目を離さず確り見ていますから!」

「外に出る時はその兵士の格好なのか」

「ええ、騎士が好きと言ってくれた彼女の為にもこれだけは譲るつもりはありません」

 アルドはもう一度通行人に目を向け、1人で待ちぼうけている女性を見付け、早速声を掛ける。

「少し良いかな?」

「ん? 私? 何?」

「あの、えっと、映画見に行かない? ああ言う場所に1人で入るのは慣れなくて」

「あ、もしかして、ナンパ? 嬉しいんだけど、ごめんね、私、これから友達と買い物の約束してるから。あ、ちょうど来た」

「ごめん、ごめん、待った?」

「別に、そのおかげでそこの彼にナンパされちゃった」

「へー、随分物好きな人も居るのねって、アルド!?」

「え、エイミ!?」

「え? 何々、あなた達知り合いなの?」

「へー、ふーん、ほーう、アルドってナンパとかするんだ」

「ち、ちが! これには理由が!」

「でも考えてみればそうよね、知らない間に急に色々な女の子と仲良くなってるんだから、次から次に何処から連れて来るのか疑問だったけど、そう言う事なのね」

「頼む! 話しを聞いてくれ、これは――」

「行きましょ、アルドはナンパに忙しいみたいだから」

 エイミとその友達はアルドの前からさっさと立ち去ってしまう。

「……えっと、参考に……なった?」

「はい! 大変、良い勉強をさせて貰いました」

「なったんだ、思いっ切り失敗したと思ったんだけど」

「アルド師匠はあえて失敗してみせたんですよね。ナンパの奥深さが良く分かりました。例え失敗したとしても相手に不愉快な思いをさせる所か、むしろ喜ばせる。ナンパとは只女性に声を掛ける物ではない、声を掛けた女性を笑顔にする。こんなに素晴らしい事をしているとは思わず、本当に自分は浅はかな人間でした」

「う、うん……はは」

「自分も早速と言いたい所ですけど、はやりいきなり女性に話し掛けるのは抵抗があります。笑顔に出来るかどうかも分かりませんし、アルド師匠、今から師匠をあの子だと思って声を掛けるので問題ないかどうか判断してくれませんか!」

「お、おう、いいよ。……最初からそうしていれば良かったんじゃないんだろうか」

「こほん、えと、んと……んなぁ! げほっ、ごほっ!」

「落ち着いて、いつも通り、いつも通りに話しかければ良いだけだから」

「は、はい。いつも通り、いつも通り……よし、こほん。おはにゃん、元気ー、こっちはキシっと元気、騎士だけに、ニャンニャン♪」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……何が起こったのか理解出来ないから……うん、えっと、え???」

「アルド師匠、そこで彼女は『ありがとニャンニャン♪』って返してくれます」

「普段通りって言ったよね! 明らかに不自然な会話だよね!」

「そんな事言われても、いつも通りですけど」

「その子、猫耳が生えてて、普段からニャンニャン言ってるのか?」

「何か変ですか?」

「変だよね!?」

「猫耳が生えているんです、ニャンニャン言う事の何処がそんな変ですか?」

「いや、うん、変じゃ、ない……やっぱり変だよね!?」

「アルド師匠、こっちでは普通の事です」

「へー、未来って俺が知らないだけでそんな感じなのか……絶対違う気がする」

「あの、次は映画に誘うのですよね。その上で相手を喜ばせる事を忘れず……よし。えっと、突然だけど映画を見に行かないかニャン? 騎士の自分がキシっと姫をお守りしますニャンニャン♪」

「……わ、わー嬉しいよ、じゃなくてニャン? 何の映画ニャン」

「勿論時代劇ニャン。自分の様な騎士が登場する名作ニャンニャン♪」

「それずっと見たかった奴ニャン、嬉しいニャン」

「アルド殿……何してるでござるか? はっ、見てはいけない物を見てしまったでござるか?」

「さ、サイラス!?」

「安心して欲しい、この事は拙者の胸の奥にしまって置くでござるよ。アルド殿が男とニャンニャン言い合っていた事は墓場まで持って行くでござる」

「待ってくれ! 誤解なんだサイラス! サイラス!!!」

 アルドが追い掛ける間もなくサイラスは立ち去ってしまう。

「アルド師匠、あのカエル、男だったんですね」

「そこ、今気にする所じゃないから……」

「それで、今の会話はどうでしたか?」

「あ、ああ、うん、採点頼まれてたの忘れる所だった……ま、まあ、良いんじゃないかな。映画に誘えたし、うん。後は彼女に会って誘うだけだけど、今何処にいるかとか知ってる?」

「知りません。エルジオンに居る事は本人が言っていたので間違いないですけど」

「じゃあ捜すの手伝うよ。彼女が行きそうな場所とか知ってる」

「残念ながら知りません。でもお酒が好きだと以前言っていたので、酒場に居るかも知れません」

「そう……そう言えば猫耳が生えるとか言ってたし、ちょっと探せば案外簡単に見つかったりして、それで彼女の名前は?」

「ニャンニャン・V・ニャンです」

「……猫耳が生えてて普段からニャンニャン言ってて、名前はニャンニャン? まるで想像つかないんだけど」

「皆はブイちゃんとかブイニャンとか呼んでます」

「そ、そうなんだ。……まずは酒場に行こう」

「いえ、アルド師匠1人でお願いします。自分は映画のチケットを手に入れて来ます。騎士の映画をやって居るかどうかも調べなければなりませんし」

「そうか、うん、分かった。彼女を見付けて置くからチケットを手に入れたら酒場の前まで来て欲しい」

「はい、アルド師匠」

 アルドはリタンと別れ、一先ず酒場に移動するのだった。

 酒場に移動したアルドは早速、店主に声を掛ける。

「その、ニャ、ン……ブイニャンって人、知らないかな?」

「ブイニャン? あー、ブイニャン知ってる知ってる」

「本当に、じゃあ、今何処に居るか分かったり――」

「まさか、そんなの知らないよ」

 アルド達の会話を聞いていたのかお客の一人が会話に割り込んで来る。

「ブイチャン可愛いよねー、あんたもファン?」

「あ、いや、それで彼女が何処に居るのか知って居たら――」

「そんなの俺が知る訳ないじゃん。会った事もないのに」

「え? 彼女の事知ってるんだよね? それなのにあった事ないのか?」

「当たり前だろ」

「???」

 アルドはそれからも数人に尋ね歩くが、その殆どが名前は知っていても、その誰一人として会った事が無いと言う奇妙な事態に遭遇していた。

「一体どう言う事なんだ? 皆、名前は知ってるのに誰1人として会った事ないなんて。中には話しをした事まであるのに、会った事ないって言い始めるし何かのナゾナゾか?」

 酒場の前で頭を悩ませるアルドの元に通りかかったリィカが声を掛ける。

「随分深刻そうな顔をしてどうかしたのデスカ?」

「ああ、リィカ……聞きたいんだけど、皆名前を知っていて、中には話しをした人もいる。だけど会った事は誰1人としていない、そう言う相手って何か分かる?」

「それは……随分何回複雑な人物デス。皆が知っていると言う事は知名度のある方なのだと思いマス」

「それって、王様みたいな人って事か?」

「はい、その様な認識で問題はありまセン」

「難しいけど、面会しようと思えば……出来ない事もないから、話も出来るけど、誰1人会った事ないって言ってるんだ。会ってないのに話ってどう言う事?」

「会わずに会話する事は可能デス。端末を使えば遠くの人と通信、会話する事が可能デス、ノデ」

「……つまり、その通信って言うので皆話したって事か?」

「今の会話を総合するとその結論で間違いないと思われマス」

「……そんな事が出来る人ってどんな人なんだ?」

「知名度があり、個人ともやり取りの出来る立場にいる存在……もしかしたら暗殺者の様な存在なのかもしてまセン」

「暗殺者だって!?」

「シー、アルドさん、声が大きいデス。条件は一致しています。知名度はありますが、誰も会った事がない、依頼は通信で行い、誰にも正体も顔も知られずに任務をこなす、完全に暗殺者デス!」

「リィカ、その、言い難いんだけど、顔は皆知ってるんだ」

「そうなのデスカ? となると益々難解デス。顔を知っているのに会った事が無いとは可笑しな話しデス」

「ああ、だから俺も困っていて……」

「その方の名前を教えてくだサイ、データベースに検索をかけてみマス、ノデ」

「えっと、ブイ――」

「アルド師匠! チケット入手して来ました! この映画ですけど、彼女も――」

 その時だった、街の電光掲示板に猫耳を生やした1人の女性が表示される。

「皆ー、ニャンヤン、元気ニャン? 私は元気ニャンニャン♪ 今日は、皆に知って欲しい事があるニャン。これ、私も出てる映画ニャン。だから、見て欲しいニャンニャン♪ そこ、『出てるの一瞬じゃん』とか言わない!」

「はい! 一瞬だろうが、俺はその時を永遠にする。この騎士道に掛けて!」

「あ、もう時間ニャン、バイバイニャンニャン♪」

「バイバイニャンニャン♪」

 リタンはご機嫌な様子でアルドに視線を向ける。

「リタンもしかしてあの子?」

「師匠、他に誰が居るって言うんですか。はあ、ブイニャンは俺の事に気付いてくれたかな? いや、気付いてくれているはずだ。今、エルジオンに騎士は1人しかいない、そうこの俺だ、うんうん」

 リタンから少し離れた位置でアルドとリィカが話しを続ける。

「彼女はニャンニャン・Vニャン。今人気上昇中のバーチャルアイドル、デス。ネット配信でファンと気軽なコミュニケーションを取ってくれる事から有名になったみたいです」

「そう言えばエイミも彼女のファンだって言ってた気がする。正直細かい事は良く分からないんだけど……リタンってもしかして只のファン?」

「その中でもガチ恋勢と言われる存在デス」

「ガチ恋? 何?」

「ガチ恋勢とは……アルドさんに分かり易く例えるなら貴族の娘に叶わぬ恋をしてしまう庭師の様な物デス」

「ま、まあ、恋をするのは悪くないよ、うん」

「アルドさん、1つ残念なお知らせデス。彼女はバーチャルアイドル、貴族の娘と違って現実には存在しない架空の存在デス」

「架空って、でもさっき、そこに映ってて……」

「先程の物は只の映像デス。事実は変わりません、彼女は現実には何処にも存在しない架空の存在なのデス」

「……そんな、そんな――っ!!!」

「あ、リタン!」

 リタンはアルド達の元から駆け足で去って行ってしまうのだった。

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