【運命の恋】ちょっぴり大人の恋物語

あいる

~最後の恋~僕は君と最後の恋をした。

 愛のない関係を否定はしない。何らかの対価を差し出す相互関係だって、救いがあるならいい。ただ、そのあとに襲ってくるかもしれないさみしさが、今のさみしさを越えるような気がして、私は手を出せないでいる。


 結婚して3年目の記念日


 夫は帰って来なかった、簡単だったけど用意していた料理に手を付けることもなくゴミ箱へと入れる


 ゴミの日で良かったと思いながら、コーヒーとクッキーだけの朝ごはんを食べる。


 ◇◇◇


「また、朝からクッキーを食べてる」

 そう言いながら後ろから腰に手を回してきたのは和哉、いつの間にか私の部屋に転がり込んできたオトコだった。


 和哉と知り合ったのは、雨宿りのつもりで入った本屋だった。


 本を手にしてパラパラとめくっていると「その本面白いよ」

 振り返るとそこに和哉がいた。


 人懐っこい笑顔で話しかけられたら返事をするしかない。


「保証してくれるの? 」


 そう言う私に、大型犬のようにブンブンしっぽを振って懐くワンコのような笑顔で、和哉は笑った。


「保証する……かな? だって僕が書いた小説だから」


 作品の題名は【不確かな恋人】

 某有名な女性の小説家の書いた帯には~繊細で狂おしいほどの恋は心を揺さぶられる~きっと貴方はこの恋を忘れることが出来ない。と書いてある。


 作家の名前は神谷かみや そう、新人賞を受賞した作品だと帯には記されている。


 その夜には和哉は私を抱いた。

 というより私は彼を抱いた。


 優しくて切ないキスは私の心も身体も解放していく。

 少しずつ脱がされていく服は囚われていた私の心もさらけ出していき私を解放する、一度解き放たれた私の心はとめどなく音を奏でる。


 気だるい朝が来ても和哉は私のそばにいることを望んだ。


 その日から、ワンルームの部屋で、捨てられたワンコのような瞳をした和哉との生活が始まった。


 小さなリュックに少しの服とパソコンだけを持ち込んだ和哉は私が眠ったあとにいつもキーを叩いた。

 リズミカルに響くタイピングの音を聞くと、安らぐ。


仕事に疲れて服のまま寝てしまった夜。


真夜中に目が覚めて、ソファーに腰掛けた和哉の後ろから首筋にキスを落とす。


「ん……なに?欲しくなったの」


 和哉は決まってそう聞く。


 返事をする代わりに、和哉の頬にも唇にもたくさんのキスをする。


 そうするとキーボードを叩く手を止めることを私は知っている。


 私はキスを続けながらするりと和哉の隣りに座る。

 シャツのボタンは少しずつ外されて、買ったばかりのブラの上に手が伸びてくる、その瞬間に決まって身体がビクンとする。

 全身の神経がそこに集まるように敏感になっていく。

私の心も身体も溶けるように和哉と一つになる。



 ◇◇◇


 一年くらい続いたその関係は些細な喧嘩で終わりを迎えた。


 和哉は黙ってうなずき、そっとうつむいた。


 本当の彼は不器用だ、ぶつかる前に予防線をはってしまうし、そしてとても優しい。

 相手を責めることなく、全て自分に非があるように語る人だ。

その優しさが私には重たかった。


 それから私は在り来りの結婚をして、ありきたりの別れを迎えた。




 そして……もう一度運命の歯車は回り出した。


 あの日和哉に出会った本屋はもう影も形も残っていない、新しく出来たカフェが併設された本屋で、和哉に出会った。


 私が手にしていたのは「運命の恋」神谷蒼の二作目の作品だった。


 ──偶然が続けば、人はそれを必然や運命と呼ぶようになる──


 和哉はあの頃と変わらない笑顔で言った。


「記憶とか感情とか、そういうのを全部箱に詰めて、封をして、処理済みって書いて、棚の中に入れちゃってた」


 ずるいな、私が言いたい事を先に言うなんて。


 ガラス張りで通りに面したカウンター席に並んで座る、私の左手をそっと手を添えて、微かに残った指輪の跡をなぞる。


「もしもこの指に指輪があったら声をかけるのを辞めようと思ってた」


 正直に話す和哉が可笑しくて笑う。


「──偶然が続くと、この人とは縁があるかもって思わない?」と続けた。


「逆にタイミングがあわないと、縁がないのかなって思ったりしない?」


そう返事をする私の目をまっすぐに見つめながら和哉は笑う。


「ああ、うん、それはあるね。高い買い物をする時に、ちょうど目の前で売り切れたりとか、ほしい色だけがなかったりすると、買うなってことなのかなってあきらめるかも」


 私に足りない感情ものを持つ和哉がむしょうにうらやましかった。


 私が飲んでいるブラックコーヒーを見ながら和哉は笑う。


「相変わらず、コーヒーは飲めないんだね」


大人の振りをして私は笑う。


 ゆず茶ソーダの入った背の高いグラスを持ち、カラカラと溶けかけた氷をストローでかき混ぜながらいつになく強い口調で和哉は言った。


「でもさ、それとこれとはべつだよ」


 二歳も歳下の和哉が頼もしく見えた。


 どうしてとか、なんでとか。

 何も言わずにいてくれた。

 やさしさとか、想いの深さとか。自分の尺度ではかって、責めたりしなかった。


 ただ自然に「こっち、こっちの席が空いてるよ!」って手招きしてくれる。


気まずい沈黙が流れたのは一瞬で、和哉は、何かを思い出したようにつぶやいた。

「あの頃はぜんぜん自分に自信がなかった、今なら言える言葉も言えなかった……」


 こんな風に私を受け入れてくれる。

 それって、運命の恋なのかもしれない。





 TheEND





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【運命の恋】ちょっぴり大人の恋物語 あいる @chiaki_1116

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