第7話同居人

十花の追撃に耐えられなくなったあの女は、きっと自分から命を絶とうとするのだろう。だから、その前に。

俺は、十夜は、あの女の部屋の前に立つ。

五花がしたように扉をノックする為、一人で立つ。




十花が亡くなって数年、俺たちは兄妹でこのアパートで同居していた。そこで出逢った一人の女の子。十花も生きていればこのくらいだろうか。そう思いながら彼女を見ていた。

桜の香りがする、女の子だった。


その女の子は俺たちが住むアパートへ越して来た。それからだった。死んで、幽霊となって同居しているはずの妹がそわそわし出したのは。

俺は妹に聞いた。

「どうかしたのか?」

妹は笑って答えた。

「なんでもないよ?」

そんなに笑顔で、なんでもないはずないだろ。

妹は以前より笑うようになった。まるで、新しい花を植えて芽が出るのを待っているみたいに。


ある日、俺は隣の部屋に越してきた女の子に、五花に、尋ねた。

「見えているのか?」

五花は迷わず答えた。

「見えていますよ」

五花は俺と同じものが見えているらしかった。こんなことは初めてで、どうしたらいいのかわからなかった。どう彼女と接すればいいのかわからなかった。元々不器用な俺だから、余計わけがわからなくなった。五花を見ると、何も隠さないで十花のことが話せた。それがすごく安心できて、照れくさかった。そして俺は気づいた。この感じは、十花の時と似ている。

俺は、五花のことが好きになっていた。


俺は十花が好きだ。十花が生きているうちに伝えられなかった分、今の時間を大切にしたい。本当なら、もう別れの時間はとっくに過ぎているんだから。できればこの時間がずっと終わってほしくない。ずっと一緒にいたい。終わるな。終わらないでくれ。そう願いながら、俺は毎日十花の為に花を生けた。

そして、五花も好きだ。生きて、俺の隣に寄り添い、同じような世界を見ている一歳年下のあの子が好きだ。

俺は、同時に二人を好きになっていたんだ。


こんな俺を、二人は軽蔑するだろうな。







そう思っていた時、一階の、当時はお婆さんが一人で住んでいた部屋に扉をノックする音が聞こえた。このアパートには変な噂があった。呼び鈴があるのに扉をノックされる。そうすると、ノックされた部屋の住人は近いうちに亡くなる。そういう噂だった。

誰かがお婆さんの部屋をノックしている。

俺は階段の上からちらりと見た。すると、お婆さんの部屋の前にいたのは知らないお爺さん。

俺は気づいた。あのお爺さん、死んでいる。

死んでいるお爺さんが、お婆さんの部屋をノックしていたんだ。この事は誰にも言っていない。噂はただの噂だと思ったから。


数日後、お婆さんは亡くなった。


後日、お婆さんに線香をあげに部屋へ入ったとき、ちらりと一枚の写真が目に入った。お婆さんと、あのお爺さんが一緒に写った写真だった。このお爺さんは誰ですか、とご家族に聞くと、何年も前に亡くなったお婆さんの旦那さんらしい。

旦那さんは、妻のお婆さんを迎えに来ていたんだ。俺はそう思った。

お婆さんは最愛の人に先立たれて、残った人生を一人で過ごすことになった。それはどんなに寂しいことか。ずっと、ずっと一緒にいたかっただろうに。


俺は決心した。

五花に気持ちを伝えようと。一緒にいてくれと伝えようと。


生きているのなら、時間には限りがある。生と死では絶対に隔たりができる。


俺は、愛した十花に先立たれた。それを受け入れたくなくて、十花のことを忘れたくなくて、毎日花を生けて存在を繋ぎ止めた。でも、体温を感じない存在に寂しさを覚えるんだ。

五花はまだ生きている。俺もまだ生きている。生きたまま、あたたかいまま、一緒にいることができるんだ。


別れはきっと、いつかやって来るんだろう。それでも、俺は少しの時間でも一緒にいたかった。


その日、俺と五花と、十花の関係は変わった。

三人でいよう、と手を繋いだ。

俺の愛しい二人の恋人。ハニーとベイビー。


こんな関係もありだな。

そう、思えた。俺は幸せだ。




俺たちの「同居」が始まった日だった。







三人きりでいられた時間は素晴らしいほど幸せに満ちていた。

俺は俺のことを、彼女は彼女のことを話した。もちろん、十花も変わらない姿でそこにいてくれる。唯一驚いたことといえば、俺が五花を好きなように十花も五花のことを好きだということくらい。三人でいられることに変わりはないので、俺は気にしなかった。五花は、嬉しそうに笑っていた。


五花は俺たちに言った。

いつか、自分は必ず死ぬ。それが同級生たちとの約束だから。でも、俺と十花とさよならはしたくない。ずっと一緒にいたい。だから、


死んでも一緒のところにいよう。


五花が死んだら、きっと彼女の両親が生まれ育った町に連れ帰る。桜ヶ原という町に。そこで彼女の遺骨は埋められるのだ。

俺は、また一人になるのか?

彼女は約束した。俺と、十花の遺骨も一緒に埋めよう。埋めてもらえるように伝えておく。


五花は笑って言った。

『ずっと、ずっと、一緒だよ。

桜ヶ原の同級生はね。私のことを受け入れてくれたんだ。だからきっと、十夜さんのことも十花ちゃんのことも受け入れてくれる。そう思うんだ。

私、みんなに聞いてもらいたいの。

この人たちが世界で一番愛してる二人です、って。

同窓会ではね。一生をかけて手にいれたとっておきの話を披露するの。そこで私は紹介するんだ。私の恋人たちのことを!』




俺の最期の日、五花は笑って同窓会へ出掛けていった。


きっと、彼女は俺たちを待っていてくれる。


だから、俺はちゃんとケリをつけて五花のところへいくんだ。




俺は、あの女の部屋の前へ立った。

そして、


『ダン! ダン! ダン!』


扉を叩いた。



発狂した女が俺を刺し殺し、誰を刺したのか理解した後で自殺するのは。

まあ、目に見えてわかっていたことだろう。





これから俺たち三人はずっと一緒にいられる。

「一緒にいること」が「同居」なら、俺たちは最高の同居人を手に入れられたんだろう。

さあ、これから永遠の同居を始めよう。

















『あははははははっ

これでみぃんな、あたしといっしょ!

ずっと、ずっと、ずぅっと一緒だよ!

十夜お兄ちゃん! 五花お姉ちゃん!』











一緒にい続けることが幸せなのか。

一緒にいようと引き留めたのが幸せだったのか。

一緒にいたいとしがみついたのが幸せの始まりだったのか。


それは誰にもわからない。

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