第3話
「あ」
そう声を出したのは果たしてどちらだったのだろうか。お互いの視線がぶつかって足が止まる。
「久しぶりだね?」
「はい」
サラリと揺れる彼の黒髪の後ろを確認するが美人の彼女はいないようだ。
だがいざ彼を目の前にすると頭が真っ白になってどうするべきか見失ってしまう。
「もしかしてさ、……俺、君に避けられてる?」
とんでもない、というように私は思い切り首を横に振った。
「そっか、良かった。ねえ、このあと何か用事ある?」
それにも私は首を横に振る。だが、このまま首を振るだけで終わってはいけないと、勇気を出す。
「あの、少しお時間をくれませんか?」
勇気を出して言ったそれに彼はあっさりと、いいよ、と言った。
「カフェにでも行く?」
「そ、そんな、お時間はいただきませんので……」
まさか二人きりでカフェなんて行けるはずもなく、しどろもどろに断ると、じゃあこっち、と促される。
しばらく大人しく後ろを着いて行くと小学生が遊んでいる公園に出た。遊具のある場所より少し離れた所にあるベンチに彼は腰を下ろす。
「座りなよ?」
隣を指し示されるが、私は距離を空けてベンチの端にそっと座る。子供たちの楽しそうな声は私の鼓動の音に掻き消されてしまった。
「上巻読んだ?」
「あの本ですか? 読みました。続きが気になる終わり方で今日は下巻を買いに来たんです」
自分でも何を言っているのか分からない。きっと彼も訳が分からないと思っているに違いない。
「俺の周りにあの本読んでる奴いなくてさ」
「私の周りにもいないです」
「同じだ。他には何読むの?」
「ええと、他には――」
私はどうして世間話しみたいな話しを彼としているのだろう。そう疑問に思う反面、嬉し過ぎて舞い上がりそうなのもたしかだ。きっとこんな風に隣に座って話しが出来るのは最初で最後なのだろう。
すれ違う時は物静かな印象だった彼だが、口を開けば饒舌になるのだと知った。
「色々読むんだね。君のオススメをさ、今度俺に教えてよ?」
「は、はい。私のオススメで良ければ……」
本の話しが出来るのは楽しい。だが、今はそんな事のためにもらった時間ではないはずだと、はっとする。
「あの」
私は彼との会話を中断させた。
「なに?」
「聞いて欲しいことがあるんです」
「ん?」
首を傾げる彼の横で、すうーと息を吸って呼吸を整えるていると、口の中が乾いていくのを感じた。
「私、……あなたのことが」
私は手の平をぎゅうと握り締めて、自分に頑張れと鼓舞する。
「……好きです」
たった4文字の告白なのに、大きな舞台に一人で立つような緊張を感じた。
「うん」
「え?」
告白の返事は『ごめん』だと想定していた私は『うん』と頷かれた事に戸惑う。その『うん』という返事は何なのだろう?
それに彼の耳が心なしか色付いているような気がしてますます困惑してしまう。
「え? えっと、彼女さんいらっしゃいますよね?」
「彼女なんていないけど」
「え? でもこの前、本屋で……」
「本屋? ああ、もしかしてこの前本屋にいた女? あれ、俺の姉貴だよ」
「え? お姉さんですか!? じゃあ彼女は……」
「いなかったけど、……出来たかも」
「え?」
どういうこと?――と戸惑う私をよそに彼は楽しそうに微笑む。
「そうだ、君の名前聞いてなかった。ねえ名前教えて?」
どうして名前なんて聞くの?――と余計に混乱する頭で私は苗字を言う。
「違うよ、聞いてるのは下の名前」
首を傾げながら私はその問いに答えた。
「俺の事は
彼――律翔はそう言うと、私の握り締めたままの手を解いてお互いの手と手を繋ぐように合わせる。触れた手が急激に熱を帯びていくのを胸を高鳴らせながら見つめていた。
そうして律翔はとびきり優しく微笑んで私の耳元で嬉しい言葉を囁くのだった。
了
点と点の交わる銀杏並木で 風月那夜 @fuduki-nayo
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