第8話 あれから十年

結論……陸ナマコは強敵すぎて倒せませんでした。


俺はとうとう自分の才能を見限ることにした。そろそろ顔に笑いジワができるようになり、髪の毛の艶もなくなった。肌には褐色のシミが目立つ。なにより若い頃に比べて回復力が段違いで落ちている。昔は徹夜しても平気だったが、今はもう12時間寝ないと疲れが取れない。体力の衰えという物を痛感した。


ヌキラボーナ・ウッシャ師匠は、俺を置いて五年前に他界した。買ってきた恋愛運がダダ上がりする壺に足を滑らせて自らがハマってしまって、そのまま出られなくなってしまった。可愛そうな師匠。俺はかいがいしく看病をしたが、残念ながら彼にヤドカリとして生きる決意が足りなかったのだろう。自分が背負った壺が蓋になってしまい、閉じ込められて息絶えたという。


「まだ死んどらんわ。このくそこわっぱめ」

「やめなよ師匠。もう肉体はないんだよ」

「うるしゃあーい!」

 

 師匠のかかと落としが俺の顎の先端にヒット。俺はすぐにその場にうずくまった。さすが死んでも師匠、腐っても鯛。ていうかどうやって打ったんだ。ああそうか、師匠は今幽霊なんだよな。


「どうだ凄いだろう。今ならワシ直伝の幽霊拳を伝授して進ぜよう。お代はそうだな。人魂一年分でいいぞよ」

「お断りします」

 幽霊になってまで格闘技をやろうとは思わない。だいたい人魂一年分ってなんだよ。どっからかき集めてくるんだよそんなもの。


 しまった。師匠が俺にとりついて、操られるがままに契約書にサインをしてしまった。人魂は東外れの沼の近くの墓地にあるという。そしてそこには陸ナマコの中でも最強の毒陸ナマコがうじゃうじゃいる。もう俺はやけくそになって墓地へと出向いて行った。


 どくだみの茂る墓地では、なんともいえない異臭が鼻をついている。俺は全身に脂汗をたらしながら、おそるおそる進んでいった。


 いつものような気色悪い粘液がこすれる音がしたかと思うと、見たこともない毒々しい色の毒陸ナマコの大群が現れた。その数はおよそ60匹。経験上、大量の奴らに囲まれたなら断念するしかない。だが俺は必死だった。なにせ人魂一年分をかき集めなければ、あの忌々しいクソ師匠から離れることができないからだ。


 俺は隠し持っていた護身用の塩をまいた。大量の塩は毒陸ナマコの粘液を吸い取り固着化させる。塩に足を取られた毒陸ナマコは、動きを止めた。俺はすぐさま手持ちの棒きれで、次から次へととどめを刺した。


 100匹目の毒陸ナマコが紫色の体液を出して絶命する中。俺はやすやすと墓地の中の人魂をかき集めて袋に放り込んだ。緑色の怪しい光が袋を通して輝いている。


「見ろ。こわっぱ。人間目的意識があれば何でもできるのじゃ」

「そうか。お師匠様、それでそんな約束を」

「さよう。『冒険者になる』という薄っぺらい目的だけでは、お前はいつまでたっても陸ナマコを倒せん」

「お師匠様ありがとうございます」


と俺が首を垂れるとお師匠様はどこにもいなかった。成仏したんだと思って安心してると、俺の頭の中で声がした。


「あ、お前はお師匠様」

「さよう。これからは幽霊で生きるよりお前に憑依して生きたほうが得策だと思ってのう」

「うるせい。爺。早く成仏しろ」


 それから俺はヌキラボーナ・ウッシャを交代人格として所持する二重人格者として生きていく事になった。冒険者にはなれなかったけど、ただで格闘術を伝授してもらったようなもんだから、まぁいいか。 

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無能冒険者。根性だけは誰にも負けません! 楽人ベリー @amakobunshow328

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