第7話 特訓だけする

 二人の美少女と手をつないで波打ち際でムフフなことをしている俺の貴重な時間はジジイいやお師匠さんのしわ枯れ声で打ち砕かれた。

「起きろこわっぱめ。ひゃっほい」

 半分眠った頭で視線を向けると臭いきゅうりの漬物が飛んできた。長い長い緑の棒だ。よけ損ねるとぬかみその汁が体について鼻が曲がるほど臭い。吐き気をこらえて立ち上がると。また別の漬物が飛んでくる。今度は真っ赤ななすびだった。俺は間一髪でよけたはずだった。するとその漬物はゴムまりのように壁にぶつかると反動で飛んできた。顎にヒット。

「ごむわー」

俺は声にならない叫びをあげた。おそらくこの地上でこれよりも臭いものは存在しないだろう。わが師ヌキラボーナ・ウッシャ老師は臭い物ソムリエだったのだ。そんな趣味は止めろ。健康に悪い。


「どうだこわっぱ。これも修行じゃ」

続いて大きなスイカの塊が飛んできた。なんでこの爺はスイカを漬物にするのか? 危なくて仕方がない。俺の頭をかすめたスイカの塊は、柱の横を抜けた。柱の材木の一部を道連れにして……。


「ちょっ危ねぇ。それって凶器じゃないか」

「さよう、凶器をよけるのも冒険者としての素質じゃ。ふえっほほほい」

調子に乗ったお師匠さんはまたでかいスイカをぶん投げてくる。命あっての物種とばかり俺は道場から逃げ出した。


「おい待て、まだ修業は終わってはおらんぞ。ひひ、これからじゃ」

漬物まみれで臭くなった爺を道場において、俺はいつもの野原に逃げた。ここまで来れば追ってこないと思いきや、肝心なことを忘れていた。そう、ここには陸ナマコが生息する場所だったのだ。


「しゅるるるりー」

気が付くと陸ナマコより数倍大きい。オニ陸ナマコが這い出てきた。そんなの図鑑に載ってないぞ、と出版社にクレームを入れる暇もなく、動く速さは陸ナマコの二倍で俺はたちまち囲まれてしまった。しかも俺は丸腰、武器になりそうなものは何も持っていない。

「くそ。何か武器は」

手元にあった棒切れを、一匹のオニ陸ナマコに突き立てた。紫色の汁が飛び出し俺の顔面を濡らす。その臭さはさっき嗅いだ漬物の臭いとほぼ同じだった。俺は気を失ってしまった。どうにでもなれや。


「起きろこわっぱ」

気が付くとさっきまで集団でいたオニ陸ナマコが見当たらない。老師は俺を睨みつけて口泡を飛ばした。

「ほらみろ、修行を途中で逃げるからそうなる」

「ということはあの漬物は」

「そうオニ陸ナマコの汁を使ったのじゃ」

 そうだったのか、このお師匠さんはそこまで考えて、この修行を実行してくれたのか。俺は老師の老婆心に涙が出てきた。

「こいつの汁は物凄く臭いからのう。いい見世物だったわい」

やっぱりこいつはいけ好かない意地悪爺さんだった。

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