第6話 師匠喪失

「畜生!なんてこったい」

師匠のヌキラボーナ・ウッシャは、自筆の『ヌキラボーナ・ウッシャ棒術入門書』だけを残して失踪した。やっぱりこんな無職っぽい老人が金が続くわけがなかったのだ。俺は爺さんからもらったお金を元に次の師匠を探すことにした。暇なので道場で爺さんの書いた入門書を読み漁っていると、あまりにも内容のなさすぎる文章を目の前にして頭がくらくらしてきた。俺ばかり貧乏くじを引くのも癪に障るので、そのけったいな文章をここに公開してやる。お前ら飛ばして読むなよ。いいな。


ーヌキラボーナ・ウッシャ棒術入門ー

1.心構え

 

まず四つん這いになり右腕を左手に伸ばして軽くフックする。そして反対側の手を右腕に伸ばして軽くロックする。そのまま上半身を折り曲げてへそを見たうえで反対側にそる。足は胡坐をかくように組み合わせた上でお互いの足を交差する。どうじゃ動けまいてうひひひひ。


ーーーーーーーーーーーーーー


何の得にもならない文章が延々と書かれていて、書籍を破り捨てたくなった。この爺さんは本気なのだろうかそれとも人を担いで遊んでいるだけなんだろうか。俺の推理によるとおそらく緩慢たる後者ではないだろうか。どうでもいい、知らん。


 道場をあとにしようと思ったがせっかくの空き家だし、何か活用できないかと思った。そこら辺にたむろしてる子供を集めてインチキな紙芝居でも見せて金でもとろうかと考えていると。上半身裸で赤い腰巻を付けた爺さんが帰ってきた。


「むうぬぬぬ。そこで手にしてるのはワシの秘伝の指南書。勝手に持ち出し追って何をするつもりだ」

 みると爺さんは怒りのあまり全身を震わせて口から泡を飛ばしていた。余計な怒りを買うのが嫌だった俺は、素直に本を差し出した。


「うむ。素直でよろしい」

本をひったくった爺さんは道場の中央にしゃがみこんで本を片手にページをめくっていた。そして本の中央で指を止めると、こんどは顔の色が真っ赤に染まっていった。


「ワ・シ・のへそくりをどこへやった。このこわっぱめ」

 あーそうか。なんかお金が数枚挟んであったから、てっきりしまい忘れだと思って部屋の奥にある小銭入れに放り込んでおいたのだが、さっき物売りの娘が来てえらく美人さんだったので、彼女にうながされるままに開運の壺を買ってしまったことを思い出して爺さんに告げた。


「よし。よくやった。これでわしも開運じゃ。ひゃっほい」

「老師。これで俺たちにもやっと運が巡ってきますね」

「そうじゃそうじゃこれでわしもコオロギの串焼きがたらふく食えるわい」

 何ちゅう貧乏人だと俺は思った。コオロギの串焼きなんて本当に貧しい人の食事なんだ。この俺だってどんなにひもじくてもコオロギの串焼きなんか口にしたことは、一度だって・・・・・・いや数回あるが。いやーあれはまずかった。魚のはらわたの味がする食い物だった。もう二度と食うもんか。


 爺さんは腰巻をたたむと、壺を覗き込んだ。壺の中にはあの娘の連絡先がしたためてあることを思い出した俺は老師にとびかかって取っ組み合いになった。

「む、こわっぱの癖に何をする」

「その壺の底にあった紙切れをよこせ」

「これか、何も書いておらんぞ」

 そんなバカなと思いつつ爺さんの手から紙をひったくって何度も眺めたが、残念なことに文字の一つも発見できなかった。おかしい。彼女は俺の目の前で筆に連絡先をしたためたじゃないか。


「おおかた消える墨でも使ったのじゃろう」

「老師、どうして知っているのですか」

「わしもさっき騙されてのう。行ったらもぬけのからじゃったわい」

この師匠にしてこの弟子あり。


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