貝塚デート

 学校正門前に行くと、ムイがすでに待っていた。一瞬着ているものが縄文服に見えたが、ベージュのワンピースだと知ってホッとした。過去に二度ムイとお出かけしたときはちゃんと外行きの服を着ていたとはいえ三度目で気が緩んで縄文服を着てしまう、なんてことも考えていたからだ。


 しかしまともな服装を着たムイは一層可愛く見える、というのは恋人フィルターが目にかかっているからだろうか。


「今日はどこに行くの?」

海谷うみがや市の海浜公園!」


 それを聞いた私は一瞬で理解した。


「海谷貝塚があるところよね」

「うん! おねーさんもしかして行ったことある?」

「いえ。名前は知ってたけど貝塚まで足を伸ばしたことはなかったのよね。今まで山と古墳ばかり見てたから」

「実はそうじゃないかなーと思ってたの。山もいいけど海もいいもんだよ?」


 思えば海にはあまり行ったことがなかった。過去四度の夏休み中のりんりん学校(臨海林間学校のこと。夏休みに行われる行事)でもいつも山の散策ばっか選んでいた。別に海は嫌いじゃないが、山は古戦場だったこともあって史跡がたくさんあったのでどうしても興味がそっちにいってしまうのだ。


「ムイは行ったことあるの?」

「ううん。でもおねーさんと一緒に勉強したいんだー」


 いい心がけだ。海谷貝塚については書物で理解しているが、現物を生で見ると新しい発見があるかもしれない。私もムイと一緒にお勉強だ。


 *


「潮風が気持ちいいー」


 海に向かって両手を広げ、潮の香りを含んだ風を目一杯浴びるムイ。海の上では漁船が頻繁に往来している。この近くに全国屈指の漁港、海谷港があるからだ。


 遊歩道の下には砂浜が広がっているが、海開きのシーズンではないので誰もいない。ただ人の出入りはあるらしく、まだ中身が若干残っているペットボトルとかお菓子の袋とかが捨てられていた。これが無かったらもっと情緒のある風景だっただろうに。


「貝塚の方に行こうか」


 私は砂浜から早く出ようと暗に促すと、ムイは「わかったー」と返事した。


 貝塚は公園敷地奥のドーム状の展示施設の中にある。海谷市には縄文時代の遺跡が複数あるが、海谷貝塚はそれほど大きな規模ではないのでドームが全体を覆うような形で保存されていた。それでも高さは人間の頭をゆうに超えるから間近で見ると圧迫感があり、歴史の重みを視覚的に存分に体感できた。


 貝塚の周りには発掘品の実物やレプリカが展示されており、その中には当時の食生活が伺える貴重な史料もあった。例えばフグを食べて中毒死した縄文人の遺骨である。フグの骨を取り囲むようにして四人分の遺骨が見つかっていたことから、恐らく一家がフグ中毒で全滅したのだろうと推定された。フグは縄文時代から食されていた魚でありその証拠に複数の遺跡でフグの骨が見つかっている。おそらくその頃から安全な食べ方が存在していたはずだが、不幸にも死んでしまった例もあったということだ。


 発掘直後の遺骨の状態を忠実に再現したレプリカを見たムイがうーん、と唸った。


「可哀想だねー。確かにフグは美味しいんだけどさー。今だったら死ぬことなんて無いのに」

「いえ、今でもごくまれに中毒死事件が起きているわよ。しかもいまだに解毒剤が作られてなくて自然に解毒するのを待つしかないの」

「えー、こわっ」


 ムイのアホ毛がしなしなになった。


「現代ではちゃんと免許持ってる人が捌くんだから滅多なことで死にはしないわ」


 とは言うものの、実は私はフグを一切食べたことがなかった。単に嫌いではなく食べる機会がまだ無いだけの話だ。


「うー……海鮮市場でお魚食べたかったんだけど何か食べる気なくしちゃったー。お昼はお肉にしようよー」

「他の魚に罪はないでしょうに……」


 でも、ここはムイに合わせることにした。私は別に肉だろうが魚だろうが美味しいものであれば何でも良かった。


 社会科見学を終えた私たちは公園から出ると、一軒の飲食店が目に留まった。筋肉モリモリマッチョの船乗り風の男が骨付き肉を手にしている絵が描かれた看板には『ステーキの店 ガーデン朝倉』という店名が記載されている。


「ここにしよー!」


 ムイが即座に反応した。アホ毛を店の方に向けて。


「立派な造りしてるけど、高そうじゃない?」

「えへへー、ちゃんと持ち合わせはあるんだよねー」


 滅多に使わないスマホを取り出したムイが画面を見せつけてきた。


「四市共通電子クーポン?」

「そう。空の宮海谷橋立夕月の四市の中限定だけど10万円分使えるんだよー」

「10万円!? 何でそんな金額を……」

「元々おかーさんが株主優待で貰ったやつなの。おかーさん天寿の株持ってるから。それをおかーさんがわたしが使えるようにしてくれたってわけ」

「株主優待でも10万円は高すぎでしょ……」

「わたしの入学祝いってことで特別に色つけてくれたんだって」


 我が母校の理事長は何と太っ腹なことか。私のお腹も空いてきた。


「ということで、わたしのおごりだよー!」


 ムイは私の手を引っ張った。ここまでされて断るのはかえって失礼だ。値段もも気にせずにムイに甘えてしまおう。

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