おめでとう

「ムイ!!」


 私はムイの体を揺さぶった。チャタローも起きろと言わんばかりに吠えている。


「ん……なっ、撫子おねーさん!?」


 ムイがぱっと目を見開いて、上半身を起こした。


「あんた、裸で何やってんのよ!」

「う、ちょっと……今何時?」

「8時10分前! ほらさっさと着る!」

「そっかー、良かったー。門限やぶりしなくて」


 ムイは縄文服を着た。下着は元々つけていなかった。


「見つけたのが私じゃなかったら、今頃おまわりさんのお世話になってたわよ」

「ちょっと我慢できなくてついやっちゃった」

「だからって外はだめでしょ」

「だって、火照った体を冷やしたかったんだもん。だけどできなかった。おねーさんとあんなことやこんなことしちゃう夢見ちゃったんからねー」

「え」


 あんなことやこんなことの詳細を、楽しそうに明け透けに私に話した。この前見に行った遺跡の記憶から構築された夢に他ならなかった。私もその情景をつい想像してしまい顔を熱くしたが、それでいくらムラっときたとしても外で処理しようなんて思わない。もうため息しか出なかった。


「ほら、とにかく寮に帰りましょ。明日も早いんでしょ」

「ワンッ」


 チャタローも促している。


「わ、この子かわいいー」

「チャタローっていうの。この子が真っ先にあんたのあられもない姿を見つけてくれたのよ」

「へー、賢いんだねー。よしよしよし」


 ムイに撫でられたチャタローは尻尾を振り、ムイもアホ毛を揺らした。やっぱり犬の尻尾と一緒だ。


「そうそう、肝心なことを伝え忘れてたわ」

「ん?」


 私はムイにハグをした。お風呂に入った後だったのか、シャンプーと石鹸の香りが色濃い。香りを楽しむのもそこそこに、耳元で囁いた。


「優勝おめでとう。次も頑張ってね」

「……うん! ありがとー!」


 ムイもギュッと抱き返してくれた。ふとチャタローを横目で見たら気を使っていくれているのか、私たちに背を向けていた。この子はとても賢い。


「あ、おねーさんと触れ合ってたらまた思い出してきちゃった……ねーおねーさん、ここでシよーよ」

「おっ、おバカ!」


 アホ毛を引っ張ってやりたくなった。この年齢で前科持ちになりたくない。


 でもムイに盛りがついちゃったのは二人で過ごす時間があんまり取れなかったせいじゃないかと思う。だけど大会が近く練習に明け暮れてたとはいえ、こちらからもわずかな時間でもできるだけコミュニケーションを取ってあげるべきではなかっただろうか、と反省した。遠慮はあまりしちゃいけないわよね、つきあってるんだったら。


「ムイ、次の大会までにデートできる日がある?」

「デート?」


 アホ毛がピン、と立った。


「そう。できたら、でいいんだけど」

「いや、どうにかする!」


 ムイの瞳は街灯の明りを湛えてキラキラと輝いていた。


「だっておねーさんとのデートだもん。わたし、いい場所知ってるからそこに行こう。あねーさんが絶対に満足できる所だよ!」

「本当? じゃあ、楽しみにしているわ」


 私はムイと手を繋いで公園を出た。すぐ目の前が母校の裏門だけど、そのまま見送るのも愛想なしだ。


 周りを見たらちょうど誰もいない。チャタローも私がこれからしようとしているのを察してか、また背を向けていた。


「じゃあね、おやすみ。ムイ」


 唇と唇を重ね合う。ほんの数秒だけど、ムイを喜ばせるのにはじゅうぶんだった。


「おやすみ、撫子おねーさん」


 チャタローも軽く吠えて挨拶した。


 帰宅後チャタローを犬小屋に繋ぎ、家の中に上がると寝間着姿のおばあちゃんが出てきて、「おかえり」と声をかけてくれた。


「おや、さっきと打って変わって晴れ晴れとした顔つきになってるじゃない。その様子だと悩みは解決したようだね」

「うん。無事解決したわ」

「あー、良かった良かった」

「ごめんね、心配させて」

「気にしない気にしない。さ、風呂入って。また明日から気持ちを新たにして頑張ろう!」


 おばあちゃんは親指を立てた。


 あとはムイとのデートがいつになるかだったが、それがわかったのはすぐだった。地区大会一週間前の土曜日に、ムイは一日だけリフレッシュのために休みを貰えることになったのだ。


 その日は幸いにも山岳部の活動予定が無かったし、他に約束事も無かった。私はいつも以上に服装に気合いをいれて、ムイとの交際後初の本格的デートに臨んだのであった。

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