歌え踊れ狂え

「明日は7時半、学園前駅に集合。以上です。お疲れ様でした」

「「「おつかれさまでしたー!」」」


 学園前駅で解散して、寮生は一緒に学校まで歩いて帰ることになった。商店街の中を突っ切っていったけど、すでにほとんどの店がシャッターを降ろしている時間帯だった。月見屋食堂は開いていたけど、反省会という名目の夕食会でたっぷり食べてきたからじゅうぶん食欲は満たされていた。


 みんなしゃべることはしゃべり尽くしたからかほとんど無言で、学校に着いてまたあしたー、と挨拶して、わたしは菊花寮の部屋に直行した。大会は明日もある。もうわたしの競技は終わったけれど、応援に行かなくちゃならない。


「つかれたー!」


 ソッコーですっぽんぽんになって、大浴場に行く気力も無かったから部屋のシャワーで軽く済ませて、真っ裸のままベッドに倒れ込んだ。県大会優勝メダルは机に無造作に投げ出して。


 優勝した実感が沸かないのは、まだ東海地区大会が残っているからじゃない。一番褒めてもらいたい人にまだ満足に褒められていないからだ。ついでになでなでして貰いたいし、してあげたいなー、なんてしょーもないことを考えたのも束の間で、まぶたが重たくなってしまった。


 


 ドンドコドンドコ。ドンドコドンドコ。


 太鼓のリズムに合わせて、火の周りを大勢の村人たちが踊っている。


「今宵は水の神様に捧げる祭りぞ。歌え踊れ狂え。歌え踊れ狂え」


 赤、白、青、黄の派手な服を纏ったシャーマンの長老が太鼓を打ち鳴らしながら村人たちを煽る。私もその中に混じって、火の熱にあぶられながらドンドコドンドコというリズムに乗って歌って踊ってしているうちに体の芯から何だか気持ち良くなってきた。


「さあ歌え踊れ狂え。歌え踊れ狂え。歌えや歌え。踊れや踊れ。狂えや狂え」


 誰かと誰かが唇を合わせるのが見えた。それが合図になったかのようにみんな裸になって、男女問わず人数問わず狂いあった。長老が太鼓を打ち鳴らす音と、大勢の嬌声がBGMになって淫靡な光景が繰り広げられていた。


 わたしはというと、女の子に手を引かれて川辺の方まで駆け出した。撫子色のカチューシャっぽい髪飾りをつけている子。一緒に土手からお祭りの様子を見下ろす。もうわたしも我慢の限界だ。


「ねえ、わたしたちも」

「うん。だけどあの中じゃかえって落ち着かないから、ここで二人きりで……」


 女の子はそう言ってわたしの唇を塞いで、草の上に押し倒した。舌をぐいぐいねじこんで絡めてきて、口からどんどん快感が広がっていって……




 コンコンコン。


 さっきの太鼓のリズムと違う。それがわたしの部屋のドアをノックする音で、全ては夢だったと気づいたのはすぐだった。時計を見たらまだ一時間も経っていなかった。


「……もー、いいところだったのにー」


 わたしがドアを明けたら、ちなつちゃんが「うわあ!」と仰天した。


「ムイ、服ぐらいちゃんと着てよ!」

「わたしの部屋だもん。わたしがどんな格好しようが勝手でしょー」


 今のわたしはとても機嫌が悪い。それがきつい口調に出てしまっている。


「はあ……今マネージャーから連絡あったけど、明日犬飼先輩と長木屋先輩が観に来ることになったからちゃんと挨拶するようにって」


 名前しか知らないけど、それぞれ短距離と長距離で大活躍したOGだそうだ。わかったー、とだけ返事したけれど、ちなつちゃんはすぐに自分の部屋に戻ってくれなかった。


「いい加減メッセージアプリ入れてよ。いちいちあたしの口から伝達するの、二度手間なんだけど」

「んー、何かイヤだもん。顔が見えない相手とやり取りするの」

「はあ……まあいいや、ちゃんと伝えたからね。明日は行儀よくしてよ。おやすみ」

「おやすみー」


 ちなつちゃんが今度こそ戻っていったところで、さっき見たばかりの生々しい夢を思い出した。


「夢の中のおねーさん、えっちだったなー……」


 撫子おねーさんとしたのはまだ一回しかないけど、お互い初めてなのに獣みたいに激しくて気持ちが良かった。恋は生物の歴史そのもので子孫繁栄のためにするんだ、っておかーさんから聞かされたことがあるけど、女の子どうしの恋も良いものだってことをおねーさんが教えてくれた。


 体が熱くなってきた。練習漬けで禁欲的な生活を続けていた反動が今になって来たみたい。ちょっと外に出て冷やしてこよう。


 わたしは普段着、周りが言うところの縄文服を着て外に出た。門を出て道路を挟んだ向かいにある小さな公園に入る。近所の子どもが遊んでいるのはよく見かけるけど、日が沈んでしまえばほとんど誰も来なくなる。たまに酔っ払いのおっちゃんが酔い醒ましでベンチに寝ているけれど、今は誰も座っていないからわたしが使うことにした。


 六月の夜の空気は湿っていて生暖かい。火照った体を冷やすには不十分だ。


 こうなったら、とわたしは服を脱いだ。下着はもとから身につけていない。警察が見回りに来たら逮捕必至の状況だ。


 ゾクッ、ときた。体は冷えるどころか、ますます熱を帯びていく。特に大事なところが。


「わたし、変態さんになっちゃったのかな……」


 もう興奮を鎮める手段は一つしかなかった。目を閉じて夢の続きを頭の中で再生した。公園の三方は住宅街なのに不気味なほど静かで、わたしの荒い息遣いだけが耳に入っていた。


「うっ……」


 ビリビリっと電流が走り、脳の中で火花が弾け飛んだ。その感覚がしばらく続き、やがてスーッと潮が引いていった。呼吸が落ち着いてくると、今度はものすごい倦怠感と眠気に襲われた。


「いい加減に戻らなきゃ……」


 わたしは立ち上がろうとしたが、ただでさえ肉体疲労が残っている中で一人いたしてしまったものだから、本能が行動を拒絶した。ベンチに倒れ込んで、そのまままぶたを閉じてしまったのだった。

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