凄いものの正体

 バリケードの中に入らせてもらい、私たちは改めて志村先生に自己紹介をする。先生は私たちが星花女子学園の出身と知るや相好を崩した。


「中等部高等部の方は天寿の社長さんが理事長をやっているよね。郷土資料館建て替えの際にはお世話になったよ」


 郷土資料館は老朽化が進んでいたため、志村先生は以前から建て替えを訴えていた。市はなかなか腰を上げようとしなかったけど、天寿が寄付をしたおかげで話が一気に進んで建て替えにこぎつけて、昨年の春には工事が完了した。


「さて河邑さん、もう知っているとは思うがこの遺跡からは大量の土器が出土している。少し離れたところに星川2号遺跡と3号遺跡があるから当初はそれと関係が深いと思っていたが、どうも違うようでなかなか面白いことになっているよ」

「星川2号3号遺跡は古墳時代の遺跡でしたよね。別時代のものですか?」

「いや、出土したのは典型的な古墳時代の土師器さ。ただ――」


 せんせー! と作業員の一人が呼び出した。


「ちょっと失礼」


 志村先生は発掘で窪んだ地面に下りていった。私たちはその場で見学を続けるが、作業員たちは私たちに目もくれず黙々と地面を掘っている。


「縄文土器は出てこないかな?」


 ムイがアホ毛を揺らす。


「同じ地層から土師器と縄文土器が一緒に出てくる可能性は低いわよ。出土例が無いわけじゃないんだけど」

「なんだ、しょんぼり」

「縄文もいいけど、古墳時代も勉強して損はないわよ。国際科でも日本史をやるでしょ?」

「世界史と違って必修じゃないしー。わたし縄文時代以外キョーミないしー」

「んもー、面白いのにもったいない」


 縄文時代以外にも目を向けて欲しいものである。


 志村先生が戻ってきた。軍手をつけていて、土器片を携えている。


「ほら、これがこの遺跡の土器の特徴だ。わかりやすいだろう?」

「これ、魚の絵ですね」

「その通り」


 楕円形と三角形が組み合わさった形の線刻はまさしく魚の輪郭であり、楕円形の中に描かれている点は魚の目に当たる部分に他ならなかった。


「星川2号3号遺跡の出土品と違い、この遺跡の出土品は絵が描かれているんだ。大概絵画土器は祭祀用に使われているものだから、ここは祭祀を行う場所だった可能性が高い」

「だとしたら、漁の成功を祈る祭祀が行われていたのかもしれませんね」

「あり得る話だね。だけど私は治水の祈りに使用した可能性の方が高いと考えている。星川はよく氾濫していたからね」


 確かに、過去に氾濫が起こった形跡もこの辺一体から見つかっている。安心して住める場所になったのは江戸時代に堤の補強工事が行われてからで、その工事に私のご先祖さまが関わっていた。河邑家が星川の歴史に関わっていることを改めて実感する。


「んー……」


 ムイが首をかしげている。そして志村先生に対して、とんでもないことを口走った。


「でもせんせー、ここで凄いものが見つかったって聞いたんだけど、絵のついた土器ぐらいじゃあんまり凄いって感じがしなくない?」


 血の気がサーッと引いた。


「こっ、コラッッ!! 先生に何て口を利くの!!」

「ははは、正直で良いじゃないか」


 志村先生は全く気にしていない様子だったが、無礼を働いたことには違いないのでムイに「口の利き方には注意なさい!」ときつい言葉で叱っておいた。アホ毛がしゅんと垂れたけど、しょげかえるぐらいなら最初から言わなきゃいいのに。


「しかし、今はまだしゃべるなって釘を差しておいたんだがな……完全に防ぎようがなかったか」

「実は、私も大発見があったという噂を耳にしました。絵画土器のことではないんですか?」

「ああ、絵画土器には違いないんだが、その、何というかな……」


 急にしどろもどろになる志村先生。ここまでもったいぶられたら、もう何が何でも聞きたくなってしまう。


「君たちは高校生だから、もう理解してる年頃だな。わかった、大発見とやらを見せてあげよう」

「本当ですか!?」

「ただし、私から発表するまで絶対に口外しないこと。見たものに対して私に文句を言わないこと。いいね?」


 今までと打って変わってかなり険しい顔つきになっている。理解している年頃、という意味もよくわからない。とにかく、私たちははい、としか答えられなかった。


「じゃあ、こっちに来なさい」


 私たちはテントの中に連れて行かれたが、そこに出土品らしきものは見当たらず、人も私たち以外にいなかった。


「現物は大学に送ってあるから、画像でお見せしよう」


 志村先生がスマホを取り出して、画像を見せた。


 それは、ほぼ完全な形を保っている土器であった。口元が少々欠けているぐらいで、ひび割れも見当たらず良い状態で見つかっている。胴の部分には線刻がたくさん描かれていたが、その正体はひと目でわかるものであった。


 丸に大の字。いわゆる棒人間というものだ。それがどういうポーズを取っているのか私にはすぐわかってしまった。そういう知識は持っているから。


「うわー! エッチしてるー!」


 ムイは大声で叫んだ。何てデリカシーが無い。志村先生もちょっと引いちゃってるし。


「大丈夫かい?」

「え、ええ。棒人間ですし。昔の人はこれでも興奮してたのかもしれませんが……」

「お盛んだったことには違いないな。これにはいわゆる『四十八手』が刻まれている。実際は二十の体位しかないがね。だがこんな露骨に性的な遺物が出土するのはごく稀なことだ」

「顔の部分が黒丸と白丸になっているのがありますけど、これは男性と女性を表しているんですか?」

「その通りだ。それを踏まえた上でこれを見てほしい」


 二枚目の画像。今度は黒丸どうしと白丸どうしがアレをしていた。しかも二人一組に限らず、三人や四人もある。


「同性でかつ多人数でも……」

「な、凄いものだろう? これが祭祀を行う場所から出土したということは、性的な儀式も行われていたのだろう。それも男女どうしに限らず同性間で、多人数で交わったりしていたんだ。この地域の風習なのか各地でも行われていたのかはまだわからないが、古代日本の性事情の解明に繋がるかもしれない」


 志村先生は両手で握り拳を作り、ファイティングポーズのような格好をとってそう力説した。


「何でマスコミに発表しないんですか? これはまさしく歴史的大発見ですよ」

「要らぬ論議を呼びそうだから慎重に扱う必要があるんだ。マスコミは学術的価値よりも通俗的価値に重きを置くからね。古代人が描いたエロ漫画、みたいな紹介をされたら土器がかわいそうだよ」


 ワイドショーなどで面白おかしく編集して流される様子がありありと浮かんできたから、私は納得した。


「愛の形はいろいろあるんだって、昔の人は知っていたんだねー」


 うん、ムイの言う通りだ。少なくともこの子の目には、変テコなエロ壺という形で映ってはいなかった。


 *


 本の知識では得られなかったことをたくさん見聞きして、大満足した私たちは来た道を戻っていった。田中家の田んぼには誰もいなかったが、軽トラックはそのまま置いてあったからいったん休憩でもしているのだろう。


「古代のエッチなお祭り、どんな光景だったのかなあ」


 ムイがニタニタ笑っている。


「今の世の中で同じことしたらケーサツがやって来るけど、そんなの気にしなくてよかった時代だったんだよねー」

「まあ、星花でも影で似たようなことしてるのはいるけどねえ……」


 某御○園先輩とか火○先輩とか。二人の乱倫ぶりは学園じゅうに広く知れ渡っている。


「そう考えたら、わたしたちって文明が発達したけど窮屈な時代を生きているよねー」

「その代わりちょっとした病気でも死んじゃうなんてこともなくなったわ。所詮は良し悪しなのよ」

「でも、人間ってもっと自由でいいと思うけどなー。エッチなお祭りだっていっぱいすればいいじゃない」

「そういうこと、人前で言わないでよ」

「人中でキスしてきたおねーさんに言われたくないもんねー」

「っ……!」


 この子、やっぱり根に持ってたのか。ムイのニタニタ笑いがちょっぴり憎らしくなってきた。


「でもね」


 ムイが急に私の腕に絡まってきた。上目遣いで見てくるけど、その瞳は蠱惑的に見える。


「おねーさんの気持ち、しっかりと伝わってきたよ」

「え……」

「その答えを出してあげる」


 唇に受けた柔らかい感触。それはほんの一瞬だったけど、長い時間経ったように感じられた。


 向き合い直って、ムイが真剣な眼差しで告げた。


「わたしもね、おねーさんのこと大好きだよ」

「ムイ……」


 私はムイの体を包み込むように抱きしめて、感謝の気持ちを伝えた。お日さまのような暖かく柔らかい抱き心地だった。


 そして、ムイは耳元で吐息混じりにささやいてきた。


「良い気分になっちゃった。おねーさんとお祭り、したいな」


 私は目を剥いた。


「ちょ、ちょっと、告白して一分も経ってないでしょ!」

「えへへー」


 ムイの手が首から背中、そしてその下へと下がっていって、いやらしく撫で回してきた。前の恋人ともしたことがないボディコミュニケーションをされて、私の体はつい反応してしまった。その先を否応無しにも期待してしまう。優等生で通している私なのに。


「おねーさんも、正直になろうよ?」


 舌なめずりするムイ。○所園先輩も○蔵にも劣らない淫靡さをまとっていた。エヴァ先輩のHENTAI同人誌の世界がすぐそこまで迫っているのを感じた。


 私は素直に屈することにした。


「わ、わかったわ。じゃあ、ムイの部屋で」

「やだ! 今すぐここで!」

「えっ!?」


 ここは見晴らしの良い田畑の中。致しているところを見つかったら公然わいせつで捕まるのは必至である。でもムイは息遣いが荒くなっていて、盛りのついた犬のようになっていた。


「ねえ!」

「ひんっ!」


 情けない声が出てしまった。ムイの手が太ももと太ももの間をまさぐってきたのだ。私も正直、限界に来ている。最後の理性を振り絞って、ムイに言った。


「じゃあ、この近くに良い場所を知ってるから、そこへ……」

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