遺跡デートへ
空の宮市星川地区。ここは田畑が広がるのんびりとした場所であり、かつては星川村という自治体があった。終戦直後に旧空野市と合併して消滅し、さらにその空野市が野宮町と合併してできたのが現在の空の宮市である。
実は、星川地区は河邑家と浅からぬ縁がある。元々河邑家は星川村に住んでいて、江戸時代の頃は村の名主を務める程の豪農だった。言い伝えによると、星川の治水工事に関わった功績で巨額の富を得たらしい。
江戸時代が終わっても河邑家は有力者として村を牛耳っていた。苗字必称義務令が出された折は河邑家にあやかろうと「川村」や「河村」といった同音異字の苗字を名乗る家が現れた。そのため星川地区では川村姓と河村姓がやたらと多いのである。
だけど河邑家の栄華は続かなかった。戦争が終わり、GHQによる農地改革で田畑を全て没収されてしまったのだ。豪農から一気に貧乏になってしまい、明日を生きられるかどうかもわからなかったとひいばあちゃんは語る。
しかし、それは新しい河邑家の歴史の始まりでもあった。
「へー! ここら辺の田んぼと畑全部、元々おねーさんの家の持ち物だったんだ!」
広い田畑の光景を見たムイが目を輝かせてそう言った。
「そうよ。今はもう家庭菜園しかやってないけどね」
右手の田んぼではちょうど田植えが行われようとしていた。軽トラックに積んだ苗を田植え機に移している人たちは、いずれも私の見知った顔である。
「おはようございます!」
「おー、撫子ちゃんじゃないか! おはよう!」
「おはよー!」
麦わら帽子をかぶった男性と女の子。二人は現在の星川地区において一番規模の大きい農家である田中家の人間で、叔父と姪の関係にある。姪の方は名前を稲が実ると書いて
「お友達とお散歩かい?」
「この前見つかった遺跡を見に行くところなんです」
あーやっぱり! と実稲ちゃんがポンと手を打った。
「私も昨日見に行ったよ! 学者さんとかがいっぱい集まっててさ、もしかしたら大発見かもしんないって言ってたよ!」
「本当!?」
「うん、よくわかんないけど凄いものが見つかったっぽい。撫子ちゃんならわかるかも」
「ますます楽しみになってきたわね。じゃあ愛想なしで悪いけど、もう行くわ。今年も良いお米ができるよう、頑張って稲を育ててね」
「うん、頑張る!」
会話をさっと切り上げて、私たちは再び遺跡へと歩みだした。
「ねえおねーさん、さっきの人たちって知り合い?」
「ええ、家族ぐるみでつきあいがあるの。江戸時代からね」
「ほえーっ!?」
大げさに驚くムイ。縄文少女に江戸時代で驚かれても……。
私は河邑家と田中家の関係について説明した。田中家も江戸時代からの豪農の家系で、組頭として河邑家の補佐にあたり、共に星川村の行政に関わっていた。その密接な関係は第二次大戦が終わるまで続き、河邑家と同じく農地改革で土地を奪われたのだが。
「でも田中家の方は農家を続けられているよねー」
「河邑家の方は戦争で男手がいなくなってしまって貧乏状態が続いていたけど、田中家は戦後の復興事業に関わったおかげでお金を稼ぐことができて、田畑を少しずつ買い戻していったのよ。人手に渡っていた河邑家の田畑も高度経済成長期の頃に田中家のものになってね。当初は河邑家に返すつもりだったらしいけど、その頃の河邑家はもう他の仕事で安定した生活を送れていたから田中家に引き継いでもらうことにしたの」
「なるほどー」
星川村はなくなり豪農としての河邑家もなくなってしまったが、田畑は今もなお在り続けているし、田中家との関係も緩やかながら続いている。歴史の変化の潮流に揉まれ続けても、全てが変わってしまうということはなかったのである。
「もしも河邑家も農家を続けられていたら、おねーさんも今頃あの子みたいに田植えしてたかもねー」
「そもそも河邑撫子という人間は生まれてないんじゃない?」
「えー?」
「ひいばあちゃん、没落したおかげでと言ったらアレだけど役場に務めていたひいじいちゃんと恋愛結婚できたわけで、豪農のままだったらもっと血筋の良い人と結婚させられていたはず。そしたらおばあちゃんが生まれていたかどうかわからないでしょ。おばあちゃんは美容師やってたけど豪農のままだったらきっとやってないだろうし、今のおじいちゃんと結婚してないかもしれない。そしたらお母さんが生まれてくることもなかっただろうし。要するに自分の生涯が後の世代にも影響してくるってことよ。ムイだってお父さん三人のうち一人でも欠けていたら、今のムイが生まれていなかったかもしれないわよ?」
「言われてみたら、そうだよねー。自分に血と肉をくれた生物学的父親は誰かわかんないけど、その人がおかーさんと知り合ってなかったら、だよねー」
春のぽかぽか陽気の下で小難しい会話を交わすのも、なかなか良いものかもしれない。ただ、これが「デート」でする会話かと言われればちょっと、という気がしないでもないけれど。
「見えてきたよー」
星川の土手沿いにバリケードが張られている一角があり、そこには発掘現場を示す看板が掲げられていた。バリケードの中では人と重機がせわしなく動いている。
その中でもスーツを着ている中年女性の姿が目立っていた。
「あっ、志村先生も来てる!」
私はつい、街中でタレントを見かけたかのようなリアクションをしてしまった。
「誰?」
「星花女子大学の教授よ。古代日本の研究をしていて、この地域の遺跡の発掘調査に関わっているの」
「偉い人なの?」
「とてつもなく偉い人よ。学会でいくつか賞を貰っているし」
「ふーん、見た目フツーのおばちゃんっぽいけど」
「こら、失礼よ!」
「ごめーん」
ムイは気まずそうに舌を出した。
私が新入生歓迎会として連れて行った一重山古墳を発掘したのも志村先生で、出てきた二人の女性の遺骨を見て二人は恋人どうしだったとする説を唱えた人物でもある。恐らく工事担当者であろう、作業着の男性と何か話をしているがここからは聞こえない。
「あまり規模は大きくなさそうだけど、実稲ちゃんは凄いものが見つかったって言ってたわね。何だろう」
何が見つかったのかはひとまず置くとして、発掘作業を見てみることにした。作業員はバイトの人だが若い女性が多く、恐らくは星花女子大学の学生かもしれなかった。遺跡発掘のバイトは近隣住民を雇うことが多いのだが、農繁期だからあまり人が集まらなかったのかもしれない。
「たくさんの人が歴史を掘り返してるねー」
ムイがちょっぴり気の利いたことを言ったから、くすっときた。
志村先生が話を終えたらしい。そして私たちの方にまっすぐ向かってきて、声をかけてきた。
「君、いつも私の講演を聴きに来てくれている子だよね?」
「えっ、覚えていらっしゃるのですか!?」
「だっていつも最前列の席に座っているもの」
感激だ。志村先生に顔を覚えてもらえたなんて。市民会館や郷土資料館で一般人向けに講演する際はいつも足を運んでいたけれど、その甲斐があったというものだ。
「わざわざ発掘現場を見に来てくれるなんて嬉しいなあ。本来なら後日説明会を開くつもりだったんだけど、君は熱心だから特別に中で見学させてあげよう」
「ええっ!」
何という望外。本当に良いのですか? とワンクッション置くべきところだが、気持ちがはやった。
「こっ、この子も一緒にいいですか?」
「もちろん!」
ありがとうございます、と私が拝み倒さんばかりにお礼を言うと、ムイのアホ毛もピン、と伸びた。
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今回のゲストキャラ
田中実稲(楠富つかさ様考案)
登場作品:未定
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