ガールズトーク in 306号室
夕食は非常食が出された。主食のレトルトカレーは温めなくても美味しく食べられるものであり、私は実際温めずに食べてみたけれど確かに美味しかった。もっとも、やはり温かい食べ物が良いって生徒は電子レンジを使っていたが、数に限りがあったから渋滞が発生していた。
非常食を食べるのは初めてだし、今まで接点のなかった人たちとおしゃべりしながらの食事だったから格別な感じがした。
ムイの部屋、306号室に戻ってからは特にすることはなかった。宿題は出ているはずだが誰も手をつけようとしない。敷いた布団の上で、食堂での会話の続きが繰り広げられた。しばらくするとムイが、
「ねえみんなー、小腹空かない?」
と聞いてきた。
「そうね。ちょっと甘いものが欲しい感じかな」
私が答えると、夜野さんが露骨に嫌な顔をした。
「寝る前の間食は不健康の原因ですよ?」
「まあまあ、今日ぐらいは良いでしょう。明日から気をつければ良いことですわ」
最年長の纐纈先輩の一声で決まった。
「じゃあ、チョコレートがあるから出してくるねー」
ムイは立ち上がってキッチンに向かった。今の彼女は縄文服を着ている。食堂に行くときはさすがにこの服を着ていったが、部屋に戻ってからも脱ぐのが面倒なのかそのままにしていた。
「はい、どうぞー」
「お、おおう」
と、私はうなった。小分けされたチョコレートの袋が縄文土器の壺の中に入っていたからである。やはりここも縄文であった。
「飲み物はどうー? アイスコーヒーと烏龍茶とスポーツドリンクがあるけど」
「じゃあ、私はアイスコーヒーで」
纐纈先輩は烏龍茶で阿比野さんはスポーツドリンク、夜野さんはそのどちらでもなく水をリクエスト。健康管理に厳しい子と聞いていたけど、徹底している。
「はい、どうぞー」
「お、おおう」
またもや唸る私。やっぱり、飲み物を入れる器も縄文土器だ。
「装飾がゴテゴテしてるけどちゃんと飲めるのかしら……」
纐纈先輩が心配しているが、そんなの知らないとばかりに、ムイはそれぞれの器に飲み物を注いでいく。自分の器にはアイスコーヒーを注いだ。私と同じだ。
「じゃー、みんなで乾杯しましょー」
ムイが器を持ち上げ、その場のノリでみんなも器を持ち上げた。土器だからガラスコップよりもちょっぴり重い。
「かんぱーい!」
かんぱーい、と声を上げて、土器をゴツンと合わせる。口をつけて慎重に傾けて、中身を口に流し込む。よし、どうにかこぼさず飲めた。
アイスコーヒーはいつも飲んでるものだけど、味が全然違う気がする。器が違うだけでも味が違ってくるものなのだろうか。
「うひー! こぼしちゃいましたわ!」
纐纈先輩が変な声を出した。残念ながらちょびっとだけ口に入らなかったようで、寮から貸与された服にシミを作ってしまった。
「こ、纐纈先輩……うひーって……」
夜野さんがクスクス笑い出して、阿比野さんもつられて笑い出した。
「い、今のは聞かなかったことにしてくださいまし!」
ティッシュでこぼしたところを拭き取りながら顔を赤くする先輩。クールな感じだと思ってたけれど、面白い人だ。
気を取り直して、歓談が再開される。さっき夜野さんと阿比野さんが先輩のことを笑ったからじゃないけれど、笑い話を紹介する流れになっていた。
「私の家、ご存知の通り教会なんですけど、見た目だけは古い一軒家だから時々他の宗教の勧誘がうっかり来ちゃうんですよ」
「きゃははは!」
ムイがお腹を抱えてケタケタと笑う。
「アビーも勧誘し返したらいいんじゃないかなー? まあ中に上がりなさいって感じでさー」
「それやったら教団から怒られるの」
「なんでー?」
「神社やお寺って勧誘活動をしないでしょ。ぜひ参拝しに来てくださいとは言うけれど。それと同じこと」
「なるほどー」
確かにねえ、と私も納得する。私の実家は浄土真宗本願寺派だけど、菩提寺のお坊さんが阿弥陀如来に帰依しませんか、なんて言いながらあちこち勧誘してるなんて聞いたことがない。
ビシャーンゴロゴロ、と激しい雷の音がする。天気予報によると、未明にかけてが嵐のピークになるそうだ。いっそのこと、明日も警報が続いて休校になってしまえばいいのに。
しかし話をしているとチョコレートについつい手が伸びてしまう。夜に甘いものは良くないとわかっていても。夜野さんは当然ながら、薦められても一切手をつけていない。
「撫子おねーさんは何か面白い話、ある?」
いつの間にかムイがトークを仕切っていたが、私は気にすることなく、先日のあの話をすることにした。
「新入生歓迎会で一重山の古墳に行ったんだけど、そこでとあるものが大量に不法投棄されているのを見つけたの」
「とあるものって、なになにー?」
「えっちな本」
「ふーん」
あれ、ムイの反応が薄すぎる。まさかえっちなのはNGだったのかな……? さっきまで真っ裸になってたのに。
「あ! 私も同じ経験をしたことがありますよ。去年、部活で星川クリーン作戦に行ったとき、やっぱり捨ててあったんですよね。そういう本が」
阿比野さんが乗っかってくれた。助け舟を出してくれたかのように。
「私も去年、とある公園まで撮影に行ったらそんな本がいっぱい捨ててありましたわ」
と、纐纈先輩。
「空の宮市って、あんまりマナーがよろしくないんですね」
夜野さんが嘆く。
「夜野さんももしかして同じ経験をしたことがある、とか?」
私は聞いてみた。
「まあ、捨ててはいなかったんですけど、家の中で大量に見つかった、ということはありましたね……」
「な、何? そのゴキブリが出ましたみたいな言い方は」
「私、実家から離れて暮らしてる兄がいるんですけど、時々掃除のために兄の部屋に入ることがあるんです。だけどこの前、家にまさしくゴキブリが出たんで兄の部屋に駆除剤を仕掛けようとして押入れを開けたんです。そしたら謎のダンボール箱があって、蓋が開いてたから気になって中を見たら、大量のえっちな本とDVDがたっぷりと入ってましてね……」
「あらあ……でも、男の人だったら大概持ってるわよねえ。そういうの」
「実は続きがありまして。その、ジャンルが男の人でも好きなのは少数だろうってもので……」
「何?」
それはスから始まってロで終わる名前のジャンルだった。その単語を聞いたのは初めてだったけど、意味を聞いた途端、アイスコーヒーが気管に入りかけてむせた。
「そっ、そんなので興奮するの!?」
「まあ、する人はするんでしょうね……」
ムイは大爆笑している。どうやら下ネタは絶対NGというわけではなさそうだけど、反応がまるで小学生の男の子みたいだ。
「あとこれもまだ続きがありまして」
「まだあるの!?」
「ここで終わると兄が変態だと思われてしまうので……その後、兄に思い切って電話で聞いてみたんです。すると『俺にはそんな趣味はない! 買ったこともない! 捨てろ!』ってすごい剣幕で怒られて。まあ、大事に隠してたなら捨てろなんて言わないよね、って思い直しまして。でも現に兄の部屋に存在してたわけで。これ何だろうなとずっと気になってたんですけど、ある日答えを知ってしまったんです」
「なになにー?」
ムイが誰よりも興味津々になっている。
「近所に患者のおじいさんがいるんですけど、時々家の方にも遊びに来るんですよね。で、そのおじいさんが病院が休みの日に来るなり大声でこう言うのが聞こえたんですよ。『先生! この前あげたDVDはどうじゃった?』って」
それが意味するところを知った私は、笑いのツボに電気が流されたようになって、腹の底からはしたない笑い声を上げてしまったのである。
「おとーさんがことりちゃんのおにーさんの部屋に隠してたんだねー。きゃははは!」
ムイも爆笑している。
「うん、おじいさんが善意で贈りつけたものだから捨てることができなかったのかもしれない。でもあれには参りましたね」
夜野さんの天使じみた可愛らしい容貌に反して、口から飛び出した汚くえげつないエピソード。今のところ彼女のお話がMVPといったところか。
閉鎖空間で繰り広げられる歓談は、ますます盛り上がりを見せていく。
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