お風呂タイム
ムイの部屋、306号室は何の変哲もない部屋である。このショーケースを除いては。
「は~、まるで博物館みたい……」
中には数々の土偶が飾られている。数々の文献で紹介されている、有名な遮光器土偶もここに含まれていた。さすがにレプリカだろうが、それでも精緻な造りであることに変わりない。
「まさかこれもムイが作ったの?」
「ううん、おとーさんが芸術家から買ってきたの。誰だったか名前は忘れたけど」
父親も縄文趣味に理解があるらしい。
私の後ろからも感嘆の声がする。ムイの部屋で過ごすのは私の他、三人いた。
「レプリカでも御神体のような存在感があるよね」
と言ったのは
「うん、ずっしりとしてる感じがいいよね」
と言ったのは
「一枚撮らせてもらってよろしいかしら?」
と、
「いいよー」
纐纈先輩は高そうなカメラを持ち込んでいて、それで土偶たちをいろんなアングルから撮影した。
「じゃあみなさん、ひとまず着替えましょー」
ムイがおもむろに制服を脱ぎだして、私たちもそれに倣う。ムイは無造作にジャケットとブラウスをベッドの上に脱ぎ捨てると、胸がもろ見えになっていた。
「ムイ、あなたブラつけてないの!?」
「うん、あんなもの邪魔でしかないから」
ブラの必要がないほどまでぺったんこというわけじゃないのに。ということはまさか下の方も……ムイが倉田先生の罠にかかって下半身丸出しになっていたのを思いだした。
「きゃっ!」
夜野さんがスカートを脱いだムイを見て悲鳴をあげた。やっぱり、履いていなかった。今のムイはすっぽんぽんだ。
「ノーブラノーパンって……」
「これが自然な姿なんだよ?」
「まあそれはそうかもしけないけど……いくら自分の部屋とはいえ人前で全裸になるのはいかがなものかと思うわ」
「じゃあ、みんなすっぽんぽんになっちゃえばいいじゃない。気持ちいいよー」
「いや、その理屈はおかしくない? 悪いけど遠慮させてもらうわ。せっかく服を借りられたんだし」
私たち泊まり組には、温泉付きビジネスホテルの館内着のような服が貸し出されていた。それと下着も。いずれも防災備蓄用でファッション性なんか二の次だが、着替えがあるだけでもありがたい。
着替えた私たちはもう一度部屋から出て、自分の寝具を取りに行った。普通の布団に加えて寝袋も用意されてあったけど、私は敢えて寝袋を選択した。まるで実戦的な防災訓練のようで、そう考えたら楽しくなってきた。
「ふー、ようやく人心地がついた」
寝袋を運びこんだ私は、大きく安堵のため息をついた。
「じゃあ、改めてみなさんよろしくお願いしますね」
私が頭を下げると、みんなも「よろしくお願いします」と頭を下げた。それからは雑談ばかりで、誰も宿題をやろうともしなかった。いくら広い菊花寮の個室と言えども机は一つしか無いし、こんな非常事態では勉強どころではない。雑談でもして気を紛らわせた方が心身ともに健全だ。
時折、窓の外が光ってゴロゴロ、という音が鳴り響く。雷は相変わらず暴れていて止む気配が一切ない。
「まったく、いつまで続くのかしらね……」
「止まない嵐はありませんよ。ここにいれば安全安心、後は神様が良いようにしてくれます」
と、阿比野さんは手を合わせた。顔に全く不安の色は見えなかった。信じる者は救われる、ということだろうか。
ドアがノックされたが、コンコンという音が二つ重なっていた。
「どーぞー」
ガチャ、とドアが開いて同じ顔がニュッと二つ覗き込んでくる。泉見姉妹だ。
「「お風呂の番ですよー」」
と、ステレオ音声で伝えてきた。
「はーい、ありがとー。みんな、お風呂に行きましょー」
ムイはすっぽんぽんのままで外に出ようとした。
「ちょ、ちょっと、服は!?」
泉見姉妹の、棗さんか司さんかどっちかわからないが、ムイの代わりに答えた。
「ほっといていいですよ。この子、いっつもお風呂行くときは裸だから」
「えへへー」
いや、えへへーじゃないでしょう。この子はやっぱり、私たちの常識では計り知れない。
「次のグループはちょっとアレだから気をつけてくださいね」
「アレって?」
私は首をかしげたが、泉見姉妹はステレオ音声でこう答えるのみであった。
「「見てのお楽しみです」」
*
浴場に入った途端、艶めかしい嬌声が私たちを出迎えた。
「な、何やってんですか御所園先輩!」
湯気をかき分けた私たちが見たものは、豊洲市場に上げられたマグロのごとく横たわっている女子たちと、その傍らに勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っている肉感的な女子、高等部三年生の
「あら、あなた達ついてるわね。私と同じグループで」
舌なめずりする御所園先輩。この御方は数多の生徒に手を出している、超がつく程の問題児として知られている。彼女が私たちをどのような目で見ているのか明々白々だ。
阿比野さんが真っ先に声を上げた。
「まっ、間に合ってますから結構です!」
「『マニアックですから』? あらあら、どんなアブノーマルプレイが好みなのかしら? 楽しみねえ」
「何でそんな聞き違いをするんですかー!」
御所園先輩の後ろからもう一人、人影が出てきた。
「あっ、雪川先輩! ちょうど良いところに!」
氷の女王という異名をとる名物風紀委員、
しかし雪川先輩の様子はどうもおかしかった。目の焦点があっていなくて、私たちのことが見えてないようだ。
「静流、どこに行こうとしてるの?」
さらに先輩の後ろからもう一人出てくる。その姿を見た私は、絶望の淵に立たされた。
「か、火蔵先輩……」
火蔵先輩が、雪川先輩の後ろから抱きつく。
「まさかこれでお終いってことはないわよね?」
「ふ、ふうきをみだすものがいるからとりしまらないと……」
雪川先輩はろれつが回っていない。さらにその口を、火蔵先輩が自分の口で塞ぐ。それを見た御所園先輩はフゥッ、と甲高い声を出す。
いやらしいキスを交わし終えた火蔵先輩は、上気した顔で言った。
「寮の中は風紀委員の管轄じゃないでしょう? さあ、二回戦を始めるわよ」
「ああん……」
氷の女王が、湯気の中に引き込まれていく。すぐに艶めかしい声が上がりだした。
「というわけで、邪魔者はいなくなった。私の数々のテクニックを披露して、貴女たちを楽しませてあげるわ。おいで」
御所園先輩が言い終わるのを待たず、私たちは逃げ出したのであった。
*
「菊花の部屋が風呂つきで助かりましたわ……」
纐纈先輩はタオルを首にかけて、ベッドに腰を掛けてうなだれた。その姿はまるでノックアウトされてベンチに引っ込んだ野球の投手のようである。
結局、私たちは部屋の風呂を使った。湯を張ると時間がかかるから一人ずつシャワーを浴びるにとどまったのだが、体を洗えただけマシであった。
「まさか浴場で堂々とするなんて、噂以上の人たちでしたね……」
夜野さんもすっかりショックを受けてしまったようだ。
一方で、ムイはいつも通りニコニコしている。
「だけど、あの二人からは縄文の香りがするよねー」
「縄文? どこが?」
私は首をかしげた。
「だって、自然のままじゃない。今を生きるわたしたちってルールとか倫理とか、いろんなもので縛られてるでしょ? あの二人はそんなものと無縁だもの」
ムイの言いたいことはわかる。実際は二人の先輩は良い家柄の出だから、家の縛りはあるかもしれない。だけど少なくとも学校では、縛りなんかクソくらえとばかりにいろんな子に手を出して風紀委員の頭を悩ませている。雪川先輩に至っては陥落してすっかり使い物にならなくなってしまったが……。
「わたしもあの二人を見習わなきゃっ」
全裸のムイは胸を張ったが、私は即答した。
「そんなことしなくていいから」
★★★★★★
ゲストキャラ一覧(今回はめっちゃ多いです)
阿比野明(藤田大腸考案)
登場作品:『明星は漆黒の宇宙に冴える』(藤田大腸作)
夜野ことり(百合宮伯爵様考案)
登場作品:『SとNのタペストリー』(藤田大腸作)
纐纈幸来(マドロック様考案)
登場作品:『いずれ菖蒲か杜若』(パラダイス農家様作)
泉見棗(桜ノ夜月様考案)
登場作品:『ハレーションに弾丸を』(桜ノ夜月様作)
泉見司(桜ノ夜月様考案)
登場作品:『木を染めし 泉の司は 天を見ゆ』(黒鹿月木綿季様作)
御所園咲瑠(楠富つかさ様考案、カップリング対象外のサブキャラ)
雪川静流(百合宮伯爵様考案)
登場作品:『氷の女王に、お熱いくちづけを』(百合宮伯爵様作)
火蔵宮子(楠富つかさ様考案)
登場作品:同上
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