春嵐
この日、春の嵐が吹き荒れた。だがそれは異常気象とも言える酷い荒れ方であった。教室の窓はガタガタと揺れ、さらに雨水がバチバチと音を立てて容赦なく殴りつけてくる。空は夜が早めにやってきたかのように真っ暗だ。
「警報が出たよー」
スマホで天気予報を見ていたクラスメートが、周りに情報を提供した。
「えー、今更?」
「もっと早く出て欲しかったなー」
なんて愚痴も次々と飛び出してくる。もう授業は終わってしまっていたからだ。今外に出るのはかえって危ないし、特に電車通学組は帰れるのかどうか怪しい。この嵐の強さだと電車が止まることも予想される。
「ああ……畑が心配だわ」
隣の席の
「うちの畑もぐちゃぐちゃになってないか心配」
と私は言った。河邑家は小さいが畑を持っているので、白石さんとは野菜の栽培についてよく情報交換していた。
「今朝は晴れてたのに。何で急に――」
白石さんが言い終わらないうちに、窓の外が激しく光る。同時に、爆弾が落ちたかのような轟音が耳をつんざいた。
「きゃああああっ!!」
教室は半ば恐慌状態だ。隣の2組からもきゃーきゃーという悲鳴がしている。
「うわ、間近に落ちた……」
「いよいよ酷くなってきたわね……」
そこへ、ようやく担任が教室に入ってきた。
「起立!」
「あ、号令はかけなくて良い。えー、今から重要なことを伝えるからよく聞くように。現在、星川電鉄と東海道本線が運転を見合わせている。特に星川電鉄は、倒木が線路を塞いでいるらしく今日中に復旧できるかどうかわからない。よって、電車通学組は今日、寮に泊まってもらうことになった」
教室がざわついた。
「はい、静かに。それと自宅通学組も可能であれば寮に泊まってほしい。あちこちで道路が冠水しているという情報が入っている」
あらあら~、と白石さんの口癖が飛び出した。
「河邑さんは家がすぐ近くだから大丈夫よね」
そう言い終わった途端、またもや大きな雷が近くに落ちた。そして上がるきゃーきゃーという悲鳴。担任が「静かにしろ!」と今度はきつい命令形で注意するが、こんなときに冷静にいられる方がおかしいだろう。
「河邑、お前はどうするんだ?」
担任が名指ししてきた。この中で家が一番近いのは私だが、一応確認のために聞いてきたのだろうか。
こんなに外が荒れていては、むしろ帰りたいという気持ちが失せてしまう。さてどうしたものか。
「ちょっと、親と相談してみます」
と、私は答えた。
*
SHRが終わり家に電話したところ、お母さんから「寮に泊めてもらいなさい」という返事を貰った。聞くところによると隣の家に雷が落ちたらしく、ひいばあちゃんはすっかり怖がってしまって、ずっと仏壇に向かって念仏を唱えている有様だという。確かにあんな恐ろしいのが近くに落ちたら、ひたすら南無阿弥陀仏と唱えて身の安全を願うしかない。
宿泊する生徒たちは桜花寮か菊花寮、抽選でどちらかに割り振られることになったが、私は運良く菊花寮になった。菊花寮は学業や部活動で優秀な成績を収めた生徒が入ることを許され、部屋は個室を与えられる。しかもキッチンと風呂付きである。全国数多ある高校の寮でも、我が母校の菊花寮ほど福利厚生が行き届いたものはないだろう。
生徒たちは嵐の中、雷に打たれる恐怖に怯えながら猛ダッシュで、それぞれ割り振られた寮に向かった。雷に打たれはしなかったが、ちょっと走っただけでずぶ濡れになり、ローファーの中に雨水が入ってきて靴下はぐしょぐしょになってしまった。寮内に上がるときはスリッパに履き替えたけれど、足の不快感に辛抱できなくなったから靴下は脱いだ。
「あらあら~」
同じく菊花寮に当たった白石さんも、私もみんなと同じくすっかりびしょ濡れになっている。私たちはまず食堂に集合したが、大量の雨水を持ち込んで密集したためか、空気が湿気てムワッとしている。
やがて寮母さんが出てきた。白石さんみたいにおっとりとした感じの若い女性で、優しそうな笑みを向けている。おかげで不安感が和らいだ。
寮母さんはすでに、誰がどの部屋に泊まるのか割り振りを済ませていた。ものすごく段取りが良くてびっくりしたが、寮母さんに聞いたら普段より自然災害等で生徒が帰宅困難になった場合に備えているから、とのことであった。さすがだ。
そういうわけで、私が割り振られた部屋はというと。
「ムイ!?」
貼り出された割り振り表に、
「撫子おねーさーん!」
後ろから声をかけられる。アホ毛をぴょこぴょこと動かしている、ムイの姿がそこにあった。
「まさかおねーさんとお泊りできるなんて思ってなかったー」
「菊花寮暮らしだったのね……」
「えへへー」
アホ毛がまたぴょこぴょこと動く。難関の国際科の入試をヒンディー語を使って切り抜けたぐらいだから、菊花寮に行く資格があっても不思議ではないか。
「でも、ムイで安心したわ。一人でも知ってる子がいたら心強いもの」
「うん。わたしもおねーさんが来てくれて嬉しい!」
と、ニコリ。やっぱり可愛い。
「あらあら~、とっても面白い部屋があるわね」
隣で白石さんは何やら楽しそうにしている。
「面白い部屋って?」
「401号室のリスト見て」
「401号室? ああ、百合葉の部屋ね……うわあ」
うわあ、と声が出てしまうのも無理はない。百合葉の部屋のリスト上位には「
「芸能事務所かな?」
そう呟いたら、白石さんは大笑いした。
「しかし、何で泉見姉妹まで部屋を移動するのかしら。自分の部屋にいればいいのに」
二人とも、元から菊花寮暮らしである。
「双子さんはゆりりんたちに負けず劣らずの人気者だからねー」
と、ムイが言った。
「誰が人気者と一緒になるか、なれなかったかで揉めるかもしれないでしょ? だからいっそのこと、人気者をみんな一つの部屋に集めちゃった方が不公平感が無いでしょ」
「ああ、なるほどね。泉見姉妹にとって迷惑かもしれないけど、その方が平和的かもね」
ちなみに泉見姉妹の部屋だが、さすがに部屋主不在で人を入れるのは問題ということで空き部屋にしておくそうだ。それでも私たちを収容できるキャパシティは十分にあるのだという。
「元々、寮は地域防災の拠点に使えるよう設計されているからね。その気になれば周辺住民を収容することもできるらしいよー」
「それは知らなかったわ」
星花女子学園のことについては何でも知っていると思ってたのに、知らないことはまだまだ残っているものだ。
「ところで、白石さんはどの部屋に?」
「岸野さんよ」
「ああ、あのアーチェリー部の」
旧1年1組、『梁山泊』出身の
「それじゃ、部屋に行きますか」
とりあえず、服を乾かしたい。ゾロゾロと濡れ鼠たちが部屋に向かっていった。
★★★★★
いろんなキャラの名前が出ましたが、直接登場しているゲストキャラだけ紹介させて頂きます。
白石結(桜ノ夜月様考案)
登場作品:coming soon
なお、このお話はわいず様作『春嵐の夜にそっと手を 繊細な心に温もりを』のエピソードの裏話的ストーリーとなっております。
https://ncode.syosetu.com/n9340gp/
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