写真から読み取る時代の流れ

 動画配信サイトには磨製石斧を作る動画がいくつか投稿されている。石の形を整えて、研いで、木の棒に穴を開けてはめる。手順は単純で、器用な手先と時間があれば作れるものだ。


 あのアホ毛の少女が持っていた石斧は、動画内で作られたどの石斧よりも形が綺麗だった。製作者は手先が相当器用と見えるが、果たして彼女が作ったものなのかどうかはわからない。


 それにしても彼女はなかなかいい笑顔をしていた。一体何者なのだろう。


「おっと、そろそろ時間ね」

 

 私は動画配信サイトのアプリを閉じて、身支度をはじめた。新学期開始二日前だが、今日は用事のために登校することになっている。


 制服のタイを歪みの無いように結んで、髪の毛を整えた後、私と同じ名前の撫子色のカチューシャを着ける。この色は星花女子学園のスクールカラーでもあるから、身に着けるたびに学園生としての意識が一層高まるのを感じる。


 登校の理由は、新入生歓迎会での学園案内のプレゼンテーション資料作りを手伝うためだ。生徒会にどうしても手伝って欲しいと頼まれて、商店街で使えるクーポン券を報酬としてあげるとまで言われたからそれならば、ということで引き受けたのだ。


 手伝うと言ってもまるまる全て手伝うわけではなく、学園史の紹介の部分だけである。1期生のひいばあちゃん、21期生のおばあちゃん、41期生のお母さんが三代に渡って残してくれた資料が我が家には現存している。その中には学園史である『星花女子学園六十年史』にも載っていない貴重な写真とかもある。そのことを知っていた生徒会が私に資料を貸して欲しいと声をかけてきた、という次第である。 


 いつものように歩いて五分程で学園に着いた。校内にいる文化部はごく少数で、運動部はちらほら見かけるがそれでも普段より少ない。明後日になれば新たな仲間が加わり、新しい風が吹き込んでくる。特に新設の国際科は楽しみだ。


 生徒会室に着くと、役員たちはすでに仕事に取り掛かっていた。私は遅れたことを詫びたが、こちらこそお休み中に呼び出してごめんなさい、と逆に詫びられた。


 雑談もほどほどにして、私は生徒会長、君藤芽依くんとうめい先輩に資料を出した。


「この中に入っています」


 現物を持ち出すわけにはいかないので、画像データとしてフラッシュメモリに取り込んだものを君藤会長のノートPCに移す。一枚目の画像を見た会長が少し顔をしかめた。


「これが曽祖母の写真です」

「確かに、河邑さんそっくりねえ。だけどなんというか……うん」


 会長は言い淀む。若かりし頃のひいばあちゃんは椅子に座っていたが、その周りを生徒たちがうっとりとした表情でひいばあちゃんを見つめながら囲っている。まるで女王様に侍る下僕というか、ハーレムのような雰囲気を漂わせていた。


「校内いちの美少女でモテてモテて仕方なかったと自分で言っていましたからね」

「うーん、だけどこの写真をスライドに入れるのはちょっと……」

「良いんじゃないでしょうか? ウケ狙いも大事だと思います」


 援護射撃をしてくれたのは、副会長の日塔氷真理にっとうひまりさんだった。私と同級生のこの子は資料提供を依頼してきた人物で、中等部ニ年の頃から生徒会活動を経験しているベテランだ。


「言われてみたらその通りかも。あまりカチカチに固い内容にしすぎると新入生たちが退屈するわね」


 そういうわけでOKが出た。調子づいた私はさらに次の画像ファイル、おばあちゃんの写真を見せた。おばあちゃんはフィルム式のカラー写真に収まっていたが、一人の生徒が若きおばあちゃんに抱きついて頬を擦り寄せている。おばあちゃんはショートヘアーで背が高く王子様然としていて、生徒はお姫様のように可愛らしかったからまるで宝塚歌劇団の男役女役の組み合わせのようだ。


「ひいおばあさまの時より距離が縮まってるわね……」

「二枚を比較するだけで、時代の流れが変わっているのを感じるでしょう。それに、これは今はなき旧中等部校舎の裏で撮られたものです。旧中等部校舎のこの構図の写真は『星花女子学園六十年史』にも載っていない貴重なものですよ」

「そ、そう」


 会長が若干たじろぐ。少し説明に熱が入りすぎたようだ。いけないいけない。


「そして、次が母の写真です」


 満を持してお母さんのご登場。より鮮明にはなったけどまだまだフィルム式だった頃の写真だ。当時はアイドルブームで、中でも人気絶頂だったアイドルと全く同じ髪型をしている。この写真を見つけたとき、お母さんに見せたら顔を真っ赤にして逃げ回っていたのを思い出す。


 ちなみに写真の中のお母さんは、二人の生徒から両頬にキスをされていた。


「……時代の変遷がよく分かる資料をありがとう。載せておくわ」


 画像は学園の共有サーバーにある「生徒会」フォルダに入れられた。会長の言い方は聞き様によっては皮肉にも聞こえたけれど、私は素直に受け取ってお礼の言葉の述べた。


 一方で、書記の水谷零みずたにれいさんはスライドの作成に取り掛かっていた。大まかな形はできていたから、後は画像を入れるなり、文字を装飾するなりして体裁を整えるだけになっている。


「河邑さん、ちょっといいかな」

「はーい」


 私は水谷さんの側に寄った。


「仕事とあまり関係ないんだけど、聞きたいことがあるの」

「何かしら?」


 ディスプレイに映っているのは、星花女子学園のオフィシャルサイトにある年表にも載っている、かつて現校舎の位置にあった噴水の写真の画像。およそ40年前のものである。


 水谷さんの指は、噴水横にある胸像を指していた。禿頭に口周りは髭で覆われているいかつい風貌はまるで武田信玄みたいだけど、女子校の雰囲気にそぐわない。


「前から気になっていたんだけど、誰の像なのかな? OGの先生に聞いてもこんな像は無かったって言うし、銘文は写真から読み取れなくて」

「ああ、それは火蔵重蔵かぐらしげぞうの像よ。火蔵宮子みやこ先輩の曽祖父で、空の宮市初代市長だった人」


 私は即答した。


「火蔵市長は戦後復興政策の一環として教育機関の拡充を掲げていて、学校を作るためにこの辺一帯の土地を入手したの。そこへ星花女子学園の創立者が名乗りを上げた。学園建設の際も火蔵市長が資金を出してくれて、その感謝のために創立者が胸像を作った、というわけ」

「ええ、そんなに偉い人の像だったんだ? でもなんでOGの先生はみんな像があったの知らないって言うんだろう?」

「20年と少し前に撤去されたの。あまりにもいたずらされまくったからね」


 日塔さんが「もしかして、これ?」と私に向かって言う。日塔さんのノートPCには、まさしく変わり果てた火蔵重蔵の胸像が映し出されていた。フラッシュメモリにこの画像入れたつもりは無かったのだが、間違って入れてしまったようだ。


 他のみんなも画像を見ると、クールな君藤会長もクスッと笑って、水谷さんは爆笑した。


 火蔵重蔵氏は昔流行った少女向けアニメの主人公の格好をさせられていて、銘文は「しげぞー」と大きくスプレーで落書きされ、その横に「天にかわっておしおきよ」という主人公の決め台詞までも書かれていた。星花女子学園創立に関わった偉人に対してあまりにも酷い仕打ちである。


「ま、昔はやんちゃな生徒がいたってこと。銅像は今はどこにあるのかまではわからないわ」


 当然、この画像はスライドには載せられるものではない。


 このように新たな歴史が刻まれていく一方で、消えていった歴史というのも存在する。きっと胸像の存在は、子孫たる火蔵宮子先輩ですら知らないだろう。


 *


 仕事を終えると寮ぐらしの君藤先輩、日塔さんと別れて、私は水谷さんと一緒に肩を並べて正門の方まで歩く。


「元をたどればこの辺の土地は雪川家のものだったの。あの静流先輩のお家ね」

「よくそこまで知ってるね」

「ひいばあちゃんから聞いたもの」


 第1期生の入学式。まだ戦災の傷跡が生々しく残っている最中でも盛大に執り行われ、火蔵重蔵市長も招かれた。スピーチでは雪川家への感謝の言葉をしきりに述べ、雪川家が元士族だったことを踏まえ、日本はこれから大きく変化するが彼の如き武士道精神は後世に継いでいかねばならぬ、と熱弁を奮っていたのを今でもはっきりと覚えている、とひいばあちゃん曰く。


「なるほどねえ。この場面、テレビドラマだったら一番盛り上がるところだろうなあ」


 水谷さんは過去に思いを馳せているのか、天を仰いでいる。


 火蔵氏と雪川氏の末裔は現在、同じ星花女子学園に通って恋人どうしになっている。この奇縁もドラマ仕立てにすればご都合主義が過ぎる脚本だと笑われるかもしれない。だけど歴史は時にはドラマを超えることがあるのだ。


 弓道場が見えたところで水谷さんが、


「この前1期生のタイムカプセルが出てきたの、あの裏のところだよね」


 と言い出したから、本当は立入禁止なのだが周りに誰もいないのをいいことに、現場を見せることにした。


 掘り返した跡はまだくっきりと残っていて、そのすぐ近くにはこの前まで無かった大きな石が置かれている。ここには卒業された65期の先輩方が埋めたタイムカプセルがあり、石は目印の役割を果たしていた。


「また何年後かしたら掘り返されるんだよね。そのとき先輩たちはきっと、星花女子の生徒だった頃にタイムスリップするんだろうね」


 私は大きくうなずいた。


 未来に思いを馳せるのもほどほどにして踵を返して帰ろうしたとき、弓道場の方から騒がしい声がした。騒々しい環境で行う部活ではないから、何やらただ事ではない様子。


「こらー!! 待てーっ!!」


 怒声がはっきりと聞こえてきた。やはりただ事ではない。


 弓道場を囲っている垣根から、何やら飛び越えてきた。着地して動きが止まった瞬間。水谷さんが叫んだ。


「じょっ、縄文人!?」


 まだ肌寒い時期なのに半袖の服は奇妙な紋様が描かれていたが、それは確かに縄文人が着ていたと思われる服装に酷似している。そしてそれを着ているのは、石斧でタイムカプセルを叩き壊したあのアホ毛の少女だったのだ。


 アホ毛の少女はあのときと同じく無垢な笑顔をしていた。そして手に持っているのは石斧ではなく、弓と矢であった。



★★★★★


今回ご登場頂いたゲストキャラ


・君藤芽依(斉藤なめたけ様考案)

 登場作品:『冬虫花想』(斉藤なめたけ様作)

 https://ncode.syosetu.com/n9591gi/


・日塔氷真理(楠富つかさ様考案)

 登場作品:同上


・水谷零(桜ノ夜月様考案)

 登場作品:coming soon


星花女子学園の土地云々の話は百合宮伯爵先生作『氷の女王に、お熱いくちづけを』の第8話を参考にさせて頂きました。火蔵家と雪川家の末裔がイチャイチャする様子も合わせてお楽しみください。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054893759385

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