少女と少女のヒストリア
藤田大腸
土器にドキドキ
……総じて言えば、第65期生はクセの強い後輩たちに比べて穏健的な性格であった。これも
この代で私が印象に残った生徒をあげるとすれば、エヴァンジェリン・ノースフィールド、
理純智良も歩くHENTAIそのものであり、ラッキースケベを装って下着を見せつけるという、学外で行えば警察沙汰間違いなしの露出狂行為を行っていた。そのため風紀委員のブラックリスト上位に載せられていたが、奇跡的と呼ぶべきか悪運が強いと言うべきか、ついに一度も取り締まりを受けることがなかった。
それに引き換え、白峰雪乃は健全なアスリートであり、バレー部のエースアタッカーとして部の躍進の一角を担った。黄金の左腕から繰り出される砲弾のごときスパイクは相手を大いに震撼せしめ、その結果、東北の実業団チームスカウトの目に止まったのである。Vリーグで彼女の名前を見聞きするのもそう遠くはないであろう。
そして二階堂榛那。彼女は一言で表すなら「妖怪」である。何せ警察犬も驚く程の鋭い嗅覚を持ち、落ちている髪の毛の匂いをかいだだけでその持ち主の体調だとか、今現在どこにいるのかといった情報を瞬時に読み取ることができるのである。そして髪の毛への執着ぶりは凄まじく、噂では同級生全員から一本ずつ髪の毛をもらって、お守り袋に入れて恍惚の表情を浮かべていたと聞くから驚きである。
だが彼女たちも今日で星花女子学園を巣立つ。これからどのような人物に育っていくのか、その答えが出るのはまだ先の話だが……
「
お母さんに名前を呼ばれた私は、日記を書く作業を中断してお母さんの下に向かった。
「何?」
「リズミさんって人が来てるの。撫子に用事があるって」
私の印象に残っている65期生の先輩の一人、理純智良先輩に他ならない。私は玄関の戸を開けた。果たして、そこにはツインテールの髪型をした理純先輩がいた。
制服を着ているものの、今はもう星花女子学園「OG」という肩書きがついている。つい二時間ほど前に行われたばかりの卒業式を経て。
「理純先輩、どうされましたか?」
「
先輩は良くも悪くも有名人なので私も名前と顔を知っていたが、理純先輩は私のことを知らないようだ。二学年離れているし、先輩は服飾科で私は普通科だからなおさら接点が薄い。
「はい。私が河邑撫子ですけど」
「実は河邑さんに見てもらいたいものがあるんだ」
「何でしょうか?」
「えーと、ちょっと学校まで来てもらえないかな。気軽に持ってこれないもんでさ」
星花女子学園までは実家から歩いて五分程度の距離しかない。とりあえず事情は道すがら聞くことにして、私はお母さんに断りを入れてから家を出た。
「悪いな、家でゆっくりしていたところを呼び出して」
「それは構いませんが、見てもらいたいものっと何です?」
「あたしが知っているのとは違うんだけど、どうも古代の土器らしいんだ」
「古代の土器?」
私はその単語に鋭く反応する。
「河邑さんって土器とか古墳とかにめっちゃ詳しいらしいじゃん? だったら聞いてみようかってことになって、あたしが呼びに使わされたってわけ」
「わかりました。先輩方にそう評価して頂き光栄です」
にわかに心が躍り始めた。空の宮市は太古の頃から人間が居住していた痕跡があちこちで見つかっていて、星花女子学園近辺にも小規模ではあるがいくつか遺跡が発掘されている。
「どこで見つけたんですか?」
「弓道場の裏の空き地だよ」
星花女子学園の敷地は広いが、その全てが活用されているわけではない。弓道場の裏は草木が生い茂っているだけであり、生徒たちの立入は原則として認められていない。そのことを問い質したら、タイムカプセルを埋めるということで教師からちゃんと許可を貰っていると返答があった。
「それで、スコップでガツガツ掘ってたら硬いのにぶち当たってさ。それが土器だったってわけ」
「形はどんなですか?」
「なんていうか……一回りでっかいラグビーボールというか、アーモンドみたいというか」
それを聞いて、楕円形を頭の中で思い浮かべる。この形をした土器に心当たりがあった。
「もしかすると、もしかするかも?」
「あ、おい!」
私は走り出した。もし私の思っている土器だとすれば、大発見だ。この地方では見つかっていない類の土器だから。
学園に着いて弓道場裏に向かうと、人だかりが見えた。
「すみませーん、河邑ですけど……」
「ああ、お待ちしていましたわ!」
先輩の一人がふわふわブロンドヘアーを揺らして近づいてくる。HENTAI留学生エヴァンジェリン・ノースフィールド先輩だ。
「土器はどれですか?」
「こちらですわ」
「あっ、ああああああっ!!!!」
私は声を荒げた。土器は私の思った通りのもので、かつ完全な形で見つかっている。間違いなく日本史の教科書に書き加えられるレベルの歴史的史料になるものであった。ところが恐れ多くもそれを抱え込んでフンフン、と唸っているのがいる。元バレー部のエースアタッカー、白峰雪乃先輩だ。
「ぐぬぬ……こっ、この私の力でも開かないなんて……」
「しっ、白峰先輩、何やってんですかーっ!!」
私は怒鳴りつけた。
「あら、あなたが河邑さん?」
「そうですけど、それはさて置き! 貴重な歴史的史料に触らないでください!」
「いや、お宝が入っているかもしれないってみんなが言うもんだから開けてみようかと……」
「その中に入っているのは遺体ですよ!!」
ギャラリーたちからきゃっ、という悲鳴が上がる。
「い、遺体ですって!?」
「これは
「わ、わかったわ」
白峰先輩はそっと土器を置いた。
「さっそく教育委員会に連絡して調べてもらいましょう。これは凄いことになる予感がします!」
鼻息が荒くなっているのが自分でもわかる。この一帯には他にも甕棺が埋まっている可能性が高い。他にも史跡が眠っているかもしれない。ロマンを掻き立てられた私は得も言われぬ高揚感に包まれていた。自分が見つけたわけではないのだけれど。
「白峰さーん!」
声がした方に振り返ると、髪の妖怪、二階堂榛那先輩が美しい黒髪をたなびかせて駆け寄ってくるのが見えた。
「助っ人を連れてきましたわ!」
助っ人? そう思った瞬間だった。一人の人物が二階堂先輩の後ろからぴょこんと躍り出てきたのは。
その正体は私たちと同じ星花女子学園の制服を着ていた。一房のアホ毛をぴょこんと立たせたショートヘアーで、少々細身だが顔立ちは整っている美少女だった。だけど私たちと大きく違う点が一つ。
なぜか、手に斧を持っているのだ。それもただの斧ではなく、磨かれた石が木の棒にくくりつけられている石斧だ。そう、博物館の展示品や授業で使う資料集の写真でしか見たことがない、古代人が使っていた磨製石斧。
「さあ、そいつで思い切りやっちゃってくださいな!」
「やっちゃうよー」
石斧の少女はアホ毛をぴょこんと揺らして、土器めがけて突進していった。
叩き壊す気だ。
「やっ、やめて!! 歴史的史料なのよー!!」
「えいっ」
時すでに遅し。私の声も虚しく、石斧は振り下ろされて。大きな音とともに歴史が砕け散った。
中身が飛散する。その中でも大きな塊が、いつの間にかギャラリーの前列にいた理純先輩の頭の上に落ちてきて。
「あ」
一瞬だけ時間が止まった。
頭蓋骨が先輩の頭に、まるで獅子舞ががぶりと噛み付くような形で乗っかったのだった。
「ぎっ、ぎぃやああああああああ!!!!!!!!!」
「「「いやあああああ!!!!」」」
パニックに陥った理純先輩が頭蓋骨をかぶったままで走り回って、みんな四方八方に逃げ回る。私も腰を抜かしていたけれど、白骨遺体が飛び散ったことよりも歴史的史料が破壊されたことへのショックの方が遥かに大きかった。
「あら?」
落ち着き払っている二階堂先輩は、何かを拾い上げた。
「うーん、ある意味歴史的史料には間違いないのでしょうけれど……」
私に見せつける。それは一枚の紙で、こう書かれていた。
――星花女子学園第1期卒業生一同
私は紙を手にとって何度も読み返してみたが、全く意味がわからず頭の混乱の収拾がつかない。これがオーパーツというやつ? 古代に星花女子学園があった?
周りを見ると、ノートだったり、西洋人形だったり、古代日本に絶対に無いオーパーツがあちこちに散らばっている。一体何なのこれは。
「うーん、お宝じゃないね。わたし帰るー」
ふと顔をあげると、石斧の少女は何食わぬ顔で来た道を戻ろうとした。すれ違いざまに私と目が合う。
少女はニコッと笑いかけてきた。それはとても無垢で、つい胸がキュッとなる程に可愛らしいものだった。
「あ、待って!」
私が呼び止めるのも聞かず、少女は悲鳴と絶叫の混沌をかき分けて走り去っていった。
*
「いやー、今頃になって出てくるとは思わなんだわい」
ひいばあちゃんはあっけらかんとして笑いながら、出土品を眺めていた。
土器の正体は星花女子学園の1期生が埋めたタイムカプセルだった。そのことを証明したのは、第1期生の一人であった私のひいおばあちゃん。30年後に掘り起こす予定だったものの、みんなどこに埋めたのかすっかり忘れていて掘り起こせなかったのだ。
理純先輩に噛み付いた頭蓋骨は骨格標本で、掘り起こしたときに驚かせるためにひいばあちゃんが入れたものだった。64歳下の後輩を恐怖の渦に叩き込んだのだから、ひいばあちゃんの狙いは見事的中したことになる。
出土品は一旦ひいばあちゃんが預かることになったが、学園に寄贈する予定でいる。それから学園を通して、同級生と連絡を取れるだけ取ってタイムカプセル出土を報告して、見に来て貰うという。
古代の出土品じゃなかったけど、星花女子学園にしてみれば歴史的価値の高いものには違いない。これはこれで良かった、と冷静になった頭でそう思ったのだった。
それにしてもあの磨製石斧の子は一体何者なのだろう。制服のリボンの色を見れば前中等部三年の後輩だったけど、果たしてあんな子はいただろうか。
彼女の無垢な笑顔がまだ脳裏に残っていた。
★★★★★
今回ご登場頂いたネームドキャラの卒業生
・理純智良(斉藤なめたけ様考案)
登場作品『純情チラリズム』(斉藤なめたけ様作)
https://ncode.syosetu.com/n7015dw/
・エヴァンジェリン・ノースフィールド(百合宮伯爵様考案)
登場作品『百合の花言葉を君に。~What color?~』(らんシェ様作)
https://ncode.syosetu.com/n2492dj/
・白峰雪乃(しっちぃ様考案)
登場作品『Dear my roommates』(黒鹿月木綿季様作)
https://ncode.syosetu.com/n2622ef/
・二階堂榛那(パラダイス農家様考案)
登場作品『いずれ菖蒲か杜若』(パラダイス農家様作)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054888133237
名前だけご登場頂いたキャラクター
・御津清歌(楠富つかさ様考案)
登場作品『あなたと夢見しこの百合の花』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/8211366/179108926
・沢野文花(しっちぃ様考案)
登場作品『夢見し愛の花が咲く。』
https://ncode.syosetu.com/n0758ep/
・五行姫奏(五月雨葉月様考案)
登場作品『あなたと夢見しこの百合の花』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/8211366/179108926
・江川智恵(しっちぃ様考案)
登場作品『咲いた恋の花の名は。』
https://ncode.syosetu.com/n2064dj/
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