Revenge (復讐)

First revenge

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「それじゃあ、気をつけてね」


「一度も稽古せずに帰りやがって!」

「覚えてやがれ!」


「は……はーい」


 ガドーさん、厳しいことを言ってるけど見送りには来てくれてるんだよな。


「それじゃあ、行こっかシャロール」


「……うん」


 未だ傷心のシャロールの背中を押して、馬車に乗り込む。


――――――――――――――――――――


「なあ、元気出してくれよ」


「……」


 口数が極端に少なくなったシャロールをなぐさめる。


「厳しいこと言うようだがな」

「落ち込んでたって、なんにもならないぞ」


「……」


「人間、下を向いてばかりじゃどうしようもないんだ」

「いつかは前を向いて、歩き出さなきゃいけない」


「佐藤は……なんとも思ってないんだ」


 シャロールがポツリとつぶやく。

 そして、その言葉は僕の胸に刺さる。


「なんとも思ってないわけじゃない」

「ただ、悲しむだけで……」


「ほらなんも考えてない!」


「……」


「きっと私が死んでもそんな風に……」


「おい」

「変なこと言うなよ」


 僕が脅すように言ってしまったので、シャロールは開いていた口を閉じてしまった。

 ごめんよ……。 


「僕は勇者だとか呼ばれてるけど、普通の人間だ」

「もちろん誰かが死んだら悲しむ」

「ファイウルが……あんなことになって辛くてたまらなかった」

「それなのに……お前にまで死なれたら僕は生きていけない」


「でも、佐藤は死んでも……」


「確かにそうだ」

「けど、お前がいない世界で生き続けるなんてきっと死ぬより辛いことだ」

「だから、冗談でも死ぬなんて言わないでくれ」


「……わかった」


 それから、お互い一言たりとも話さぬまま、馬車の車輪の音だけが僕達の間に流れた。


――――――――――――――――――――


「どうしたんだい?」


 僕達を出迎えてくれたヒュイさんはとても心配そうだ。


「家に着いたら……僕が話します」

「全部……」


――――――――――――――――――――


「そんなことがあったんだね」


「……はい」


「今日は休んでいたらどうだい?」


 その気持ちはありがたいけれど……。


「そういうわけにはいきません……」


 まだ、やらなきゃいけないことがある。


「さすが、勇者だね」


 ヒュイさんが納得するようにうなずいた。


「……それ、やめてください」

「僕もみんなと同じ普通の人間です」


 勇者だから、何なんだよ……。

 ずっと前から思っていた。


「すまなかった」

「シャロールは……向こうで寝ててもいいんだぞ?」


 きっとシャロールは疲れているから……。


「いいよ、私もお父さんと……佐藤とここでお話するよ」


 意外な返答だった。


「そうか……」


 僕は今一番気になっていたことを訊いてみた。


「ジェクオルを倒すにはどうしたらいいんですか?」


 ヒュイさんは神妙な面持ちで僕と向き合う。


「それはつまり……かたきを討つということかい?」


 かたき……。

 うん、それに。


「やつはどのみち倒さなければならない相手です」


「そうだな……」

「それに、その使命を担っているのが勇者である君だからな……」


 皮肉にも先ほど遠ざけた勇者の話に戻ってきた。


「はい、なので教えて下さい」


「わかった、わかった」

「そう焦らないでくれ、佐藤君」


 両手で僕を制するヒュイさんを見て、焦りが募る。


「僕は一刻も早く……!」


「カームソードは落ち着きの剣と呼ばれている」


「はい?」


 突然話が変わったので、僕は驚いた。


「そんなにソワソワした心では、手に入れるのは困難だよ」


 ソワソワか……。

 確かに僕は焦っている。


「その……なんとかソードが必要なんですか?」


「……伝説ではね」


「どこにあるんですか?」


「だから、落ち着きなさい」


 またもやヒュイさんに注意された。


「今の君達は見るからに疲れている」


「「……」」


「体だけじゃなく、心もね」


 心……か。


「今日のところは休憩していなさい」


 確かにヒュイさんの言うとおりかもしれない。


「そうだ、まだお父さんに話していない旅の思い出もあるだろう?」


 気を使ってくれているのか、ヒュイさんはこう切り出した。


「教えてくれよ」


 でも……。


「楽しい話ばかりじゃ……ないですよ?」


 僕は……僕達はいくつもの困難に直面した。


「いいよ、ゆっくり好きなように話してくれ」


――――――――――――――――――――


「これが……ファイウルからもらったペンダントです」


 僕はテーブルの上に二つのペンダントを置く。


「きれいだね」

「丁寧に紐が通して……」


「私、こんなの見たくない……」


「シャロール?」


 どうしたんだ?


「だって、思い出しちゃうんだもん」


 辛いことをか?


「それじゃあ、僕が……」


「こんなもの!」


 シャロールがペンダントを掴み、その手を振り上げる。


「待った!」


 僕は急いでシャロールの手を掴む。


「そんなことしてもなんにもならないぞ」

「それに、ファイウルがかわいそうだ」

「シャロールは、そのペンダントと共に僕達の友情も叩き割りたいのか?」


「……」


 シャロールの顔が歪む。


「そのファイウル君は……悲しい結末を迎えてしまったが、彼が君達を大切に思っていたことをそれが示しているじゃないか」

「落ち着きなさい、シャロール」


 ヒュイさんが優しく説得する。

 すると、シャロールの顔はさらに歪んだ。


「……だって、だってだってだって!」

「うわ〜〜〜〜ん!!!」


 シャロールの……心の傷は深いようだ。


――――――――――――――――――――


「えぐっ、ひっく!」


「ちょっとは落ち着いたか?」


 涙は止まったみたいだな。


「うん……」


「カームソードを取りに行くのに、ついてきてくれるか?」


 シャロールのことだから……。


「うん」


 やっぱり。


「ありがとう」


 僕は改めてシャロールの顔をまじまじと見つめる。

 涙は枯れてしまったようだが、顔は曇っていていつまた雨が降ってくるかわからない。


 シャロールが……元気になってくれるなら……。


「シャロール」


 僕はうつむく彼女のあごをぐいと上げる。必然的に目が合った。


「ふぇ?」


 そのまま額にゆっくりと唇を近づける。


 柔らかいおでこに触れた。

 この温もりをずっと感じていたい。

 一瞬、永遠、どちらかなんてわからない絶妙な時間が流れた。


 やがて、静かに唇を離す。

 彼女が何も言わないので、いつまでも終わらない気がして、名残惜しかったが自分から離れた。


「佐藤?」


 あれ?

 シャロールの目には涙が溜まっている。


「佐藤〜〜〜〜〜!!!」


 シャロールが僕を抱きしめる。


「佐藤! 佐藤!!」


 滝のような涙を流しながら、シャロールが叫ぶ。


「なんだ、なんだ」


「佐藤〜! 佐藤佐藤佐藤!」


「ふふっ」


 これじゃあ、埒が明かないや。

 でも、今シャロールの目に光る涙はさっきと違うみたいで安心した。

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