Fifth poison

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「佐藤君、それにシャロールに大事な話があるんだ」


 ヒュイさんは真剣な顔で僕達を見つめる。


「あらたまって、どうしたんですか?」


「そうだよ、お父さん」


「実は……困ったことが起きてね」


 ヒュイさんが苦い顔をする。


「困ったこと?」


 なんだろう。


「スロウタースコーピオンを知ってるかい?」


 それって、あのめっちゃ強いモンスター?


「彼らの動きが最近特に活発になってきてね」

「このままでは、以前のような惨事を生んでしまいかねない」


「以前?」


「何かあったんですか?」


「ああ、そうか。君たちは知らないのか」


 ヒュイさんはゆっくりと話し始めた。


「あれは今から十年くらい前だったかな」

「私がまだケスカロールにいたころだ」


 ほう。


「このホロソーの下の方に、騒がしい町を嫌う人達が集う小さな村があったんだよ」


「どんなところなの?」


 シャロールが尋ねる。

 それは僕も気になる。


「お父さんも詳しくは知らないが、なんでもサボテン料理が名産品だったとか」


 サボテン食うの!?

 驚く僕に構わず、ヒュイさんは続ける。


「しかし、そこである事件が起こってね」


「事件?」


 聞き返すシャロールの言葉にヒュイさんが重くうなずいた。


「それがスロウタースコーピオンの暴走だ」


「暴走……」


「元来スロウタースコーピオンはその村の周囲に生息していたモンスターだ」

「彼らはあの事件が起きるまで、ただのサソリが巨大化したモンスターだと思われていた」


 ああ、シェルリバーみたいなものか?


「だが、突如として彼らが村を襲いだしたんだ」


「え!」

「どうしてなの!?」


 シャロールが興奮して尋ねるが、ヒュイさんは首を横に振った。


「それがわからないんだ」


「そんな……」


 どうしてだろう?


「ちなみに、私はそのときに事態の対処、事後処理のためにホロソーに転勤になったんだよ」


 へー、そうなんだ。


「そして、まだキャイアのところに帰れずにいる」


「なんで?」


 おそらく……。


「スロウタースコーピオンの暴走がまだ鎮静化してないからさ」


「ああ……」


 やはり、そうか。


「そして、ここからがギルド職員としてのお願いだ」


「彼らに会ってきてくれないだろうか」


 ヒュイさんは僕達に頭を下げる。

 なにもそこまでしなくても……。


「彼らはいまや、ここホロソー付近にまで進出しようとしている」


「……」


「スロウタースコーピオンはとても強い、戦えばこちらもただじゃすまない」


「だから、多くの人が彼らとの争いを終わらせたいと思っている」


「シャロールが望むようにモンスターと仲良くなれるに越したことはない」


 確かにそうだ……。


「お父さん……」


「スロウタースコーピオンに会うなんて、とても危険なことだ」


「父として、娘を巻き込みたくはない」


「だが……」


 ヒュイさんが言葉に詰まる。

 僕は隣りにいるシャロールを見る。


「やるよ!」


 シャロールは勢いよく答えた。

 いつもどおり、元気な返事だ。

 これで、ヒュイさんも……。


「シャロール!」


 ヒュイさんが急に叫んだ。

 その声は怒っているように聞こえる。


「え?」


 シャロールも混乱している。


「もっと物事をよく考えてから判断しないといつか後悔することになるぞ!」


 う〜ん、ヒュイさんの気持ちは確かにわかる。

 シャロールは危なっかしいもんなー。

 でも、そんなに怒らなくても……。


「うぅ……ごめんなさい」


 シャロールが泣きそうになっている。

 これは僕がフォローしないと泣き出してしまいそうだ。


「大丈夫だよ、シャロールには僕が付いてるからね!」


「さと……」


「佐藤君も!」


 今度はヒュイさんが僕に向かって怒った。

 あれ? 何が地雷だったんだ?


「そうやって、甘やかさない!」

「ときには、厳しく!」


 確かにそのとおりだ。


「わかりました……」


 こんなことになるのは、予想外だった。


「お父さん……お仕事の話は?」


 シャロールがおそるおそる尋ねる。


「あ、そうだった」


「……それじゃあ、シャロールはスロウタースコーピオンに会ってくれるのかい?」


「……うん」


「わかった」

「トルさんに伝えてくるよ」


 いつ行くのかな。


「準備をしておくように」


「はーい」


――――――――――――――――――――


「それにしても、スロウタースコーピオンって怖いな……」


「大丈夫かな……」


 シャロールは珍しく弱気だ。


「もしものときは、僕がついてるって!」


 僕は励ます。

 しかし、シャロールの反応は予想外のものだった。


「佐藤はすぐ無責任なこと言う……」


 シャロールのジト目が突き刺さる。

 けど……。


「それはお互い様だろ」


「むむむ!」

「どうしてそんなこと言うの!」


 先ほどまで水平だったシャロールの目が釣り上がる。

 このままでは、不毛な争いが始まってしまう。


「今はそんなこと議論してる場合じゃないだろ」


「そんなことって……!」

「大事なことだよ!」


 まずい。

 火に油を注いだか?


「そうだな、大事なことだな」


「全然わかってない!」


「だいたい、佐藤はいつも……」


 このときの僕は知る由もない。

 この口論がヒュイさんの帰宅まで続くことを。


――――――――――――――――――――


 コンコン。


「失礼します」


「おお、ヒュイか。どうした?」


「実は娘のシャロールが……」


「シャロールちゃんがどうかしたのか?」

「まさか、俺と付き合いたいとか?」


「冗談言わないでください!」


「すまん、すまん」

「そう怒るなよ、ヒュイ」


「まったく……」


「それに、シャロールちゃんには立派な彼氏がついてるからな」


「佐藤君ですか」


「昨日なんて、大胆にキスをして……」


「なんですって!?」


「おっと、これは秘密だったな」


「その話、詳しく聞かせてください!!」


「ヒュイ、そろそろ本題に入ってくれ」


「まだ大事な話が……」


「シャロールちゃんってことは、スロウタースコーピオンの件か?」


「……そうです」


「シャロールちゃんはなんと?」


「やる気です」


「そう言うと思ったよ、彼女ならね」


「大丈夫でしょうか?」


「娘が心配か?」

「大丈夫だ、俺がついてる」


「確かに、トルさんの実力は……」


「おいおい、そこは否定してくれよ」


「はい?」


「俺じゃなくて、勇者……佐藤だったか?」


「そうです」


「彼ならシャロールちゃんを守ってくれるに違いない」


「……」


「そう心配するな、ヒュイよ」


「はい……」


「だが、事態は急を要するから明日出発でいいか?」


「はい、おそらく問題ないかと」


――――――――――――――――――――


「ただいまー」


 ヒュイさんが帰ってきてしまった。


「あれ? 二人共どうしたんだ?」

「明日の作戦は立てたか?」


「ふん、私、もう行かない!」


 シャロールはまだ意地を張っている。


「え?」


 ヒュイさんは戸惑っている。

 そりゃそうだ。


「シャロール、いまさらそんなこと言ったら迷惑だろ!」


 僕が怒ると、シャロールは


「ふん!」


 と言って、そっぽを向いてしまった。

 しっぽはこっちを向いてるけど。


「一体何があったんだい?」


「実は……」


――――――――――――――――――――


「なるほどね〜」


 ヒュイさんは深々とうなずく。

 ちょっと大げさってくらいに。


「私もキャイアと出会ったばかりのころはそうだったよ」


「そうなんですか?」


「ふ〜ん」


「とりあえず、今日は寝なさい」

「明日は出発だからね」


 明日に決まったのか。


「はーい……」


 ホントにこのままで大丈夫かな?

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