Eighth target

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「もう起きなさいー」


 気づけばもう朝だ。

 僕はヒュイさんの声で目が覚めた。


「おはようござい……」

「帰ってたんですか!?」


 あのまま戻らなかったらどうしようかと考えていたが……。


「昨日は帰るのが遅くなっちゃってね」


 ヒュイさんは申し訳なさそうだ。


「無事でよかったです」


「心配してくれてありがとう、佐藤君」


 そして、僕はシャロールを起こす。


「シャロール、朝だよ」


「う~ん」


 昨日は不安でたまらないといった様子だったから、早く安心してほしい。


「お父さんが帰ってきたぞ」


「お父さん……?」

「え!」


 シャロールは飛び起きた。


「お父さん、大丈夫だった!?」


「大丈夫に決まっているじゃないか」


「よかった……」


 シャロールもほっとしている。


「ヒュイさん、あの後どうだったんですか?」


 僕が尋ねるとヒュイさんは難しい顔になった。


「う~んそれがね~」

「彼はあれから一言もしゃべってくれないんだよ」


「じゃあ、まだ何もわからないんですか?」


「そうだね……」


 一体彼の目的は何なのだろうか。


「同じギルド職員として悩みがあるなら聞きたいとギルドマスターも言ってるんだけどね……」


「なんとか話してくれないかな……」


「う~ん」


 どうやったら、まともに話してくれるかな?


 僕はこのゲームの世界では積極的だが、本当は話すのが得意じゃないし……。

 だれか話すのが上手い人は……。


「シャロールだ!」


「私がどうしたの?」


 いきなり名前を呼ばれたシャロールはきょとんとしている。


「シャロールのスキルは『話術』だろ?」


「そうだけど……」


「なるほど、佐藤君の考えていることはわかったよ」


「ただ……」


「ただ?」


 ヒュイさんは真剣な、そして少し心配そうな顔で言った。


「敵の狙いはシャロールなんだろう?」

「ターゲットにあっさり話すかは怪しいんじゃないかい?」


 それもそうだ。


「そして、シャロールがやってくれるかもわからないし……」


「やるよ!」


「「え?」」


「だって気になるじゃん、その人のこと」


「本当かい? シャロール」


「うん!」


 シャロールは意気込んだ。


「それじゃあ……決まりですか? ヒュイさん」


「ああ。シャロールも同意してくれたことだ、やってみよう」


――――――――――――――――――――


「この部屋に入ると彼がいます」


 ドアの前でギルド職員が言った。


「本当に娘さん一人に話をさせるんですか、ヒュイさん?」


「そのつもりだよ」

「ね、シャロール」


 ヒュイさんがシャロールに語りかける。

 しかし、シャロールは僕が見てもわかるくらい緊張している。


「う、うん」


「あ、でも……」


「なんだい?」


「やっぱり……緊張するから佐藤と……」


 僕がなんだ?


「ははーん」


 ヒュイさんはなぜかにやにやしている。


「ほら、佐藤君。シャロールが待ってるよ」


「え? 僕も行かなきゃいけないんですか?」


「全く君は鈍感なんだから……」

「ほら、行った行った」


 ヒュイさんが僕の背中を押して、ドアの前に立つシャロールに近づけた。


「早く佐藤君と行ってきなさい」


「はーい」


 僕はシャロールに手を引っ張られて、部屋に入った。


――――――――――――――――――――


「どうしてあんなことしたんですか?」


 シャロールが目の前で椅子に拘束されている彼に向かって話しかける。


「……」


 しかし、彼は黙ったままだ。


「……シャロール、やっぱりスキルを使った方がいいんじゃないか?」


「う~ん」


 ギルド職員は僕達をじろりと見た。

 その顔は無駄だとでも言っているようだった。


「もう一度訊きますね!」

「どうしてあんなことしたんですか?」


 すると、目の前のギルド職員が信じられないという顔をした。

 そして、何かに抗うようにもがき始めた。


 どうしたんだ?


 しかし、やがて彼はすべてをあきらめたかのように落ち着きを取り戻し、話し始めた。


「どうやら逆らえないようだね、君のスキルには」

「何てスキルだい?」


「……話術です」


「へぇ、おもしろいね」


 彼の顔が少し笑った。


「そして、僕の命はそう長くない」

「要点だけ話すよ」


「長くないって……」


 僕は質問しようとしたが、彼の言葉に遮られた。


「僕は魔王幹部ロイエルの手下サードだ」


「「え!」」


 魔王幹部……の手下?

 一体ロイエルって何者だ?

 それに、魔王幹部はジェクオルだけじゃないのか。


「人間の情報を得るために、潜入調査をしていたんだ」


 だからギルド職員を……。


「そして、シャロールというモンスターと交渉している人間の存在を知った」


「勇者が狙いじゃないのか?」


 普通、魔王は勇者を狙うだろ?


「は? そりゃあ勇者が最終目標だけど、誰が勇者かなんてわからないじゃないか。だから、ここで調査をしてるんだろ」


「そうだな」


「佐藤が……」

「バカ!」


 僕はシャロールの口をふさいだ。

 危うく知られるところだった。


「バカってどういう……!」


「いいから、続けてくれ」


「そのシャロールはモンスターと仲良くなるとか言ってるようでな」

「そんなことされちゃたまったもんじゃない」


「どうして?」


「僕達魔王軍の一員であるモンスターは人間を根絶やしにすることを目的として作られた生き物だ」

「その目的に反することは許されないことだ」

「だから僕は君を殺そうとしたんだけど……しくじっちゃったね」


「どうしてあなた達は人間と争うの?」


 シャロールのこの素朴な疑問は僕も前から気になっていた。


「残念だが、その質問に答える時間は残されていないようだ」


「「え?」」


「呪いが僕の体を蝕み始めている」

「もう限界だ」


「ど、どういう……」


「僕は秘密をしゃべってしまったから、契約違反で死んでしまうのさ」


「それって……私のせいなの?」


 シャロールがおそるおそる尋ねる。


「ああ、そうだよ」

「君がいなかったら、こんなこと話さなかったのにね」


 ギルド職員が恨むように言った。


「佐藤、私……」


「もうお別れの時間のようだな……」


 そう言うと、ギルド職員の体は灰になってしまった。


「私、私……」


 シャロールはオロオロしている。


「佐藤……!」

「私、どうしたらよかったの……!」


 シャロールは側にいる僕の胸に飛び込んだ。

 その顔は目から溢れた涙でぐしゃぐしゃになっている。


「私、悪いことしちゃったの?」


――――――――――――――――――――


「そうか……」

「シャロールは……これまでもいろんな辛いことを経験したんだね」


 ヒュイさんは優しく言った。


「はい……」


 純粋な、心優しいシャロールは僕なんかよりももっと苦労していたのかもしれない。


「シャロールは……大丈夫でしょうか?」


 ギルドから帰ってくるや、シャロールは寝室にこもってしまった。


「きっと、いろんなことがあって疲れてるんだよ」


 僕がシャロールと出会ってから、いろいろなことがあった。

 おまけに今日の出来事だ。

 もう限界だったのかもしれない。

 体も心も。


「しばらくそっとしておいてあげた方がよさそうだよ、佐藤君」


「わかりました……」


――――――――――――――――――――


 僕は、布団の中で目を閉じているシャロールの顔を眺めた。

 顔にはまだ涙の跡が残っている。


「ごめんよ……シャロール……」

「僕は……君の彼氏なのに……」


 自然と涙が流れてくる。


 シャロールの気持ちもわからないなんて、彼氏失格だ。


 そんな悔しい気持ちのまま僕は目を閉じた。


――――――――――――――――――――


「佐藤……泣いてるの?」


「私のために……?」

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