Seventh day

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「今日は念願の最後のクエストよ」


「やった!」


 これで試練も終わりだ。


「けどねぇ、面倒なことになってしまったのよ」


「え?」


「私の知り合いで、ギルド職員の人がいるんだけどね」


「はい」


「シャロールにお願いがあるって」


「……私!?」


 昨日に続き、暗い顔をしているシャロールが驚いた。


「そうなの。詳しいことはギルドで話すって」


「だから……シャロール、ギルドに行ってきてちょうだい」


 聞いてくれるかな?


「……嫌」


 シャロールは頼みを断った。

 朝から元気がないシャロールの様子を見れば、予想できた返事だ。

 キャイアさんはやはりと言った顔をして


「……仕方ない」


 とつぶやいた。


「ギルドに行ったら、佐藤さんがなんでもしてくれるらしいわよ~」


「え? そんなこ……」


 キャイアさんは僕の口をふさいだ。

 にっこり笑顔で「わかるよな?」という顔をしている。

 しょうがない。

 シャロールの元気を取り戻すためだ。

 しかし、シャロールは依然としてうつむいている。

 効果なしか……。



 ん?

 いや違う。

 よく見ると、耳が小刻みに動いている。



「な、なんでも?」


「そうよ~」


「うそでしょ?」


「勇者はうそなんてつかないわよ」


「でも……勇者だって仲間を裏切るかもしれないよ……?」


 シャロールはまだ信じられないようだ。

「そうかもしれないわね」


「でも、シャロールは佐藤さんがそんな人だと思っているの? よーく自分で考えなさい」


「……うー……」


 シャロールは腕を組んで、唸っている。


「で、どうするの?」


「……行こうかな」


 シャロールはしぶしぶ認めた。


――――――――――――――――――――


「すみません。私、冒険者のシャロールです……」


 それを聞くと受付の人は


「しばらくお待ちください」


 と言い、奥に行ってしまった。

 これから何が始まるのだろうか。

 そう考えていると奥から年配の男性が出てきた。


「はじめまして。私、ここのギルドマスターをやっているトワイルです」


「私、シャロールです」


「そちらのお方は?」


「あ、僕は佐藤です」


「君があの佐藤君だね」


 あの?

 またよからぬ噂を立てられたのか?


「立ち話もなんですから、奥の部屋に行きましょう」


 僕たちはトワイルさんの後についていく。


「シャロールさんはモンスターと話せるそうで」


「はい。まだ詳しくはわからないんですけど……」


「たぶんスキルが関係してると思います」


「ほう。確かシャロールさんのスキルは『話術』ですよね?」


「はい」


「このスキル……今までに前例がないんです」


「へー、すごいですね」


 実際そんなスキルは今まで僕がやったことのあるゲームには登場しなかった。

「そう言う佐藤さんもすごいスキルをお持ちで」


「そうですか?」


「はい。『なし』だなんて、こちらも前例がありません」


「そうなんですね」


 そんなこと、スキル鑑定のときにも言われた気がする。


「おっと、話がそれました。本題に入りたいと思います」


「今回、ギルドマスターである私が直々に出向いたのには相応の理由があります」


 僕たちはごくりとつばを飲み込んだ。


「あなたたちには、これからデビルラビットの調査に同行してもらいたいのです」


 デビルラビット?


「従来我々は人間に害を与える可能性のあるモンスターを討伐対象にしてきました」


「しかし、先日シャロールさんがワイルドウルフと会話をされたことで、それを改める必要性があると問題提起がギルド内でなされました」


「なるほど」


 そんなに重要なことだったのか。


「もちろんワイルドウルフは討伐対象から外しました。我々の独自調査の結果、彼らは敵意はあれど、交戦する気はないということが判明しましたので」


「よかった」


 シャロールが胸をなでおろす。


「イビルバットはかねてから被害報告が出ておりますので、依然討伐対象です」


「……」


 僕はシャロールが一瞬複雑な表情になったのを見逃さなかった。


「スライムは?」


「彼らは弱く、害がないとお思いでしょう。しかし、奴らはその粘液で周囲の植物を腐らせるのです。野放しにしておくわけにはいけません」


 確かにそれは問題だ。


「むやみやたらに狩ることが無いように規制を設けましたので、どうかご理解を」


「そして、ここまでがすでにギルドが取り決めたことです」


「ということは、残り一種類のモンスターが……」


「今から向かうデビルラビットです」


「どんなモンスターなんですか?」


 危険だったりするのかな?


「デビルラビットは既存のホーンラビットの亜種ではないかと言われています」


「ホーンラビット?」


「ホーンラビットはその角が危険として、討伐対象になりました。しかし、実際は温厚なモンスターだということが最近の調査で判明したのです」


 なんてひどい話だ。


「ギルドはホーンラビットを討伐対象から外しましたが……」


「何かあったんです?」


「ほんの数日前からホーンラビットが消え、デビルラビットが現れました」


「奴らは人間を見るや否や襲ってくる危険なモンスターです。当然討伐対象のモンスターになります。しかし、奴らの出現はホーンラビットの消失と何か関係があるのではと思い、シャロールさんに協力していただきたく……」


「許せない!!!」


「そんなのあなたたちが悪いじゃん!」


 シャロールは怒りの声をあげた。


「……はい。あなたの怒りはごもっともです」


 トワイルさんは冷静にそれに対処する。


「しかし、私はそれを承知の上で今回ご依頼しています」


「どうか……」


 トワイルさんは頼み込むように頭を下げた。

 しかし、シャロールの表情は硬い。


「トワイルさん、しばらく僕とシャロールの二人で話をさせてください」


「……わかりました」


 トワイルさんは部屋を出ていく。


――――――――――――――――――――


「なんであんな人と……!」


 シャロールは怒ったような、悲しんでいるような顔をしている。


「そうだな……」


 シャロールの気持ちは十分わかる。


「けど、シャロールがこのまま何もしなかったら救えるものも救えないぞ」


「佐藤に……」


 シャロールの声が震えている。

「佐藤に何がわかるの!」


「……わかるさ」


「え……!」


 シャロールが意外そうな顔をした。


「僕はシャロールを助けたんだから」


「……」


「僕だって、シャロールを助けるときはそうやって悩んだよ」


「……佐藤は勇者だから」


 うつむいたまま、絞り出すようにシャロールは声を出した。


「それがどうした? そんなこと関係ないじゃないか」


「……私には、そんな勇気……」


「別に勇者だけが勇気を出せるわけじゃない。シャロール、君も……」


「私、できるかな?」


「それはシャロール次第だよ」


「どうしたらいいの?」


「勇気を出してごらん」


「……うん」


 ようやくシャロールが顔を上げた。


――――――――――――――――――――


「それで……」


「私、行きます!」


 シャロールは元気いっぱいに答えた。

 しかし、ひざの上に置いた手は震えていた。


「ありがとうございます」


「それでは、準備をしてきますので少々お待ちを」


――――――――――――――――――――


「ここがデビルラビットの生息地です」


「へー」


 とはいうものの、ここは何度か来たことのある森だ。


「あ! いました!」


 トワイルさんがそう言うや否や、デビルラビットは鋭い角をこちらに向けて突進してきた。


「ふん!」


 ギルド職員の大きい盾を持っているお兄さんが攻撃を受け止める。


「今です! シャロールさん!」


「ええと……」


 シャロールがステータスを出して、スキルを選択した。

 後はデビルラビットと……。


「うさぎってどんな鳴き声?」


「あー……」


 確か……。


「ぴょんぴょんだ」


「え! それ効果音じゃない!?」


「いいからやってみて!」


「ぴょんぴょん!」


 その瞬間、デビルラビットの攻撃が止まった。

 成功か?

 シャロールとデビルラビットがしばらく話し合う。

 そして、デビルラビットは森の奥へ消えていった。


「奴はなんと?」


「デビルラビットは今まで殺されたホーンラビットの恨みによって生まれたモンスターだから、人間を襲わないわけにはいかないんだって。今回は特別に見逃してやるって」


「そうですか。では、やはり討伐対象に設定しますかね」


 トワイルさんは冷徹にそう言った。


「そんな……! あんまりじゃないですか!」


「しかし、向こうがこちらを襲う危険なモンスターである以上、討伐対象にせざるを得ません」


 トワイルさんは引き下がらない。


「な、なんで……!」


「シャロール、落ち着いてくれ」


 興奮するシャロールを僕は制した。


「それでは、今日はありがとうございました。ギルドまでは送りますよ」


 顔色一つ変えないトワイルさんはとても恐ろしかった。


――――――――――――――――――――


「私、やっぱりだめだめなんだ……」


 シャロールは家に帰ると、泣きながらこう言った。


「勇気を出しても何も救えなかった」


「そんなこと……」


「佐藤はずるいよ、やり直せるんだもん」


「そうだけど……」


「私なんて、いなくてもいいんだよ……」


「そんなことない!」


「え?」


 シャロールの弱気な言葉を聞いて、つい自分の気持ちを表に出してしまった。

 ええい、言い始めたなら突っ走るまでだ。


「シャロールは僕にとって大切な人だよ!」


「それって……」


「シャロール、君の笑顔を見ると頑張ろうと思えるんだ!」


「ええ!?」


「どうか暗い顔はしないでくれ!」


 そう言って、僕はシャロールの手を握った。

 ……ちょっと大げさだったかも。


「あ、ああ……」


 シャロールの涙で濡れた顔はみるみる赤くなっていく。


「なんでもするって……こういうこと?」


「へ?」


「なんでもするって約束したから、こんなことするんでしょ……?」


 違う。

 多少の誇張はあれど……。


「これは僕の本心だよ。演技じゃない」


「……」


「シャロール?」


「さ、佐藤~」


 シャロールが僕に泣きついた。


「シャロール……」


 僕はシャロールの背中を優しく撫でる。


「シャロールは泣き虫だな~」


「……違うもん」


――――――――――――――――――――


「な~、ご飯……」


「ご飯」


「し! もうちょっとだけ、待ってなさい」


「今、二人がいい感じだから」


 寝室から、いつの間にか姿が見えなくなっていた三人の声が聞こえる。

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