Zero day Ⅱ
ここは見覚えのある灰色の空間だ。
どうやら成功したみたいだ。
「佐藤、どういうこと?」
「これは……」
「こっちが聞きたいよ!」
後ろから怒鳴り声が聞こえた。
僕達が振り向くとそこには管理人の姿があった。
「どうしてここに来たんだ!?」
「まあまあ、落ち着いて」
僕は管理人をなだめる。
「まず君はどうしてスキルを使った?」
「だって、森から出られなかったから」
「そうだな。それはそうだ。だが……」
「だが?」
「何もここに来ることはないじゃないか」
じゃあ、どこに行けと?
「僕だって忙しいんだよ」
「それはすまなかった」
「けど、管理人なら何でもしてくれると思ったんだ」
「はあー」
管理人はため息をついた。
「そりゃあ、僕は大抵のことはできるよ?」
なんだか自慢げだ。
「僕はこの世界の『管理人』なんだから」
「そうだよね」
「でも、だからって……」
管理人の体が震えている。
なんだか嫌な予感が……。
「僕をこき使うな!!!」
「ひっ」
突然管理人が叫んだのでシャロールが驚いた。
「ああ、失礼。シャロールお嬢さん」
「な、なんで私の名前を知ってるの?」
「僕はこの世界の管理人だからだよ」
「管理人って?」
「僕はこの世界の全てを知っているってことだよ」
「本当に?」
「本当だとも」
そして、管理人は僕を見て一言。
「……君が魔王幹部と手を組んでることも知っているよ」
「なっ……」
「何のこと? 佐藤?」
シャロールが僕を怪訝な顔で見つめた。
「いや、なんでもないんだ」
「ふふふ、まだ秘密にしてるんだよね」
管理人は意地悪く笑った。
「そ、そんなことより早くここから、そして森から出してくれよ」
「そうだね。僕も君たちにここにいつまでもいられると困る」
「じゃあ……」
「けれど、今日はもう疲れたんだ」
「え?」
「だからもうしばらく待ってくれ」
「待つのはいいが、その間……」
「何もしないでくれ。僕をこれ以上困らせるな」
管理人は突き放すように言った。
「そんな……」
「あー、寝ててくれ」
「は?」
「ベッドくらいなら僕が出してあげるよ」
「えい!」
管理人が手を振ると、目の前に突然ベッドが一つ現れた。
「じゃあ、僕も寝ることにするよ。おやすみ」
そう言って、管理人は立ち去りかけた。
「お、おやす……」
「あ!」
突然管理人が立ち止まった。
今度はなんだ?
「大事なことを伝え忘れるところだった。ちょうどいいから今言おうかな」
「なんだ?」
「君があまりにもこの始まりの町ケスカロールでだらだらしてるから、ある試練を設けたんだ」
「試練?」
「そう」
「君が一週間以内にこの町のギルドの全依頼を達成しないとこの世界を全て初期化するっていう試練をね」
「……はあ!?」
「ゲームの進め方は人それぞれだと思うけど、君はあまりにも遅すぎる」
「見ていて退屈なんだよ」
「そんなのお前の都合じゃないか!」
僕は抗議した。
「ああ、そうだが? 何か問題でも?」
管理人が振り返った。
「僕がこの世界の管理人なんだぞ」
管理人はさも当然かのような顔をした。
その顔は僕たちを黙らせるのに十分なほど恐ろしかった。
「……それに僕だけじゃなくて、読者も退屈してる頃だよ」
管理人が小さくつぶやいた。
「読者?」
「この世界の、そしてこの作品の主人公は君なんだよ。せいぜいがんばって盛り上げてくれよ」
「主人公……」
「明日から一週間だよ、忘れないでね」
「じゃ!」
そう言うと、管理人は消えてしまった。
――――――――――――――――――――
後に残された僕達はしばらく黙っていた。
しかし、シャロールが口を開く。
「ね、寝たほうがいいの?」
「そうだな……」
僕達は緊張しながら、ベッドに入った。
しかし、あんなことがあった直後に寝れるはずがない。
「佐藤、起きてる?」
「起きてるよ」
「あの……」
「ごめんな、シャロール。僕のせいでこんなことに巻き込んで」
「ううん、それはいいの。わかんないことばかりだけど、佐藤がいるなら大丈夫だって私信じてるから」
「あ、ありがとう」
「それより聞きたいことがあるの」
「なんだい?」
「さっきあの人が言ってた試練ってやらなきゃいけないのかな?」
「多分な……」
「でも、難しすぎるよ」
「やらなきゃ世界が初期化されるって言ってたからなぁ……」
やらないわけにはいかないだろう。
「その初期化って何のこと?」
「僕もわからないけど……全部最初からになるんじゃないかな」
「全然わかんないよ」
「えっと、僕がこの世界の主人公だから……つまり僕が今までやってきたことが全部なかったことになる……と思う」
「え……じゃあ……」
「もしくは僕がここに来たときまで時間が戻るとか」
「……」
「まあ、どのみち初期化されたらシャロールやオリーブさんは僕のことを忘れてしまうだろうね」
「そんなの嫌!!!」
シャロールが急に叫んだ。
「シャロール……」
シャロールは僕のことをそんなに気に入っていたのか……。
「佐藤がいなくなって、お母さんがまた病気になるんでしょ?」
それともお母さんの病気を気にしてたのか?
「たぶん……」
「うう……」
シャロールはこちらに背中を向けているが、それでも泣いているのがわかる。
僕はシャロールの背中に優しく触れて、こう言った。
「安心して、僕は勇者なんだから」
「うん……」
シャロールは小さな声で返事をした。
――――――――――――――――――――
「……ください! だい……ですか!」
ううん、うるさいなぁ。
「起きてください!」
そんなに叫ばなくってもわかってるよ。
僕が眠たい目を開けると、目の前にはギルド職員がいた。
「大丈夫ですか?」
「……ここは?」
「森の入口です。どこかけがはありませんか?」
「はい」
横をみるとシャロールはまだ眠っている。
「佐藤達、二人仲良くお昼寝してるからびっくりしたぞ」
「うん、びっくりした」
仲良くお昼寝していたわけでは……。
「ううん……」
「ここは?」
シャロールも起きたようだ。
「シャロール、どこもけがはないよな?」
「うん、佐藤といたから」
それは理由になっていないような。
「それでは、お二人とも無事なんですね」
「はい」
「よかった」
職員は胸をなでおろした。
そして、顔を厳しくして僕に注意した。
「今後あのような単独行動は二度としないように」
「はい。すみません」
――――――――――――――――――――
「で、その間に俺たちがスライムを三体倒したんだぜ」
「やるじゃない、あんた達」
「へへへ」
「それで、こんなに報酬をもらえたのね」
「おう」
「これで新しい武器も買えるわね」
「そうだな。何を買おうかなー」
「なんでも買えるかも」
「けど、今日はもう遅いからベッドの中で考えなさい
「子供はもう寝る時間よ」
「「はーい」」
キャイアさんがノーブとホープを寝かしつける。
そして、寝室から戻ってきて僕達に尋ねた。
「で、何があったの?」
「な、何がって?」
「ただ佐藤と迷子になってただけだよ、お母さん」
どうせ真実を言っても信じてもらえないだろうからあの出来事は二人だけの秘密ということにした。
けど……。
「……じゃあ、どうやって出たのよ」
キャイアさんは信じられないという顔をしている。
「森で迷子になって、偶然出られたなんて怪しすぎるわ」
「それは……」
「えっと……」
僕達は顔を見合わせる。
「勇者の佐藤さんは隠し事だらけね」
「そんな、人聞きの悪い」
「そうだよ、お母さん。佐藤は悪くないよ」
「その口ぶりだとあなたも何か知ってるのね、シャロール」
「うっ」
「隠し事なんてひどいわ」
「あたしは毎日頑張ってあんた達の世話をしてあげているのに……」
「「ううっ」」
そんなことを言われると、罪悪感が……。
僕は仕方なく話すことを決めた。
「信じてもらえないかもしれませんが……」
――――――――――――――――――――
「そこのベッドで寝て、起きたら森の入口だったんです」
「本当に? 夢じゃないのかい?」
キャイアさんは疑っている。
「本当だよ! お母さん!」
シャロールが興奮して叫んだ。
「しっ、静かに。あの子たちが起きちゃうでしょ」
「あ、ごめんなさい」
「でも、シャロールがそんなに真剣ってことは本当かもねぇ」
「第一それが夢なら森からどうやって出たのかわからないしね」
「そうですね……」
「うん……」
「それよりもその話が本当だった場合……」
「依頼をどうするかを考えましょうか」
「あ、そうだよ!」
「シャロール?」
また大きな声を出したシャロールにお母さんが優しく微笑む。その裏には怒りが感じられる。
「ごめん……」
「まあ、シャロールが興奮する理由もわかるわ」
「そんなに依頼をこなすのは難しいんですか?」
「あんたの、いやあんた達の頑張り次第ね」
「そうですか……」
「まあ、詳しい話は明日するわ」
「今日はもう寝ましょう。明日から頑張るためにね」
「わかりました」
「うん」
僕達はひとまず眠りにつくことにした。
――――――――――――――――――――
管理人のせいで明日から忙しくなりそうだ。
大丈夫だろうか?
僕が不安な気持ちを抱えながら、ようやく眠りにつきかけたとき、隣からこんな声がした。
「佐藤の手、暖かかったなぁ」
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