植物実験

恵比寿

クローバー

「あれ?なんやこれ」

朝の散歩中だった山本元気はふと道端に目を落とした。

彼はいつも朝5時に起きて、就職して2年目のアパートの周りを20分ほど歩くことにしていた。朝の空気が何より好きだったし、その日の仕事を頑張ろうと思えるからである。太陽は素晴らしい。植物をはぐくみ、植物を温め、物質を循環させる。直接見てしまうと目を傷めるのだけが難点だが、それ以外の欠点は元気にとっては皆無に等しかった。

彼が見つけたのはおそらくクローバーである。その見た目は異様だった。葉の一つ一つはよく知られているクローバーである。だが量が尋常ではない。数百はあろうかという葉が一つの茎から所狭しと生えていた。もはや野菜の見た目であった。


「めちゃ葉多いやん」

元気はすぐさま写真を撮りツイッタ―に投稿した。彼は標準的な現代人であり、珍しいものを見つけると写真を撮って投稿する。ツイッターかもしれないしインスタグラムかもしれないしティックトックかもしれない。一つの病理であった。私は病理を憂う。

「今日はめちゃんこハッピーな予感するわ」


大葉植田は植物博士である。小学生のころから自然科学に興味があった。好きが高じて大学では植物学を専攻した。特に興味があったのはシロツメクサである。緩衝材、飼料、窒素固定に有用なこの植物を研究しようと決意したのは恋人が4つ葉のクローバーを好んでいたから。

「これは・・・すごいですねぇ」

彼がテレビで見ていたのは無論先ほど元気が投稿したバケモノクローバーである。あまりにも葉の数が多かったため非常にバズっていた。常にどうでもいい消費すべき題材を目を皿にして探しているテレビ局はさっそくこのネットの飛沫に便乗していた。

電話が鳴る。当然のごとく乗り遅れたテレビ局は負けじと専門家である大葉に電話をかける。新規性を見出し差別化し真偽を問わない信憑性を付与しすぐに忘れるために。


「ですからこれはクローバーの最終形態といえるでしょう」

「最終形態!すごいですねぇ~」

大葉博士は少々大げさなコメントをしておいた。実のところ打算的であった。ひょっとしたらこれで有名になってテレビ出演の機会が増えるかもしれない。そうすれば研究もやりやすくなる。


さてクローバーの最大葉数は何枚だろうか。正解は56枚。岩手県の農家の方が見つけた。この方は葉の多いクローバーを掛け合わせるなど遺伝的に多い葉の枚数のクローバーを生み出そうとしていたそうだ。当然人は自然の例外を再現しようと望む。未知への好奇心は生物を進化させる原動力であり、知的な我々にとってはしばしば実験という形で姿を現す。


「今回は何枚まで増えますかね」

「今70億を突破したところだろう?まだ増えるさ」

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植物実験 恵比寿 @ebisu_ebisu

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