第六十六章 裏

  第六十六章 裏


 私と光輝こうき天乙てんおつの三人は奥内裏おくだいり招集しょうしゅうされた。陰陽師陰陽師たちは自然と鬼神輝明きじんてるあきかこむようにしていた。輝明てるあきは私たちが入って来るとすぐに気が付いてニコリと微笑ほほえんだ。その様子を見ていた他の陰陽師おんみょうじたちは口には出さなかったが私たちの関係を不思議に思っていた。


 私自身も不思議な関係だと思っていた。私が輝明てるあきを生んだわけではないが、輝明てるあきは私がいないところでは母と呼んだ。そして昨夜私は輝明てるあきの父である光輝こうきと関係を持った。私は輝明てるあきの母なのだろうか。

 

 「全員集まったな。」

 そう言いながら輝明てるあきの横にいた太陰たいいんが立ち上がった。

 「招集をかけたのは他でもない。草摩そうまから接触があったからだ。皆も知っている通り、我々は鬼神輝明きじんてるあきの協力を得られた。」

 太陰たいいんが声高にそう言うと、全員が輝明てるあきを見た。りんとした美しい鬼神きじんは覚悟を決めた目をしていた。


 「敵はすでに輝明てるあき現世うつしよに渡ったことを知っている。草摩そうま輝明てるあきを連れて清水寺きよみずでらに連れて来るように指示して来た。人の多い場所だ。」

 太陰たいいんの言葉に全員が動揺した。大勢の人質が取られていることを意味しているからだ。

 「約束の日時は次の新月しんげつ。まだ時間はある。こちらは万全の態勢でのぞむ。我らの中から精鋭せいえいを選び、鬼神輝明きじんてるあき警護けいごあたる。」

 太陰たいいんがそう言うと、スッと輝明てるあきが立ち上がった。

 「私の警護は不要。草摩そうまは私と浅井小子あさいしょうこで討つ。皆はあかねを頼む。」

 輝明てるあきが言いよどむことなく、皆にそう告げた。

 「だが輝明てるあき・・・」

 太陰たいいんが口を挟もうとしたが輝明てるあき一瞥いちべつを送って、それをさえぎった。太陰たいいんおのれの立場をわきまえて口を閉じた。輝明てるあきと親し気に呼んでいるものの、太陰たいいんにとって輝明てるあきは人間の少女でも、あわれな鬼の首でもなく、鬼神きじんであり、うやまうべき存在だった。

 「草摩そうまの狙いは私だ。私が受けて立つ。草摩そうまは人間とは言え、何度も体を乗り換え、長く生きてきた。もはやあやかしと変わらない。だがたちの悪いことにあやかしあやつる陰陽術おんみょうじゅつを使う。相手もまた陰陽師おんみょうじなのだ。術合戦じゅつがっせんで戦っても勝ち目はない。犠牲を出すだけだ。私がケリをつける。」

 輝明てるあきはそう言ったとろこで私の方を見た。

 「浅井小子あさいしょうこに術をさずけた。それで草摩そうまの動きを封じ、私がとどめめをさす。」

 輝明てるあきはそう言った。戦う覚悟を決めた鬼のひとみに助けを求めるような少女のひとみが見え隠れした。そう見えているのは私だけだろうか。だが助けを求めたいのはこちらの方だ。私は術のかなめである草摩そうましばる真の名前を見つけられていない。


 「あかね草摩そうま空蝉うつせみの術を使うための時間を稼ぐために暴れるだろう。皆はあかねの封じ込めに専念してくれ。」

 輝明てるあきはそう言うと、陰陽師おんみょうじたちの細かい配置はいちについて太陰たいいんまかせた。

 当然、私は輝明てるあきと行動を共にすることになった。全員の配置が決まり、会議は無事に終わった。あとは決戦けっせんの日を待つばかりだった。


 「小子しょうこ輝明てるあきと一緒に行くなら、僕も一緒に行くよ。」

 奥内裏おくだりを出ると天乙てんおつが言った。

 「俺も行く。心配するな。」

 光輝こうきも言った。

 あやかしは長い一生を送る代わりに、一度限りの命を持つ。もし二人があかねに焼き殺されたら、私が生まれ変わっても再び光輝こうき天乙てんおつに会えなくなる。もちろん人間は生まれ変わる度に全てを忘れてしまうから、私は二人がいなくなったことにも気づかないのだろう。それでも、二人をこの戦いで失いたくないと思った。


 「来なくていい。」

 私はただ一言そう言った。

 「ええ!?何で!?」

 天乙てんおつが驚いて声を上げた。

 「・・・・」

 式神しきがみに『死ぬかもしれないから来るな』などとは言えなかった。陰陽師おんみょうじならば式神しきがみたてとしてでも戦うものだ。それが人の世を守ることを生業なりわいとした者のするべきことだ。

 「俺たちが死ぬかもしれないと思っているのか?」

 光輝こうきは私のすべてをさっしていた。

 「・・・・」

 どう答えていいのか分からなかった。


 「小子しょうこ、僕らはあやかしの中でもかなりの強者つわものだ。あかねにあっさりやられるなんてことはないよ。」

 天乙てんおつが言った。優しい目をしていた。もともと天乙てんおつは心優しい鬼だ。手負ておいにもかかわらず、周囲に気を遣わせまいといつも平気な顔をしておくびにも出さない。

 「俺は天乙てんおつとは違って式神しきがみではないからな。自由にさせてもらう。小子しょうこが行くところへは俺も行く。必ずな。」

 光輝こうきが言った。そして天乙てんおつに意味ありげな目配めくばせをした。天乙てんおつは何かに気付いたようにハッとした顔をした。


 「小子しょうこ式神しきがみえんを切って。」

 天乙てんおつはそう言った。式神しきがみである間は私の命令に従わなければならないが、えんを切ってしまえば自由だ。

 「ダメだ。天乙てんおつ。」

 私はそう言った。

 「小子しょうこが切ってくれないなら、自力で引きちぎる。小子しょうこほどの陰陽師おんみょうじとの式神しきがみえんを引きちぎれば僕も無傷むきずでは済まない。それでも僕はやるよ。」

 天乙てんおつは脅すように言った。そんなことをさせる訳には行かない。

 「分かった。私が切る。」

 私はあきらめてそう言って、いんを切り、天乙てんおつを自由にした。

 「ありがとう。小子しょうこ。」

 天乙てんおつは満足そうに言った。自由になったらばおのれの命を第一に考えてこの戦いから手を引けばいいものを。天乙てんおつは身を投じるつもりでいた。


 「光輝こうき天乙てんおつをそそのかすような真似まねを!」

 私は光輝こうきを責めた。

 「一度きりの人生だ。どう生きようと俺たちの勝手だ。」

 光輝こうきはそう言った。急に妖面あやかしづらするこの男がズルいと思った。

 「一度きりの人生なら、なおさら自分を守った方かいいではないか!私は二人に生きていて欲しい。私が死んで、生まれ変わったらまた会いたい!」

 私は今まで出したことがないくらいの大声でそう言っていた。

 「俺たちもまた会いたい。小子しょうこ。」

 光輝こうきがそう言って私を抱き寄せた。

 「なら・・・」

 「俺は何度生まれ変わっても、小子しょうこ夫婦めおとになりたい。だが妻を見捨てる夫はいないだろう?それに輝明てるあきが再び体を奪われれば、また鬼神きじんの体を取り戻すための戦いが始まる。

 輝明てるあきはお前を母としたっているからな。嫌でもお前は見つけ出され、戦いに巻き込まれる。過去でも悲しい思いをした。

 腹を痛めて生んだ娘は鬼の首に変えられ、元の姿に戻るところを見られることなく、死んだ。

 次に生まれ変わった時も、息子は輝明てるあきの体を取り戻すための戦いで霊力れいりょくを失い、父である俺や式神しきがみ天乙てんおつの姿を二度と見られなくなった。それを見てお前は泣いていた。今生こんじょうで終わらせよう。すべて終わらせて夫婦二人で静かに穏やかに暮らそう。小子しょうこ。」

 光輝こうきがなだめるようにそう言った。その低く心地良い声で私の高ぶった感情は静まった。


 「小子しょうこも落ち着いたみたいだし、ちょっと気になることがあるから話してもいい?」

 天乙てんおつが抱き合う私たちに言った。

 「何だ?」

 光輝こうきが返事をした。

 「これまでの草摩そうまの行動がみょうなんだ。」

 「みょうとはどういうことだ?」

 光輝こうきが尋ねた。

 「志賀しが白木しらきとやり方が違うんだ。志賀しが白木しらき綿密めんみつな計画を立て、こちらに気付かれないように水面下すいめんかで行動し、すべてととのったところで姿を現し、一気いっきおそって来た。輝明てるあきの時もそうだった。

 輝明てるあき稽古場けいこばに呼び出された時点で志賀しがわなは完成していて、勝負はついていた。あんじょう罠にかかった輝明てるあき空蝉うつせみの術で人間の体を失った。

 前の小子しょうこの時も、正体を隠して近づいて来た白木しらき足塚あしづかを奪われそうになった。

 芽吹いぶきの時だって・・・。奥多摩おくたまに誘き出され、大蛇だいじゃと戦わされ、毒をびて霊力れいりょくを失った。胴塚どうづかは虫の息だった芽吹いぶきが必死で抵抗したから守れたんだ。芽吹いぶきは最強の陰陽師おんみょうじとなるはずだったのに・・・。」

 天乙てんおつは悲しい過去を思い出してくるしそうに言った。


 「今回は草摩そうまから接触をはかって、わざわざ決戦の場所と日時を指定してきている。それが妙だと言うのだな?」

 光輝こうきが言った。

 「そうだ。僕は志賀しが白木しらきも見て来た。人間の性格なんてそう変わるものではない。おそらく草摩そうま綿密めんみつな計画のもとに罠を張り巡らせている。草摩そうまが僕らの前に姿を現した時はすでに罠に落ちていると思って間違いない。」

 天乙てんおつはそう言った。

 「一体どんな罠を仕掛けているというんだ?」

 私は天乙てんおつに尋ねた。

 「決戦けっせんそのものが嘘だと思う。僕たちに準備する時間を与えば自分に不利ふりになる。そんなこと草摩そうまがするわけがない。日時と場所を指定して、その日、その場所へ訪れるまでは大丈夫だと僕らに誤信ごしんさせるのが狙いだと思う。つまり、次の新月までに草摩そうま奇襲きしゅうをかけて来る。」

 天乙てんおつが真剣な顔をしてそう言った。

 「輝明てるあき太陰たいいんに知らせないと。」

 私はそう言った。

 「その必要なない。おそらく、輝明てるあき太陰たいいんも気づいている。草摩そうまからの伝言は裏読うらよみできるんだ。」

 「裏読うらよみ?」

 「うん。次の新月しんげつとは空に浮かぶ月のことではなくて、輝明てるあき太陰たいいんのこと指しているんだ。月という文字をようし、光り輝く月を意味する輝明てるあき、そして月そのものを意味する名前の太陰たいいん。『二人がいなくなった後、清水寺きよみずでら鬼神きじんとなった自分を連れて行ってくれ』と草摩そうまは言っているんだ。これはこの戦いで生き残った翡翠邸ひすいてい陰陽師おんみょうじたちに向けられた伝言でんごんなんだ。」

 天乙てんおつが身の毛もよだつほど恐ろしいことを言った。

 「輝明てるあきは自分の警護必要ないと言っただろう?自分の体が乗っ取られたあとなら当然警護なんていらないよね。鬼神きじんの体を手に入れた草摩そうまはもう陰陽師おんみょうじの手に負えない。人間にどうにかできるとしたらあかねの方だ。あかねの封じ込めに専念せんねんしろと言った輝明てるあきの判断は正しい。」

 天乙てんおつけわしい顔をしながらも冷静に言った。


 「この戦いで鍵となるのは輝明てるあき小子しょうこ、お前たち二人だ。」

 光輝こうきが口を開いた。

 「輝明てるあき草摩そうまてなければ負ける。輝明てるあき草摩そうまてるかいなかは小子しょうこ草摩そうまの動きをふうじられるかいなかにかかっている。術を完成させる草摩そうましんの名前は見つかったか?」

 光輝こうき核心かくしんをついた。私が一番聞かれたくない質問だった。

 「まだだ。まだ分からない。」

 私はうつむいてそう答えた。

 何も言わないが、光輝こうき天乙てんおつ落胆らくたんしているのが分かった。

 「最後の瞬間まで傍にいる。」

 光輝こうきはそう言って私を強く抱き締めた。光輝こうきは死を覚悟していた。



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