第六十四章 幽世の一夜

  第六十四章 幽世の一夜


 輝明てるあきに術を伝授でんじゅしてもらった。あの様子からさっするに私に術で草摩そうまの動きを封じさせるつもりなのだろう。私にできるだろうか。そんなことを考えながら中庭から翡翠邸ひすいていにある自室じしつに戻ろうと廊下ろうかを歩いていると、中庭から声が聞こえた。まだ輝明てるあきが中庭に残っているようだ。


 「輝明てるあき小子しょうこを巻き込むな。」

 光輝てるあきの声だった。

 「父さんは、母さんが弱いと思っているの?」

 輝明てるあきが言った。輝明てるあき光輝こうきのことを父さんと呼んだ。似た名前だとは思ったが、まさか親子だったとは。鬼神きじん妖狐ようこの血が流れているようには見えない。おそらく輝明てるあきが人間だった頃の話なのだろう。それより気になるのは私のことを母さんと言ったことだ。一体どういうことなのか話が見えない。

 「小子しょうこは人間だ。戦いで命を落とすことになるかもしれない。それとも魂は不滅ふめつでまた生まれ変わるからいいとでも思っているのか?」

 光輝こうきが意地の悪い言い方をした。

 「そんなふうに思ったことは一度もない。」

 輝明こうきがきっぱりと言った。

 「まあまあ二人共、親子でそう熱くならないで。二人共、大妖おおあやかしなのだから翡翠邸ひすいてい式神しきがみたちも気にてられておびえているよ。」

 天乙てんおつの声だった。二人の仲裁役ちゅうさいやくのようだ。

 「草摩そうまはお前と他の翡翠邸ひすいてい陰陽師おんみょうじ始末しまつできるだろう?」

 光輝てるあきが声の調子ちょうしを落として言った。

 「できない。」

 輝明てるあきが短くそう答えた。しばらく沈黙が続いて冷戦のような緊張状態となった。天乙てんおつが息をのんで二人の様子を見守っているのが分かった。

 「私は鬼術きじゅつ神通力じんつうりきも使えない。現世うつしよへは天乙てんおつに連れて来てもらった。」

 輝明てるあきがポツリポツリと話し始めた。それを聞いた光輝こうき天乙てんおつにらみつけた。

 「別に隠していた訳じゃないよ。どうやって来たかなんて銀狐ぎんこも聞かなかっただろう?」

 天乙てんおつ抗議こうぎするように言った。

 「理由は簡単。私も父さんと同じで母さんに執着しゅうちゃくしているんだ。父さんは修行をんで神になろうとしたけど、母さんを忘れられなくてなれなかった。そもそも神になろうと思ったのは不滅ふめつたましいを手に入れて永遠に母さんのそばにいようと思ったからでしょう?」

 輝明てるあき光輝こうきに言った。光輝てるあきは否定も肯定もせずにただ黙って聞いていた。

 「父さんは神になることを諦めたみたいけど、私はそうもいかない。もう不滅ふめつの体とたましいを手に入れている。それに見合う者にならなければならない。」

 輝明てるあきが悲し気な声に決意をにじませて言った。

 「なぜ小子しょうこを巻き込む必要がある?」

 光輝こうきが口を開いた。

 「人間だった時に好きだった男は修行のさまたげになるからと、みずから切り捨てた。でも母子のえんはどうしても捨てられない。人間の時も、鬼の首になっても、鬼神きじんになっても。もし、捨てられるとしたら、母さんの命がかかっている時だけだ。」

 輝明てるあきは悲痛な声でそう言った。その言葉に何も思わないほど冷たい父狐ちちぎつねではなかった。

 「勝手にしろ。」

 光輝こうきはそう言って話し合いの場から立ち去った。


 光輝こうきは私のいる方へ歩いて来た。大方、私の部屋に立ち寄るつもりだったのだろう。廊下ろうかで出くわすと少し驚いた表情をしたが、いつものように声をかけて来た。

 「聞いていたのか?」

 「聞いていた。輝明てるあきは私と光輝こうきの子だったのか?」

 私は尋ねた。

 「そうだ。」

 光輝こうきはあっさり認めた。

 「なぜ今まで何も言わなかった?」

 「人間は生まれ変わる度に全てを忘れる。えんがあればまた出会えるし、過去を知ることもあるだろう。だが過去を背負うことはない。人間なのだから。」

 光輝こうきはそう言って私の顔に触れた。昔を思い出しているかのように。

 「小子、何度生まれ変わってもお前は俺の妻になった。何も覚えていなくとも、今生でも必ず俺の妻にしてみせる。」

 光輝こうきが熱い眼差まなざしで言った。その一途いちずさが分からないほど野暮やぼな私ではなかった。顔を近づけて来た光輝こうきに私から口づけをした。気持ちが通じ合ったことを知って、光輝こうきが私を抱き寄せた。

 「小子しょうこ幽世かくりよ屋敷やしきに行こう。」

 光輝こうきが耳元でささやいた。


 日は落ち、空には月が浮かんでいた。現世うつしよの月も幽世かくりよの月も同じように美しく、光輝こうきの瞳のようだった。

 幽世かくりよの屋敷は誰もいないせいか、草木くさきだけが呼吸しているようで静かなたたずまいだった。

 屋敷に入ると、光輝こうきが当然のように私を寝室しんしつへ連れて行き、布団ふとんの上に寝かせた。

 「光輝こうき、私は・・・」

 そう言いかけたところで、光輝こうきが口づけで言葉をさえぎった。

 「分かっている。」

 光輝こうきは一言そう言った。男の肌を知らないと言うつもりだったが、分かったのだろうか。この性格では男が寄り付かないと想像にかたくないだろうが。

 「小子しょうこ、俺の妻。」

 光輝こうきはそう言って、強く抱きしめ、いとおしそうにほおを寄せて来た。

 「何度も同じ女を妻にして、光輝こうききないのか?」

 ほおずりして来る光輝こうきに尋ねた。

 「きない。きつねは一度相手を定めたら変えることはない。小子しょうこも生まれ変わる度に忘れるのだから俺にきることはないだろう?」

 光輝こうきが私をからかうように笑って言った。

 「覚えていたとしても、私もきない。」

 私はそう言って、月をうつしたような美しいひとみを見つめた。

 「聞きたい言葉が聞けた気がする。」

 光輝こうき心底しんそこ嬉しそうな顔をした。


 私は優しく微笑む光輝こうきに三度目の口づけをした。それを皮切りに光輝こうきおす本能ほんのうを見せた。服の間に手を入れ、むね鷲掴わしづかみにした。前世ぜんせからのえんがあるこの男に身をゆだねると覚悟を決めていても、体が強張こわばった。

 「怖いか?」

 光輝こうきの問いに首を横に振って答えたが、光輝こうきは手を止め、またいつくしむように顔を寄せて来た。

 「めないで。」

 私はそう言って、みずから服を脱いだ。相手をほっする気持ちは私も同じだった。

 「随分積極的ずいぶんせっきょくてきだな。俺にれている素振そぶりなど微塵みじんも見せなかったくせに。」

 光輝てるあきが私の体に目を走らせながら言った。

 「れているのとは少し違う。運命うんめいを感じたのだ。」

 「運命うんめい?」

 私がそう言うと、光輝こうきが話の続きをうながすすように首をかしげた。

 「自分はいずれこの男のもになる。そう予感した。光輝こうきの心が私にあるのなら、私もその運命を受け入れていいと思った。」

 私がそう言うと光輝こうきがふっと笑って、私を大事そうに抱き締めた。

 「俺の心はいつもお前のものだ。」

 光輝こうきはそうささやいた。

 その言葉で心と体が解けて、開いていった。


 光輝こうきはまたゆっくりと私の胸に手をかけ、み始めた。最初は何も感じなかったが、次第しだいに体の奥から何かがき上がるような感覚を覚えた。そしてその感覚は光輝こうきの長い指が下の方へうたびに強くなった。

 それまでじっと私の顔を見つめながら手をわせていた光輝こうきだったが、首筋くびすじいついてきた。そして舌をわせ、味わうようにしゃぶった。いやらしい音が立つ度に顔があつくなった。

 「耳まで真っ赤だな。」

 ふと顔を上げた光輝こうきがつぶやいた。

 「羞恥心しゅうちしんくらいある。」

 そう言い返した私の声はうわずっていた。

 「やつ。」

 光輝こうきはそう言って手を太ももの間にすべらせ、指を私の体の中に入れた。体は正直にその快感かいかん反応はんのうした。

 「れているな。気持ちいいのか?」

 光輝こうきが指を動かしながら尋ねた。

 「うん。気持ちいい。」

 隠し立てすることはできない。私の体は光輝こうき欲情よくじょうしていた。れられるたびにじわじわと快楽かいらくの波に浸食しんしょくされているようだった。

 「再び小子しょうこがこうして俺の腕の中に戻って来る日を夢見ていた。ようやくかなったのだな。長生きはするものだ。」

 光輝こうき感慨深かんがぶかそうにそう言って愛撫あいぶを続けた。私の体はき出すいずみのようにあふれていった。

 「そろそろいいな?」

 光輝こうきがそうささやいた。何をするつもりなのかは分かっていた。私はそれが待ちきれなくなっていた。

 「早く。」

 私がうるんだひとみでそう言うと、光輝こうきが嬉しそうに微笑ほほえんだ。そして熱い一突ひとつきで私をつらぬいた。痛みよりも喜びがまさっていた。この男のものになれた喜びだった。これまで誰かのものなりたいなどと思ったことは一度もなかった。この男は特別だった。やはり運命なのだろう。私たちは狂ったように愛し合った。






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