第六十二章 鬼神輝明

  第六十二章 鬼神輝明きじんてるあき


 「はあ。」

 僕はため息が止まらなかった。思い出すだけでまたため息が出た。

 「はあ。」

 あの場に鬼は僕しかいなかった。だから僕が行くしかないのは分かる。それでも、行かせたくないみたいな素振り見せて欲しかった。それなのに『いなくても大丈夫』などと言われると、もうため息しか出ない。

 「はあ。」

 「天乙てんおつ、うるさい。」

 「え?何も言ってないけど?」

 「ため息がうるさい。耳障りだ。」

 シスルナが顔をしかめて言った。

 「ため息くらい好きにつかせてよ。」

 「息をするな。息をしなければため息もつかぬわ。道中ずっとため息をついているつもりかえ?」

 シスルナが少しイライラして言った。相当耳障りらしい。

 「はあ。これで最後にするよ。」

 僕は最後に大きなため息をついた。

 「ねえ、シスルナ。白木しらきはどんな奴だった?」

 僕は滅入めいる気持ちをまぎらわせようと情報収集がてらシスルナに話しかけた。

 「どんなとは?」

 シスルナが答えに困って尋ね返して来た。

 「そうだな。例えば、うちの小子しょうこは強い陰陽師おんみょうじだけど、式神しきがみの気持ちが分からなくて、扱い方が下手で、前の小子しょうこの方が弱くて何もできなかったけど可愛げがあって、頼り方が上手うまかったなとか。」

 「愚痴ぐちか?」

 シスルナが冷たい視線を送って来た。

 「違うよ。ただの例え。他意たいはない。」

 僕は全力否定した。

 「白木しらきは普通の人間だった。草花くさばなで、四季しきの美しさを知っていた。正直、阿修羅王あしゅらおうの体に白木しらきの魂を入れてもさして問題ないと思っていた。」

 「何だって?」

 「悪さをするような奴ではなかった。」

 「悪さをするような奴ではないって、何人もの陰陽師おんみょうじの体を奪っておいて言えることではないとは思うけど。」

 「人間と長くいると考え方も人間寄りになるのだな。人間など我々のえさでもあるのだ。餌同士えさどうしでいくら争おうともかまわないではないか。そもそも中身がどうであろうと、どうでもいいこと。我らに危害きがいを加えなければそれで良い。」

 シスルナは淡々たんたんと鬼らしいことを言った。

 「シスルナは式神しきがみなったことはないだろう?」

 僕はシスルナのことをさみしい奴だと思いながらそう言った。

 「人間に調伏ちょうふくされるようなヘマはしたことがないゆえ。」

 シスルナはそう言って僕を小馬鹿こばかにするようなうすら笑みを浮かべた。全く腹の立つ奴だ。


 「無駄話むだばなししていたら着いてしまったな。ほらここが鬼の里だよ。」

 シスルナが何もない暗闇くらやみを指さして言った。目をらしてみると、指の先にうっすらと漆黒しっこくとばりのようなものが見えた。そのとばり隙間すきまからまるで桃源郷とうげんきょうのような花が咲き乱れる美しい里の風景があった。

 「言った通り、私はここまで。ここから先はお前一人でお行き。」

 シスルナがとばり隙間すきまから垣間かいま見える里をなつかしそうに見つめながら言った。

 「分かった。ありがとう。」

 僕はシスルナに悪い気がしながらも一人でとばりの向こう側へと渡った。


 一歩鬼の里に足を踏み入れると、ぱあっと辺りが明るくなった。足元に咲き乱れる花々や生いしげる木々、さえずる小鳥たちは永遠の春を謳歌おうかしているように見えた。

 「そこにいるのは誰だ?」

 周囲を見回していると、侵入者しんにゅうしゃ感知かんちしたのか、たまたまそこに居合わせたのか、早速鬼の里の住人に見つかった。

 「あの、僕は天乙てんおつと・・・」

 そう言いかけたところで、僕を見つけた相手が誰だか分かった。

 「天乙てんおつ!」

 そう叫んだのは紛れもなく、輝明てるあきだった。

 「輝明てるあき!」

 僕もその名を叫んだ。

 「どうしてこんなところに?遊びに来てくれたの?」

 輝明てるあき暢気のんきにそう言った。現世うつしよが大変なことになっているのを何も知らないようだ。

 「輝明てるあきに頼みがあって来たんだ。」

 僕がそう言うと、輝明てるあきは少女のように鬼の首をかしげた。

 「白木しらきが生きていた。今度は草摩そうまという体を手に入れて、京の町を人質ひとじち阿修羅王あしゅらおうの体を差し出せと言って来ている。もちろん、輝明てるあきを差し出すつもりはない。ただ、おとりになってもらいたいんだ。」

 「おとり?」

 「草摩そうまの居場所が分からないんだ。翡翠邸ひすいてい精鋭せいえいたちが探し回っているけど、見つけられない。見つけたところで、また新しい体に乗り換えて逃げられてしまうだろう。だから草摩そうまみずから僕らの前に姿を現すように仕向しむけたいんだ。そのためには輝明てるあきおとりになってくれるのが最善策さいぜんさくなんだ。」

 僕の話を輝明てるあきは黙って聞いていた。引き受けてくれるだろうか。

 「いいよ。私がおとりになる。」

 輝明てるあき快諾かいだくした。

 「本当!?」

 「うん。草摩そうまは私を狙って来ているのに、翡翠邸ひすいてい陰陽師おんみょうじに任せっきりというのは道理どうりに合わない。」

 輝明てるあきが真っ直ぐしたんだ目をして言った。

 「ありがとう。輝明てるあき。」

 僕と輝明てるあきの出会い方は最悪だった。僕は清明せいめい様のにくかたきと思っていて、阿修羅王あしゅらおう手塚てづかさらっておどした。それでも僕が芽吹いぶき式神しきがみとして現れると、弟の式神しきがみだと、助力じょりょくしまなかった。今回僕は小子しょうこの名も、銀狐ぎんこの名も出さなかった。それでも協力してくれると言う。やはり、輝明てるあき鬼神きじんうらみをかてにする人やあやかしとは違う。

 「いつ行く?今から?」

 輝明てるあきが尋ねて来た。

 「うん。来てくれる?」

 「もちろん。」

 僕は輝明てるあきを鬼の里かられ出した。


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