第四十二章 天乙の憂鬱

  第四十二章 天乙てんおつ憂鬱ゆううつ


 きつねにつままれたとはまさにこのこと。小子しょうこ光輝こうきと二人きりで小舟こぶねに乗って行ってしまった。

 僕はみなと片隅かたすみで小さくなっていく小舟こぶねを見つめていた。飛んで追いかければ済む話だが、銀狐ぎんこ魂胆こんたんを考えるとそれは野暮やぼというものだ。とどまるしかなかった。


 ついこの間まで小子しょうこの前に時折ときおりに姿をあらわすものの、大人しくしていた銀狐ぎんこだったが、急に気が変わったのか、ついに小子しょうこに手を出した。身持みもちのかたい女だと思っていた小子しょうこの方も、春の力を借りてあやしい色気いろけまとった銀狐ぎんこの腕に容易たやすく落ちた。銀狐ぎんこ色気いろけあらがえなかったようだ。


 その翌朝から銀狐ぎんこは姿を隠すことはなく、我が物顔で小子しょうこの隣に居座った。もう自分は小子しょうこの夫だと言わんばかりで。

 こっちは他の陰陽師おんみょうじたちに小子しょうこきつねのお手付てつきだと知られないように必死に隠そうとしているのに。さいわ唐津からつへの出張が決まっていて、陰陽師おんみょうじたちの目にれなくて済んだ。

 だが、この土地であやかしたちに小子しょうこ銀狐ぎんこが一緒にいる姿を見られている。皆、口には出さないが気づいている。うわさが立つのは早い。鎌倉かまくらへ戻った時には照月院しょうげついんにもとどき、小子しょうこきつねまじわった女として追い出されることになるかもしれない。そうすれば銀狐ぎんこの思うつぼだ。行くてのない小子しょうこ銀狐ぎんこたよらざるをない。それが銀狐ぎんこねらいなのだろう。


 だがそうはさせない。み消して見せるさ。僕の方が銀狐ぎんこより長生きしているんだ。その辺の知恵ちえは僕の方がまわる。

 それに小子しょうこも子ができて胴塚どうづかを探せなくなることを恐れているふしがある。春さえ過ぎれば銀狐ぎんこ色香いろかまどわされることもなくなり、小子しょうこ子作こづくりを回避かいひできるようになるだろう。小子しょうこ陰陽師おんみょうじめるつもりがないならば、まだあきらめることはない。必ず僕と小子しょうこ清明せいめい様の遺言ゆいごんたすんだ。


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