第四十一章 魔性の妖狐

  第四十一章 魔性ましょう妖狐ようこ


 「おい、陰陽師おんみょうじ。」

 依頼人いらにん古賀徳治こがとくじさんの屋敷やしきを出て、箱を持ち去ったかもしれない不審者ふしんしゃを探しに行こうとしていた時、座敷童ざしきわらし手毬てまりが話しかけて来た。

 「この手紙を持って有明御前ありあけごぜんのところへ行って来ておくれ。」

 手毬てまりはそう言って、私に手紙をにぎらせた。

 「有明御前ありあけごぜんって?どこにいるの?」

 私が尋ねると、手毬てまりが教えてくれた。

 「名前の通り、有明ありあけ干潟ひがたにいる。地上に姿を現すのはしおが引いた早朝そうちょうのみ。深夜、満潮まんちょうの時に小舟こぶねで出て、しおが引くのを待つといい。水がなくなったら向こうから姿を見せるさ。」

 「分かった。この手紙には何が書いてあるの?」

 「遠慮えんりょがないね。箱を作った呪術師じゅじゅつしのことが気になって、何か知っていないか聞いている。そこの海に住んでいる唐津御前からつごぜんにも使いをやって聞いたが、何も知らないとさ。」

 手毬てまりが答えた。

 「そう。ちゃんと届けるわ。」

 私は手毬てまりにそう言った。


 有明ありあけの海は唐津からつから少し離れていた。電車とバスを乗り継いで行くつもりだったが、依頼人いらいにん古賀こがさんが車で送ってくれることになった。親切にもお城のようなご自宅に滞在たいざいするように言ってくれて、荷物を置かせてもらった。だいぶ身軽みがるになった。


 「小子しょうこ木札きふだは持っているよね?」

 小舟こぶねを探して海岸沿かいがんぞいい歩いていると、天乙てんおつがキビキビとした口調くちょうたずねた。

 「うん。このかばんの中に入っている。」

 私は答えた。

 「ならいい。」

 天乙てんおつうでんでそう言った。いくら私でも木札きふだを置いてくるようなことはしない。

 天乙てんおつはいつもより機嫌きげんが悪かった。理由は分かっている。光輝こうきがいるからだ。正直、私もついて来られると仕事がやりにくい。どうやってこうかなどと考えていた。

 「光輝こうき幽世かくりよ屋敷やしきけていていいの?」

 私はたずねた。

 「ああ。」

 光輝こうきは短くそう答えた。

 「屋敷やしきには輝明てるあきがいるんでしょう?護衛ごえい鬼女きじょたちにまかせきり?」

 天乙てんおつがどこか嫌味いやみっぽく言ったが、光輝こうきは相手にしなかった。

 「小子しょうこ日没にちぼつが近い。夜に移動するんだ。今のうちに休んでおけ。俺が小舟こぶねを探しておく。」

 光輝こうきはそう言って、姿を消し、天乙てんおつと二人きりになった。


 「天乙てんおつ、怒ってる?」

 「何に?」

 「光輝こうきのこと。」

 天乙てんおつも分かっているはずだ。光輝こうきの子を身ごもったら、私は胴塚どうづかを探せなくなる。

 「・・・いずれこうなることは思っていた。」

 天乙てんおつは小さな声でそう言った。

 「迷惑めいわくかけてごめんね。」

 「もういいから、て。」

 天乙てんおつもそう言って姿を消した。目の前から姿を消したが、近くにいるのは分かっていた。私は防波堤ぼうはてい片隅かたすみ仮眠かみんをとった。


 夜の二十三時に満潮まんちょうを迎え、そこからしおの流れが変わり、おきへ流れていく。しおの流れを利用して小舟こぶねすすめ、干潟ひがたの中央を目指めざす予定だ。

 光輝こうきが用意してくれたのは動力どうりょくも何もない木製もくせいのただの小舟こぶねだった。こころもとないが仕方しかたない。私は灯台とうだいひかりを頼りに、光輝こうきの後に続いて小舟こぶねに乗り込んだ。

 「天乙てんおつ小子しょうこには俺がついている。胴塚どうづかを探しに行きたいのだろう?行って来るといい。」

 光輝こうきはそう言うと、風をおこして小舟こぶねいきおいよくすすめた。きし天乙てんおつきつねにつままれたような顔をしていた。

 「光輝こうき!」

 さすがにひどい仕打しうちだと思って声を上げた。

 「ついてきたければ追いかけて来る。」

 光輝こうきは冷たくそう言いはなった。その目がまるでけもののようでもっと言ってやりたいことがあったが、ひるんで出て来なくなってしまった。


 小舟こぶねしおの流れに乗って順調じゅんちょうおきへ向かっていた。することもなく、おだやかな波の音を聞きながら、二人で星をながめていた。


 「小子しょうこ。」

 ふいに光輝こうきが名前を呼んで口づけをした。口づけをしている間、時間が止まったかのように音が聞こえなくなった。全神経ぜんしんけい光輝こうきを求めて向かっているのが分かった。

 光輝こうき天乙てんおつを遠ざけたのはこのためだと気づいていた。おそらく天乙てんおつも。

 私は観念かんねんしてあらがうことをあきらめ、本能ほんのうに従った。一度快楽かいらくの味を知ったら忘れられないのが人間の女なのかもしれない。


 光輝こうきの手は優しかった。顔や髪に触れ、肩を抱いた。私がそれ以上のことを望んでいるとさっすると、ボタンのついたえりひらき、胸元むなもとに口づけをした。熱い吐息といきがかかると、一気に体が火照ほてり始めた。もう起きてはいられず、光輝こうきにしがみつきながらズルズルともたれかかった。

 光輝こうきおおかぶさるように私を押倒おしたおし、また胸元むなもとを広く開けた。今度は両胸があらわになった。光輝こうきに胸をつかまれると、何とも言えない快楽かいらくの波が押し寄せ、無意識むいしきにに足が動いた。光輝こうきはそれを見逃さなかった。服の隙間すきまから手を入れて、さらなる快楽かいらくをもたらした。


 わずかに声がれた。反応をうかがうようにじっと私の顔を見つめていた金色こんじきひとみあやしく光り、口元くちもとにうっすら笑みが浮かんだ。

 光輝こうきは私にまとわりついていた服をすべてぎ取り、たわむれるように愛技あいぎの限りを尽くした。私のれた体は光輝こうき翻弄ほんろうされ、われを忘れて求めてよろこびの声を上げていた。


 暗闇くらやみの中で光輝こうきひとみだけが爛々らんらんかがやいていた。吸い込まれそうなほど綺麗きれいで、そのひとみを見つめながら何度叫んだことだろうか。

 自分の甲高かんだかい声がひびいいたのに驚いて、ようやく冷静さを取り戻した。

 二人の体は熱をびていて、光輝こうきはさらに続きをしたがっていた。私は愛撫あいぶ催促さいそくするようにらしていた腰の動きをめた。


 「どうした小子しょうこ?」

 「待って。」

 私は光輝こうきにそう言った。

 「どうした?」

 光輝こうきがまたたずねて来たが、答えられなかった。

 頭の中でこのまま快楽かいらくに身をまかせたい気持ちと、今、子供ができたら胴塚どうづかを探せなくなるという心配がせめぎ合っていた。

 待ちきれなくなった光輝こうきが口づけをした。甘いみつのような味に体がしびれていくのを感じた。自然にまた腰がれ始めた。光輝こうきは喜んでいた。


 光輝こうきの顔に手を伸ばすと、光輝こうきの方からその手に顔をり寄せて来た。頭に触れると、髪が乱れ、妖艶ようえんかおった。思わず見とれてしまった。

 夢心地ゆめみここちになったところで光輝こうきが私の体をつらぬいた。一際ひときわ大きな声を上げたが、聞いているのは光輝こうきだけだった。光輝こうきは私の声にき立てられるようにこしを動かした。そのなまめかしい腰つきにわされ、熱を帯びて上気じょうきした。とめどなく押し寄せて来る快楽かいらくの波が、どうしようもない多幸感たこうかんをもたらし、私はよろこびの声を上げ続けた。


 光輝こうきがなかなか満足しなくて、まどろむ私を起こして何度も続けたのは覚えているが、いつ終わったのかは覚えていなかった。気が付けば空は白やんでいて、光輝こうき羽織はおりをかけて二人で寝ていた。春とは言え、潮風しおかぜはまだ肌寒く、かさねた肌の温かさが心地良ここちよかった。

 体をつらぬかれるたびに光輝こうきにしがみつき、髪を乱した。光輝こうきの髪はぐしゃぐしゃだった。

 この人を好きでなければ。そう考えずにはいられなかった。

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