第四十章 長者と座敷童

  第四十章 長者ちょうじゃ座敷童ざしきわらし


 「父さん、母さんに会いに行くの?」

 幽世かくりよ屋敷やしきを出る間際まぎわ輝明てるあきが声をかけて来た。

 「ああ。」

 「私も行きたい・・・」

 「・・・ダメに決まっているだろう?」

 輝明てるあき様子ようすがいつもと違った。

 「うん。分かってる。言ってみただけ。」

 阿修羅王あしゅらおうの首の姿をした我が子が言った。

 「どうした?」

 「この間母さんに会ったら、もう体はいいから、母さんにそばにいて欲しいと思っちゃった。人間って弱いね。」

 「そうだな。」

 お前はもう人間ではない。それに弱いのは人間だけではない。そう胸の中で言って屋敷やしきを出た。


 春はきつねあやかし色気いろけ最大限さいだいげんに引き出してくれる。まと妖気ようきは相手を魅了みりょうし、金色こんじきひとみ正気しょうきを奪う。そして口づけをすれば媚薬びやくられたかのように相手の体は火照ほてり出し、狂ったように求め始める。小子しょうこもそうだった。

 別に妖術ようじゅつをかけて手籠てごめにした訳ではない。天賦てんぷさいを生かしたまで。うしろめたさはなかった。

 だが、春を過ぎて夏になった時、小子しょうことなりで寝ているだろうか。ふと、不安がよぎった。


 全ては杞憂きゆうだった。唐津からつへ行くという小子しょうこに同行したら、道中どうちゅう鬼女きじょたちが俺のめかけではないかといただして来た。ただの居候いそうろうだと伝えても信じなかったから、追い出してもいいと言ったら、今度はおこり出した。全く、いそがしい女だ。


 唐津からつでの小子しょうこの仕事は不審火ふしんび調査ちょうさだった。法事ほうじで集まった親類しんるいの家が次々と火事かじ全焼ぜんしょうし、全財産ぜんざいさんを失った。さいわい死者はなかったが、家財かざいを失い、困り果てているそうだ。

 相次あいつ不審火ふしんび偶然ぐうぜんとは思えず、あやかし仕業しわざではないかと疑った一族の当主とうしゅ照月院しょうげついん相談そうだんし、小子しょうこ派遣はけんされた。


 やって来たのは城かと思うほどの大きな屋敷やしきだった。

 「いらっしゃーい。」

 そう言って当主とうしゅみずか小子しょうこ出迎でむかえた。

 「遠いところ来て下さり、本当にありがとうございます。わしは古賀本家当主こがほんけとうしゅ古賀徳治こがとくじと申します。」

 徳治とくじ丁寧ていねいにそう名乗なのった。

 「鎌倉かまくら照月院しょうげついんからまいりました陰陽師おんみょうじ浅井小子あさいしょうこです。」

 「ささ、どうぞ座って。粗茶そちゃですが、どうぞ。」

 徳治とくじこしの低い男だった。

 「ありがとうございます。頂きます。」

 そう言って小子しょうこは茶をすすった。

 「美味おいしい!」

 「お、味が分かる方ですね。それは宇治茶うじちゃ最高級品さいこうきゅうひん。先日京都を訪れた時に買って来たものです。」

 徳治とくじはそう言った。

 「京都きょうと?もしかして翡翠邸ひすいていに行かれましたか?」

 小子しょうこかんはたらいた。

 「あ、え、実は今回の件、最初は京都きょうと翡翠邸ひすいていさんにお願いしたんです。」

 徳治とくじは気まずそうにそう言った。

 「それがなぜ照月院しょうげついんに?」

 小子しょうこ遠慮えんりょなくたずねた。

 「翡翠邸ひすいていさんにはことわられてしまいまして・・・そしたら、鎌倉かまくらにも陰陽師おんみょうじがいると人づてに聞きましてね、お願いした次第しだいです。」

 徳治とくじはまた気まずそうに言った。

 「そうでしたか。では早速さっそくくわしいお話を聞いてもよろしいでしょうか?」

 小子しょうこは気にする素振そぶりは見せずに話を進めた。本当ははらわたえくりかえっているだろうに。


 「二週間ほど前、ここで法事ほうじもよおしました。それは無事に終わったのですが、その後・・・」

 徳治とくじが話しているとその隣に赤い振袖ふりそでの子供のあやかしが現れた。座敷童ざしきわらしだと小子しょうこもすぐに分かった。

 「ようこそ、陰陽師おんみょうじ。私は手毬てまり。見ての通り、この屋敷やしき座敷童ざしきわらしだよ。」

 手毬てまりはそう言った。

 「徳治とくじには見えていないことがあるから私が話すよ。」

 手毬てまりがそう言うと、小子しょうこは話し続ける徳治とくじめた。

 「古賀こがさん、座敷童ざしきわらしがいます。そちらから話しをうかがうので、一旦中断いったんちゅうだんしましょう。」

 「やっぱりいるの、座敷童ざしきわらし?子供の頃一遍いっぺんだけ一緒に遊んだんだよね。凧揚たこあげして。」

 徳治とくじがそう言うと、手毬てまり微笑ほほえんだ。どうやら本当らしい。

 「あ、どうぞ。続けて。わしは静かにしていますから。」

 徳治とくじはそう言って、小子しょうこが誰もいないはず自分の隣と会話する姿をながめていた。


 「ここは古くから続く長者ちょうじゃ屋敷やしきなんだ。このあたりでは当主とうしゅ長男ちょうなんぐものだが、この家は違う。箱を使うんだ。魍魎もうりょうの箱だよ。」

 手毬てまり妖怪ようかいらしく、あやしい口調でそう言うと小子しょうこは緊張した面持おももちになった。

 「中にはあやかしが閉じ込められて、しき者なれば、箱はひらき、ただしき者なれば、箱は開かず、ただしき者がこの家の当主とうしゅとなる。それがならわしだった。法事ほうじの後、徳治とくじ跡目あとめを決めるため、箱を使ったんだ。」

 手毬てまりがその日のことを思い出しながら深いため息をついた。

 「徳治とくじの息子三人が箱を開けて、三人共が箱を開けてしまった。」

 「ええ!?」

 小子しょうこが声を上げた。徳治とくじもそれを見て驚いた。

 「出て来たあやかしは私がすぐさまつかまえて箱にぶち込んだよ。この屋敷やしきの中だったら、どうとでもできるさ。」

 手毬てまり小子しょうこ徳治とくじ反応はんのう可笑おかしそうに笑ってそう言った。

 「問題は法事ほうじに来られなかった徳治とくじの娘に箱を開けさせようって話になってからだ。口伝くでんだからね、この屋敷やしきの中でしか箱を開けてはならないってことがけ落ちたんだ。」

 手毬たまりくらい顔をした。

 「箱は長男が持って行くことになって、この屋敷やしきから持ち出した。そして、自宅でまた箱を開けてみたくなったんだろうね。家は全焼ぜんしょうさ。」

 手毬てまりはきっと手を尽くして家人かじんに伝えようとしただろう。それでもどうにもならなかったのだ。

 「全焼ぜんしょうってことは箱もえたの?」

 小子しょうこ手毬てまりに尋ねた。

 「いいや。箱はえない。のろいがかけられているからね。」

 手毬てまりが言った。小子しょうこおびえた顔をした。


 「この家は今じゃ長者ちょうじゃの家として名がれているが、昔は金貸かねかしの家だったんだ。

 当主とうしゅ業突張ごうつくばりで、金の亡者もうじゃだったらしい。その時、まだ私はいないからよくは知らないんだが、一人の呪術師じゅじゅつしに金をしていて、借金しゃっきんかたとしてうるしはこを取り上げたらしい。

 箱には『しきたましいはこの箱をけるべからず』と書いてあったそうだ。当主とうしゅはその箱を開けてあやかしを放ち、屋敷は全焼ぜんしょう一文無いちもんなしになった。

 だが、そこから当主とうしゅは心を入れ替えて、一からまた一財産ひとざいさんきずき上げたんだ。そして、焼け跡から綺麗きれいなまま残った箱を次の当主選とうしゅえらびの道具どうぐとして使った。私が来る前は全財産ぜんざいさんをかけて、次の当主選とうしゅえらびをしていたんだ。正気しょうき沙汰さたじゃないよ。」

 手毬てまりはそう言っておかっぱ頭を横に振った。

 「当主とうしゅは自分をいましめるためのものだったと思っていたが、中にいるのは怨念おんねん化身けしんおにだ。ここへは持ち帰らないでおくれ。」

 手毬てまりはそう言った。やはりつよがっていただけで、手毬てまりの手に余る代物しろものだったのだ。

 「分かりました。それで箱は今どこに?」

 小子しょうこが尋ねた。

 「長男の家から次男の家に渡り、そこでまた全焼ぜんしょう。三男の家に渡っているかと思ったが、ないそうだ。完全に行方ゆくえが分からなくなった。焼け跡から誰かがひろったのかもしれない。」

 手毬てまりはそう言った。

 「こまりましたね。」

 小子しょうこは弱った。


 「どうしたんですか?」

 一人であれこれ喋って、困り顔になった小子しょうこを見て徳治とくじが尋ねた。

 「箱の行方ゆくえが分からないんです。」

 小子しょうこが言った。

 「箱ですか?もしかして当主選とうしゅえらびに使う魍魎もうりょうの箱ですか?」

 徳治とくじが尋ねた。

 「そうです。その箱です。」

 小子しょうこが言った。

 「あれ、本当に中に何かいるでしょう?わしの時はどうやっても箱は開かなかったのに、兄貴あにきたちはすんなりと開いたんだよ。」

 徳治とくじはやっぱりと言いたげだった。

 「中におにがいます。被害が広がる前に探さないといけません。」

 小子しょうこが言った。

 「消防団しょうぼうだんの人の話だと、次男の家の焼け跡で、不審ふしんな男が目撃されているんです。物取ものとりでしょうが、全部燃えてしまったと思っていたので、気に留めていませんでした。もしかしたら!」

 徳治とくじにも事の重大じゅうだいさが分かったようだ。

 「その不審者ふしんしゃを探しましょう。」

 小子しょうこが言った。

 「はい。消防団しょうぼうだんと警察にはわしから連絡して聞いておきます。浅井あさいさんは陰陽師おんみょうじの方法でお願いします。式神しきがみとか何とかいるんでしょう?」

 徳治とくじはどこか嬉々ききとして言った。

 「はい。任せて下さい。」

 小子しょうこは自信たっぷりにそう言った。大きく出たものだ。


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