第三十九章 狐のお手付き

  第三十九章 きつねのお手付てつ


 朝、目覚めると私は何もていなかった。窓辺まどべぎ捨てられた寝巻用ねまき浴衣ゆかたが落ちていた。

 隣には光輝こうきがいた。同じく何も着ていない。昨日何があったかは覚えていた。

 「起きたのか?」

 光輝こうきがそう言って顔を近づけて来た。まどろみ、じゃれつくように手と足もついて来た。

 「もう夫婦だな。」

 私を抱きめながら光輝こうき耳元みみもとささやいた。人間の男のように一夜限いちやかぎりの関係をむすんだという訳ではなさそうだ。

 「私、仕事に行かないと。」

 そう言って、とりあえず問題を先送りにすることにした。

 「そうか。」

 光輝こうきはそう言って手を放した。

 私はこの状況じょうきょう天乙てんおつに見られまいといそいで朝風呂あさぶろに入りに行き、身なりをととのえてりょうの部屋に戻った。そこには光輝こうき天乙てんおつが話し込んでいる姿があった。

 「何を話しているの!?」

 気になって開口一番かいこういちばんそう聞いた。

 「おはよう、小子しょうこ。今後のことについて少しね。小子しょうこきつねのお手付てつきになったから色々いろいろ状況じょうきょうが変わって来たんだ。」

 天乙てんおつ昨夜ゆうべのこと知っていた。

 「話したの!?」

 私は責めるように光輝こうきに言った。男同士おとこどうしで女とたことを自慢じまんし合うあれか?

 「夫婦のいとなみを話すような無粋ぶすい真似まねはしない。」

 光輝こうきすずしい顔でそう言った。

 「窓から丸見まるみえだったよ。」

 天乙てんおつがそう言った。

 「丸見まるみえって・・・」

 一部始終いちぶしじゅう見られていたのか?

 「のぞきとは悪趣味あくしゅみだな。」

 光輝こうきが言った。

 「窓を開けはなしておいて何言っているのさ。」

 天乙てんおつが言い返した。きっと全部見られていた。あながあったら入りたい。

 「小子しょうこ、僕が何年生きていると思う?千年以上生きているんだ。人間の女の裸も、男女のまじわりも見て驚かない。まあ、相手が銀狐ぎんこっていうのはめずらしいか。」

 天乙てんおつ平然へいぜんとそう言った。こっちは見慣みなれているからずかしがることはないとでも言いたいのか。でもそういう問題じゃない。

 「小子しょうこは今、狐臭きつねくさい。」

 天乙てんおつはそう言った。

 「何よ突然とつぜん!?」

 「野狐狩やこがりに行ったわけでもないのにそんなにおいをさせていたら、照月院しょうげついんの他の陰陽師おんみょうじ小子しょうこきつねたぶらかされているとあやしむ。なるべく他の陰陽師おんみょうじに会わないで。」

 天乙てんおつはいつもの仕事をこなすように淡々たんたんと言った。

 「分かりました。」

 思わず敬語けいごになってしまった。

 「銀狐ぎんこは・・・」

 天乙てんおつはそう言って光輝こうきにも指示しじを出したがったが、銀狐ぎんこと目が合うと止めた。

 「銀狐ぎんこは僕の担当ではないので、小子しょうこがしっかり手綱たづなにぎって。」

 天乙てんおつは私にげて来た。一体どうやって?

 この状況じょうきょうはまるで拷問ごうもんだ。


 「小子しょうこ、今日は仕事に行くのだろう?俺もついて行く。」

 光輝こうきが言った。ダメだ。もう早速さっそく手綱たづなにぎれそうにない。

 「私の仕事なんだから、光輝こうきはついて来なくていい。」

 私はそう言った。

 「妻が危険な仕事に行くのだ。夫が身をあんじてついて行って何が悪い?」

 話がつうじない。

 「妻って・・・」

 『結婚なんてしてないでしょう?』と私が言おうとしたところで天乙てんおつが口をはさんだ。

 「きつね一夫一妻いっぷいっさい。一度つがいになったら相手を変えない。昨夜ゆうべのことでつがいは決まったんだ。知らなかったの、小子しょうこ勉強不足べんきょうぶそくだよ。」

 天乙てんおつが言った。ぐうのない。


 「それで今日はどこへ行くんだ?」

 光輝こうきが尋ねた。

 「出張しゅっちょうが入っているの。唐津からつへ行く。何日か滞在たいざいする予定で、仕事が済んだら阿修羅王あしゅらおうの墓も探す予定。」

 私はしぶしぶ旅程りょていつたえた。

 「唐津からつか。なつかしいな。」

 光輝こうきはそうつぶやいた。

 「行ったことがあるの?」

 「ああ。あの辺りは根城ねじろにするきつねとして生まれた。」

 光輝こうきはそうかたった。私は光輝こうきのことを何も知らなかった。


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