第二十七章 太陰と天后

  第二十七章 太陰たいいん天后てんこう


 十二神将じゅうにしんしょうの中で鬼女きじょは私と天后てんこうだけだった。十二人もいるのにたったの二人。しかも仲はあまり良くなかった。最後には阿修羅王あしゅらおう封印ふういんされるはずだったつぼに私が封印ふういんされるという始末しまつだった。天后てんこうにはしてやられた。

 女同士おんなどうし仲良なかよしこよししたかったわけではないが、もう少しマシな付き合い方をしていれば、結果は違ったのだろうかと時々考えたりする。


 特に小子しょうこと一緒にいるとそう思う。女同士でつるむのも悪くはない。他愛無たわいないいおしゃべりをして、顔を合わせるだけですごく楽しい。

 今日もいつものように幽世かくりよにある小子しょうこ屋敷やしきを訪れ、客間きゃくまあたたかいお茶と砂糖菓子さとうがしでもてなされ、くつろいでいた。

 輝明てるあきには貴人たかとがついているし、やはり私は小子しょうこ式神しきがみになって、ここでらしてもいいんじゃないかと思う。そんな冗談じょうだんを言って、小子しょうこわらわせていた。庭で傍耳そばみみを立てていた銀狐ぎんこわらっていなかったが。


 玄関先げんかんさきみょう気配けはいがした。真っ先に庭にいた銀狐ぎんこが気づいた。

 「小子しょうこ太陰たいいんとそこにいろ。」

 銀狐ぎんこするど口調くちょうで言った。さっきまで笑っていた小子しょうこは驚いて目をまるくした。

 「大丈夫だ。小子しょうこ。私がついている。」

 私はそう言って小子しょうこそばに身を寄せた。小子は非力ひりきな人間だ。何かあれば私が身をたてにして守る。そのこころづもりだった。


 玄関先げんかんさきの会話は客間きゃくまにも聞こえた。

 「頼む。助けてくれ、銀狐ぎんこ。この通りでだ。」

 女の声だった。聞き覚えのある声の気がした。誰だっただろうか。

 「このままでは輝明てるあき封印ふういんされてしまう。どうかこの通りだ。」

 女は必死に頼み込んでいる様子だった。しかも輝明てるあき封印ふういんされてしまうとな。これは聞き捨てならない。

 「お前にやったんだ。お前が責任を持て。今更返すとはムシが良すぎる。」

 銀狐ぎんこは突っぱねたようだ。

 「頼む。この通りだ。」

 女は引き下がらなかった。根性こんじょうがある。どんなつらなのかおがんでやろうと、客間きゃくまからそっと玄関先げんかんさきのぞいた。にわかには信じられなかったが、間違いなく天后てんこうの姿があった。私をつぼに閉じ込めた天后てんこうだった。


 「太陰たいいん、大丈夫?」

 どんな顔をしていたのか分からないが、小子しょうこが心配して声をかけてきた。

 「小子しょうこ、ここに居てくれ。」

 私はそう言うと、客間きゃくまを出て玄関先げんかんさきに向かった。歩いて来る私の姿を見て、天后てんこうの表情がくもった。天后てんこうの腕の中にはあの日見た阿修羅王あしゅらおうくびがあった。

 「まるであの日に戻ったようではないか。」

 私はそうつぶやいた。

 「太陰たいいん・・・。」

 天后てんこうは気まずそうな顔をしていた。

 「どのつら下げてここへ来た?私の前に現れなければ命拾いのちびろいしたものを!」

 そう言って私は天后てんこうの長い髪をつかんだ。天后てんこう苦痛くつうに顔をゆがめながらも、決して抵抗ていこうしなかった。阿修羅王あしゅらおうの首を大事だいじそうにかかえて苦痛くつうえた。

 「そいつはずっと貴人たかとけていたそうだ。」

 銀狐ぎんこが言った。

 「え?」

 「貴人たかとけて、安倍晴明あべのせいめい看取みとり、翡翠邸ひすいていでお前たち十二神将じゅうにしんしょうの帰りを待っていたそうだ。」

 銀狐ぎんこがそう続けた。私はつかんだ天后てんこうの髪を離した。

 「どいうことだ?お前は貴人たかとなのか?」

 私が尋ねると、あの美しく天女てんにょのようだった天后てんこう無様ぶざまにもうなだれながら話し始めた。

 「清明せいめい様が阿修羅王あしゅらおうと対決したあの日、私は貴人きじんと入れ替わった。貴人きじんとして最後まで清明せいめい様に仕え、翡翠邸ひすいていを守りながら仲間の帰りを待った。太陰たいいんが私にけた貴人きじん封印ふういんされていたなんて知らなかったんだ。」

 天后てんこうは言い訳がましくもそう言った。

 「じゃあ、何故再会した時にそう言わなかった!?」

 「太陰たいいんが私をうらんでいたから言えなかった。元々私たちはあまり仲が良くなかったし・・・」

 天后てんこうがうつむいたままそう言った。確かに二人きりだったら、殺し合いになりかねなかったか。

 「その首は何だ?阿修羅王あしゅらおうの首だろう?あの日、お前と一緒に消えた。」

 裏切り者の証拠ともなる阿修羅王あしゅらおうの首をして言った。いかにもという証拠を持ち歩くような馬鹿ばかだとは思えないが、持っているのだから訳を聞かせてもらうしかあるまい。

 「これは輝明てるあきだ。わなめられた。輝明てるあきは何も悪くない!」

 そう言って天后てんこうはオイオイと泣き始めた。あの気位きぐらいの高そうな天女てんにょの姿はどこにもなかった。


 「輝明てるあきなの?その首が・・・?」

 小子しょうこ客間きゃくまから出て来てしまった。

 「小子しょうこ客間きゃくまにいろ。」

 銀狐ぎんこが言ったが、小子しょうこには聞こえていなかった。

 「輝明てるあきなの?」

 小子しょうこいかけると、阿修羅王あしゅらおうの首は答えた。

 「母さん、ごめん。こんな姿になって。悲しむのは分かっていたけど、こうするしかなかった。だってそれがあるべき姿だから。私が先にうばったから、返さないと・・・」

 そう言って阿修羅王あしゅらおうの首はすすり泣いた。

 銀狐ぎんこはついにれて天后てんこう阿修羅王あしゅらおうの首が屋敷やしきに上がるのを許可きょかした。


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