第二十六章 鬼の首争奪戦

  第二十六章 鬼の首争奪戦くびそうだつせん


 稽古場けいこばゆかに鬼のくびがドンと音を立てて落ちた。志賀しが様がノーマンかけていたじゅついたのだ。阿修羅王あしゅらおうに体をやるつもりはないようだ。

 私はただその光景こうけい稽古場けいこばすみで見ていた。ようやくにんかれ、もと天后てんこうの姿に戻って、再びかつての仲間とあるじめぐり合え、うれしいはずなのに・・・。心の奥底おくそこちがう!とさけんでいる自分がいた。一体何が違うというのか?

 頭の中には晩年ばんえん清明せいめい様と過ごした日々とこれまで輝明てるあきと一緒に過ごして来た日々がチラついていた。

 違う!心の奥底おくそこの声がほのおのように燃え上がるのを感じた。


 「天后てんこう、何をしている!?」

 天乙てんおつが私をめるように尋ねた。気が付けば私は阿修羅王あしゅらおうくびを抱えて立っていた。

 「天后てんこう阿修羅王あしゅらおうの首をこちらへ。」

 輝明てるあきの顔をした清明せいめいが言った。

 「私に命令めいれいするな!主従しゅじゅうえんはとうに切れている!」

 私は清明せいめいに向かってそう叫んでいた。

 「・・・」

 清明せいめいは私の裏切りに驚いてか、言葉を失った。

 「私が心を通わせていたのは晩年ばんねん清明せいめい様!清明せいめい様に化けた阿修羅王あしゅらおう!お前ではないわ!」

 私はそう言ってやった。むねがスッとした。私は全速力で阿修羅王あしゅらおうの首を抱えて稽古場けいこばから飛び出した。全盛期ぜんせいき天乙てんおつならいざ知らず、清明せいめいの世話にかかりきりで、体がなまっている天乙てんおつなら、翡翠邸ひすいていを守るために強くなった私のてきではない。


 だが、私の行く手をはばんだ者がいた。輝明てるあきの姿をした安倍晴明あべのせいめいだ。清明せいめいは私に向けてじゅつはなった。蜘蛛くものようにり巡らされた結界けっかいらわれてしまった。

 「大人しく、そのくびわたすんだ。」

 清明せいめいが言った。輝明てるあきはすでに当代とうだい最強さいきょう陰陽師おんみょうじだった。翡翠邸ひすいていの誰も輝明てるあきかなわなかった。その体を手に入れ、清明せいめいの術を使われたら、いくら強くなったとはいえ、調伏ちょうふくされかねない。

 私は清明せいめい対決たいけつするのをけ、無理むりやり蜘蛛くものような結界けっかいを引きちぎった。そのせいで、私の体はボロボロにきずついたが、輝明てるあきの首だけは守った。

 清明せいめいはすぐさま別のじゅつ仕掛しかけて来た。翡翠邸ひすいていおおう大結界だいけっかい。中からも外からもあやかし侵入しんにゅうを許さない強力きょうりょくなものだった。その昔、百鬼夜行ひゃっきやこう対策としてみ出されたじゅつだったが、霊力れいりょく消耗しょうもうはげしく、全盛期ぜんせいきころしか発動はつどうできなかった。有り余る輝明てるあき霊力れいりょくを使って今再び使ってきたのだ。


 「結界けっかいれれば体がえるぞ。」

 清明せいめいは私に向かってそう言った。当然とうぜんそんなことは知っている。昔見たことがあるのだから。

 私にはこの結界けっかいやぶり方に見当けんとうがついていた。この結界けっかいは大きい分、一点集中攻撃いってんしゅうちゅうこうげきに弱いのだ。そしてそれができるのは私だけ。

 私の天后てんこうという名は十二神将じゅうにしんしょうの一人としてむかえられる時に清明せいめいがつけた。水をつかさど女神めがみの名前だと言っていた。その名に相応ふさわしく、私は水辺みずべで生まれたおにであり、水をあやつることを得意とくいとしていた。こんな結界けっかいで私の体はきたりしない。

 「もう昔の天后てんこうではない。こんな結界けっかい破ってみせる!」

 そうおのれ鼓舞こぶするようにさけんで、結界けっかいんで行った。清明せいめいが言っていた通り、体中が燃え、全身がけただれた。両手で抱えた輝明せいめいの首も無傷むきずという訳にはいかなかったが、何とか結界けっかいやぶり、難関なんかん突破とっぱした。


 私は一目散いちもくさん小倉山おぐらやまを目指した。

 小倉山おぐらやまふもとにある輝明てるあき下宿先げしゅくさきにはいつものようにトシ子さんと柑子こうじがいた。

 「柑子こうじ!いますぐ幽世かくりよ銀狐ぎんこのところに行く。ついて来てくれ!」

 宿に入るや否や、台所でトシ子さんの手伝いをしている柑子こうじに向かって叫んだ。

 「もしや、貴人たかとか?女子おなごけているのか?それにしても何という格好かっこうだ。ボロボロではないか。」

 柑子こうじが不思議そうに尋ねた。

 「説明している時間はない。追手おってがすぐそこに来ているかもしれないんだ!」

 私は柑子こうじき立てた。

 「貴人たかと、悪いが一緒には行ってやれぬ。この柑子こうじ神聖しんせいきつねゆえ、幽世かくりよ邪気じゃきに弱いのだ。もう少し修行しゅぎょうまねば越えられぬのだ。」

 「そんな!?」

 私一人で幽世かくりよ銀狐ぎんこと渡り合えるだろうか?

 「ところで、その抱えているものは何だ?」

 柑子こうじが尋ねた。

 「輝明てるあきだ。」

 私は迷ったが真実しんじつを伝えた。

 「輝明てるあき!?」

 柑子こうじは飛び上がって驚いた。

 「何故なぜこのような姿に!?」

 柑子こうじあわれれといわんばかりだった。台所の奥でトシ子さんも心配そうにこちらに視線しせんを送っていた。

 「説明せつめいあとで。柑子こうじ、少しの間輝明てるあきを見ていてくれ。私は輝明てるあきの部屋に行って、うでを取って来る。」

 「腕?」

 柑子こうじが首をかしげていたが、私はそう言うと、食堂しょくどうのテーブルの上に輝明てるあきの首を置いた。

 「輝明てるあき、このようにあわれな姿になって・・・。一体何があったというのだ?」

 柑子こうじ輝明てるあきの首に話しかけるのを後目うしろめ階段かいだんをかけ上がり、うでを取りに行った。

 輝明てるあき具合ぐあいが悪いのか、戦闘中せんとうちゅう、一度も口を開かなかった。心配しんぱいだった。


 輝明てるあきの部屋に入ると衣装いしょうタンスの一番下の引き出しから阿修羅王あしゅらおううでを取り出した。からびてミイラ化していたが、何かの役に立つかもしれないと思った。

 再び階段を駆け下りると、柑子こうじがスンスンときつねのように泣いていた。

 「輝明てるあき立派りっぱだ。きっと銀狐ぎんこ様はお見捨みすてにはならなぬ。何より、奥方おくがた様がだまってはおるまい。」

 柑子こうじ輝明てるあきにそう話しかけていた。

 「話しているところ悪いが、もう行く。」

 私はそう言いながら、輝明てるあきの首を抱えた。

 「輝明てるあきのことを頼んだ。貴人たかと。」

 柑子こうじが言った。

 「私の本当の名は天后てんこうというんだ。」

 私はボロボロのなりで、そう格好かっこうをつけて幽世かくりよに向かって飛び去った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る