第二十五章 空蝉返し

  第二十五章 空蝉返うつせみがえ


 良太りょうた行方ゆくえをくらませたと、良太りょうた叔父おじ柿山かきやまさんから聞いてから、手掛てがかりをつかもうと、わらをもすがる気持ちで魔鏡まきょうながめていた。

 良太りょうたも私も中学ちゅうがく卒業そつぎょうしたばかりで、まだ十五歳。そう遠くへは行っていないはず。ちょっとした家出で、すぐに戻って来る。そう思っていた。

 魔鏡まきょうは私がのぞんでいるものをうつしてはくれなかった。代わりに、私の正体しょうたいうつした。


 私は安倍晴明あべのせいめいの生まれ変わりではない。皆が言うように、皆がそう信じているように安倍晴明あべのせいめいの生まれ変わりであったなら、どんなに良かっただろう。

 私の正体しょうたいは鬼だ。安倍晴明あべのせいめい封印ふういんされるはずった阿修羅王あしゅらおうなのだ。

 天乙てんおつが語っていたように、私は安倍晴明あべのせいめいと自分の体を入れ替え、生きびた。晩年ばんねん安倍晴明あべのせいめいよそおい、一生を終え、輪廻転生りんねてんしょうに乗り、再び生まれ変わった。その間、本物の安倍晴明あべのせいめいは首一つの姿になって、右往左往うおうさおうしていたというのに。


 全ては私の罪。魔鏡まきょうはノーマン先生、天乙てんおつ、そして今日会った志賀しが様の三人が私をわなおとしいれようと計画しているのをうつし出して知らせてくれたが、えて何もしなかった。

 あの日、迎えるべき最後を今迎える。そう決心した。


 三人の計画はこうだ。私とノーマン先生の体を入れ替え、それから阿修羅王あしゅらおうの首の姿になった私を封印ふういんする。それはもう二度と母さんや父さん、良太にも会えないということだった。


 「輝明てるあき、十七歳の誕生日おめでとう。約束したよね?」

 天乙てんおつが鬼の残忍ざんにん本性ほんしょうかくし切れずに話しかけて来た。

 「十二の誕生日に、私が天乙てんおつ調伏ちょうふくしたら、天乙てんおつが私の式神しきがみになって、私が負けたら、天乙てんおつが私をうって、あれ?そっちが一方的にした約束でしょ?」

 私はらえられ、身動みうごきできない状況じょうきょうだったが言い返した。

 「そうだね。僕も鬼の首なら一口味見するだけでいいや。僕からの贈り物は阿修羅王あしゅらおうの首だね。誕生日おめでとう、輝明てるあき。そしてさようなら。」

 天乙てんおつ薄気味悪うすきみわるい嫌な笑みを浮かべた。

 「天乙てんおつき込まれるといけない。はなれなさい。」

 志賀しが様が言った。どうやらそろそろ始まるらしい。

 「輝明てるあき!輝明ぃっ!」

 突然ノーマン先生が私の名前を呼んで叫び出した。

 「君は本当に、阿修羅王あしゅらおうなのか!?僕たちの間違いじゃないのか!?」

 ノーマン先生はそう言った。これには天乙てんおつ志賀しが様も驚いた。ノーマン先生は土壇場どたんばになって不安になったのだろう。誰が誰の生まれ変わりかなんて、簡単には分からない。魔鏡まきょうを使ったって、気まぐれで、知りたいことをうつしてくれるとは限らない。前世ぜんせきずなえにしだけが手がかりなのだ。

 「先生!私は阿修羅王あしゅらおうの生まれ変わりだよ!魔鏡まきょうで見たから間違いない!ごめんね、ずっと辛い思いさせて!来世らいせでは違う出会い方したいね、先生!」

 私はそうノーマン先生に向かって叫んだ。ノーマン先生は見ているこちらの胸が痛むくらい悲痛ひつうな表情で泣いていた。ちょっと気弱そうで、優しい先生。ありがとう。


 「阿修羅王あしゅらおうよ、お前に来世らいせはない!」

 志賀しが様がそう叫んだ。そして手でいんを結び、もう一度叫んだ。

 「空蝉返うつせみがえし!」

 次の瞬間首から下の感覚がなくなった。急に目線が低くなって、さっきまで視線の向こうにはノーマン先生がいたのに、今はいつも鏡に映る自分の姿があった。

 大呪術空蝉返だいじゅじゅつうつせみがえしは成功したようだ。

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