第二十八章 柿山

  第二十八章 柿山


 天后てんこうがとぼとぼと阿修羅王あしゅらおうの首を抱えて客間きゃくまに入ったと同時に、予期せぬ来訪者らいほうしゃがあった。

 「ごめんくださーい。」

 知っている声だった。柿山かきやまという男だ。昔、小子しょうこ野狐やこおそわれた時に一緒に助けた男だ。あの時、見殺しにしておくべきだったか。

 「今立て込んでいる。出直でなおしてくれ。」

 玄関の戸を開けずにそう言った。

 「鬼の生首なまくび姿になった輝明てるあきちゃん来てないですかね?」

 柿山かきやまが言った。黙って玄関の戸を開けると、そこには柿山かきやまと小汚い坊主姿ぼうずすがた良太りょうたあやしげな鬼の女が立っていた。この鬼が二人を幽世かくりよに連れて来たのだろう。

 「皆、中に入っていいですか?」

 柿山かきやまが尋ねた。

 「ああ。入れ。」


 三人は俺の後に続いて客間に入って来た。良太りょうたの姿を見つけると、阿修羅王あしゅらおうの首の姿になった輝明てるあきが反応した。

 「良太りょうた!」

 良太りょうた天后てんこうの腕の中にいる輝明てるあきを見るとあわれんだ。

 「ごめん。助けようとしたんだけど、間に合わなかった。」

 良太りょうたはそう言った。輝明てるあきは何も言わなかった。

 「銀狐ぎんこ、こんな時に部外者ぶがいしゃ屋敷やしきに入れたのか?」

 太陰たいいんが責めるように俺にみついて来た。

 「いやいや、俺たちは部外者ぶがいしゃって訳じゃないんだ。秘密裏ひみつりてき動向どうこうを探ってたんだ。」

 柿山かきやま太陰たいいんに言った。

 「敵?」

それでも太陰たいいん納得なっとくせず、柿山かきやまにらみつけた。

 「まずは自己紹介じこしょうかいと行きましょうか。俺は柿山かきやまと言いまして、斬鬼士ざんきしをしています。こっちはおいっ子の良太りょうた。今、斬鬼楼ざんきろうを飛びだして各地を放浪中ほうろうちゅう。それでこっちがシスルナ・ハテルナ姉妹のハテルナ。輝明てるあきちゃんとは一応・・・一度面識があるとか・・・」

 柿山かきやまが最後言葉をにごした。

 「あっ。」

 輝明てるあきが何かを思い出したようにそう声をはっした。

 「僕が輝明てるあきを殺そうとした時に一緒にいた鬼だよ。」

 良太りょうた輝明てるあきに向かって言った。良太りょうた輝明てるあきを殺そうとしていたとは初耳はつみみだった。小子しょうこは驚いて、目をつり上げて怒っていた。

 「まあまあ、落ち着いて。じゅんを追って話すから。良太りょうた先走さきばしって余計よけいなことは話すな。」

 柿山かきやまあせってりなした。


 「まずは大昔、安倍晴明あべのせいめい阿修羅王あしゅらおうが対決したところからおさらいしようか。」

 柿山かきやま調子ちょうしを取り戻して話し始めた。

 「安倍晴明あべのせいめいに負けて封印ふういんされそうになった阿修羅王あしゅらおうすんでのところで清明せいめいと体を入れ替えてそれをのがれた。阿修羅王あしゅらおうはその後、安倍晴明あべのせいめいとして生きて寿命じゅみょうを全う。それから輪廻転生りんねてんしょうして生まれ変わったのが輝明てるあきちゃん。一方の清明せいめい阿修羅王あしゅらおうの首だけの姿になって、天乙てんおつと共に行方ゆくえをくらませた。その時、十二神将じゅうにしんしょうの裏切りを恐れた天乙てんおつ太陰たいいんつぼ封印ふういんし、天后てんこう貴人きじんの姿にけさせて翡翠邸ひすいていほうじた。以来いらい太陰たいいん浅井あさいつぼを見つけるまで閉じ込められ、天后てんこうは今日まで十二神将じゅうにしんしょう主将しゅしょう貴人きじんえんじ続けた。」

 太陰たいいんつぼに閉じ込められた日々を思い出して、身をふるわせた。

 「安倍晴明あべのせいめい天乙てんおつ彷徨さまよった末に志賀しが様の協力を得て、ノーマンという体を手に入れた。それでもやっぱり本物の人間の体を取り戻したかった清明せいめい輝明てるあきちゃんと体を入れ替えることを画策かくさくした。そこで登場するのがシスルナ・ハテルナ姉妹。良太りょうたを使って輝明てるあきちゃんの暗殺あんさつしようとした。姉妹たちの目的としては輝明てるあきちゃんを一旦、輪廻転生りんねてんしょうに戻して、体の入れ替えを阻止そししようってことだったんだ。一応助けようとしてたんだね。でも、暗殺あんさつに失敗。その上意見の食い違いから姉妹はケンカ別れ。事態じたいは悪い方向へ。」

 柿山かきやまは深いため息をついた。

 「ハテルナの姉、シスルナが志賀しが様についた。」

 柿山かきやまがそう言うと、ハテルナは申し訳なさそうに肩をすくめた。

 「志賀しが様は不老不死ふろうふしを望んでいる。禁術きんじゅつを研究して実現しようとしていたことはうわさになっていたんだ。そしてついに空蝉うつせみの術でそれが可能だと分かってしまった。体が老いたら他の体に乗り換えたらいいんだ。体は人間でもあやかしでもいい。そう例えば鬼の王と呼ばれた阿修羅王あしゅらおうの体とかね。」

 その場にいる誰もがゾッとした。

 「志賀しが様の目的は阿修羅王あしゅらおうを復活させて、自分がその体を乗っ取ることだ。シスルナはそれを知りながら、志賀しが様に協力している。シスルナにとって、中身よりも器の方が大事ということだろう。」

 柿山かきやまもおぞましいと言わんばかりに首を横に振った。

 「現状はこちらにとって有利だ。清明せいめいが元の人間の体を取り戻して、志賀しが様の協力を必要としなくなった。二人の関係は切れたんだ。当代きっての陰陽師おんみょうじがタッグを組んでおそって来ることはない。ただそのために輝明てるあきちゃんには大きな犠牲ぎせいを払わせてしまった。」

 柿山かきやまはそう言うと、鬼の生首なまくびになってしまった輝明てるあきを見た。

 「本当にすまない。」

 「ううん。言ったじゃないですか。未来を知っているって。分かっていてこうなったんです。因果応報いんがおうほうってやつですよ。私がうばったから、今になってうばい返されたんです。」

 輝明てるあきはそう言った。人間とは思えないいさぎよさだと思った。

 「で、ここからが重要なんだが、これから長い長い戦いになる。志賀しが様きっと死なない。空蝉うつせみじゅつを使って誰かに乗り移り、現世げんせとどまるだろう。そして阿修羅王あしゅらおうの墓をあばき、鬼の体を手に入れようとする。俺たちはそれを阻止そししなくちゃいけない。志賀しが様が最後に狙うのは阿修羅王あしゅらおうの首、輝明てるあきちゃんなんだから。きっと、人間の俺らは戦いが終わる前に寿命じゅみょうきて死ぬ。だから、どうか頼む。生まれ変わったら戻って来るから。どうかそれまで輝明てるあきちゃんをあやかしの皆で守ってやってくれ。」

 柿山かきやま感動的かんどうてき演説えんぜつはその場にいた全員の心を打った。俺も輝明てるあき庇護下ひごかに置くことにやぶさかではない。家を出たとはいえ、娘なわけだし。だが、赤の他人からこう頼まれると腹が立つ。それに人間の争い事に巻き込まれるのは厄介やっかいだとも思った。


 「光輝こうき、私が死んで生まれ変わったら見つけてくれる?」

 小子しょうこ唐突とうとうにそう言って来た。答えは決まっている。

 「ああ。必ず。必ず見つける。」

 そう答えると小子しょうこは俺の手を握って微笑ほほえんだ。

 「輝明てるあきは俺が面倒めんどう見る。心配するな。」

 そう言うと、すかさず天后てんこうが頭を下げて言った。

 「どうか私も輝明てるあきのそばにいさせて下さい。」

 するとハテルナも両手をついて頭を下げて言った。

 「わ、私もきみのおそばに!」

 ハテルナは輝明てるあきのことをきみと呼んだ。一体阿修羅王あしゅらおうとはどういう間柄あいだがらなのだろうと疑問に思った。

 「お前は一体何者だ?なぜ阿修羅王あしゅらおう執着しゅうちゃくする?」

 「私は鬼のさとから参りました旅の薬師くすしです。阿修羅王あしゅらおうは鬼の里に生まれし、鬼の王。里の者なれば、きみあおぐのは当然のこと。」

 ハテルナはそう答えた。そんな里があるとは聞いたことがないが、裏切って小子しょうこ輝明てるあきに害をなす度胸どきょうがあるとは見えなかったので、この鬼の女も置いてやることにした。

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