第十章 夜叉姫
第十章
突然の私の来訪に
「
「今日はお話があって参りました。」
「何かしら?」
尼寺の庭に面した一室で向かい合って座った。
「
すぐにそう切り出した。早い方がいい。
「どうしたの?随分と急ね。何かあったの?」
「結婚が決まったので京都を離れます。元々ここは私の故郷ではありませんし。」
「あら、やっぱりいい人がいたのね。」
もし本当のことを言ったら比丘尼様は何と言うだろうか。
「どんな人なの?」
「優しい人です。故郷で私と一緒に暮らしたがっているんです。」
「そう。」
本当は誰かに相談したかった。
「お仕事は?」
「民俗学者です。」
「まあ、
「はい。」
「
「いいえ。別の仕事を探そうと思います。」
「そう。」
「ではこの尼寺にある
「はい。大したものはありませんので、今日中に終わると思います。」
私は長年過ごして来た自分の部屋に行った。
高校生の頃からここに住んでいた。四畳半しかない物置のような狭い部屋だが、不便だとは思わなかった。仕事柄出張が多くて、ここへはほとんど戻って来なかったし、私物と言えるものもなかった。趣味もなく、音楽も聞かなければ、本も読まず、絵も描かなかった。何もない部屋だった。この部屋に戻って来るよりも、どこか分からない
ちょうど日が暮れた頃に片付けが終わった。片付けと言っても持ち帰るものはほとんどなく、調度品の手入れと掃除をして終わった。
「
背筋が凍った。
私の気配に鬼も気が付いただろうか。そんなことを頭の中で考えていると、背後に殺気を感じた。息ができなかった。
「妙な匂いだが、やはり人間だな。」
知らない女の声がした。鬼だ。鬼女だ。おそらくこれが
「・・・・」
「
着物の裾を引きずる衣擦れの音が聞こえた。
「・・・・」
「お前を殺しては面倒だ。私の気が変わらない内に早く出てお行き。」
「や、
「そうさ。探し物をしていてな。今尼たちに手伝わせている。お前は見逃してやるから早くお行き。」
私は
「・・・お前は馬鹿だな。」
せめて一太刀でも。そう思って
次の瞬間には宙に放り出されていた。中廊下にいたはずだった。
意識が
『
聞こえないはずの耳に声が聞こえた。いや、頭の中で声がした。悲鳴のような助けを求める声だった。また誰か
『私の
声の主はすぐ側にいるようだった。
「
『
頭に大きな声が響いた。
手に触れたものが
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます