第八章 蜜月の終わり

  第八章 蜜月みつげつの終わり


 夜な夜なこうさんと小倉山おぐらやまやしろに行って、その後狂ったように愛し合った。もはや陰陽師おんみょうじとしての自分の仕事を忘れかけていた。ただこうさんが来る夜が待ち遠しくて、一緒に目覚める朝がこの上なく幸せだった。

 両親とは疎遠で、友人も恋人もなく、今まで誰かに愛情のすべてを注がれたことはなかった。そして自分もまた誰かに愛情を注いだことはなかった。そんな私が愛し愛される喜びを知る日が来るなんて奇跡としか思えなかった。


 「明日、定例会議があるので翡翠邸ひすいていに行って比丘尼びくにに会ってきます。この骨壺こつつぼのことを相談しないと。」

 布団の上に座ってそうこうさんに伝えた。

 「早いものだ。もう一月経ってしまったのか。」

 縁側えんがわで庭を眺めながらこうさんがつぶやいた。

 「トシ子さんの依頼の件が終わっていないのでまた戻って来ます。」

 「うん。早く戻っておいで、小子。」

 そう言うと布団に上がって来た。こうさんはいつの間にか小子しょうこと呼ぶようになった。自然にそう呼ぶものだから、違和感なく受け入れたけれど、私の方はこうとまだ呼び捨てにはできなかった。


 「小子しょうこ、おいで。」

 「こうさん。」

 そう言って広げられた腕に飛び込んだ。

 「今度は違う呼び方がいい。」

 こうさんがささやいた。

 「うん。」


 恥ずかしそうにそう頷くと、いつもの愛撫が始まった。布団の上に横たわった瞬間から、期待で胸が膨らんだ。

 いつも丁寧に官能かんのうを刺激して、指の先からつま先まで全身の感度かんどを最大限に上げてくれる。恐ろしく記憶力が良くて、一度でも声を上げたツボは正確に覚えていた。その一つ一つを刺激される内に、私はすっかり夢見心地ゆめもここちになって、気が付くと吸い寄せられるようにこうさんの腰に足をからませていた。そして快楽かいらくの波に合わせて、体をらせ、腰を揺らし、突き上げて来る快感かいかんに身をふるわせた。


 法悦ほうえつの瞬間、いつもなら目を閉じて半分夢の中にいたが、この夜は翌日に翡翠邸ひすいていへ行くという緊張感から冷静だった。いつも全く息が上がらないこうさんの息遣いが荒く、吐いた息が胸にかかった。

 どんな顔をしているのだろうと、うっすら開けた目に飛び込んできたのは、恍惚こうこつとした表情と光る目だった。獣の目だった。あの妖と同じ。


 「こう・・・き」

 「名前を呼んでくれたね。小子しょうこ。」

 「いや・・・」

 「どうした?」

 「やめて。」

 「まだ朝になってない。」

 「こう・・・」

 涙がこぼれた。私が愛していたのは幻だった。

 「小子しょうこ。俺の妻。」

 名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、こうは、いや、こうという男に化けたきつねは一層激しく腰を動かし、私の体に種をいた。朝が来るまで何度も続いた。あやかしを前にして恐怖を感じていたが、体を上から抑えられて身動きが取れず、逃げることすらできなかった。ただきつねに身を任せ、愛撫を受けながら朝を迎えた。


 外が白やんだ頃、気を失うように眠っていた。目を覚ますと、横にはいつものようにこうが寝ていた。いつもと同じ風景だった。昨晩見た光景は夢だったのだろうか。何だか疑わしく思えた。

 「小子しょうこ、目が覚めた?」

 こうがいつものように、私を抱き寄せながら言った。人間の腕だ。妖気ようきも感じられない。やはり夢だったのだろうか。

 「うん。」

 確かめるのが怖かった。目の前の幸せが逃げて行く気がして。私は夢でも見たのだろうと何も見なかったことにして、いつものようにこうに擦り寄り、その胸に顔をうずめた。


 翡翠邸ひすいに行くため、昼過ぎに旅館を出た。こうは引き留めたかったようだ。眼鏡の向こうの瞳がそう訴えていた。その視線に私は背を向けた。


 翡翠邸ひすいていの門をくぐると、中が慌ただしかった。屋敷に上がって廊下を歩いていると見知った顔があった。柿山かきやまさんだ。野狐に山で襲われて以来だった。休暇を終えて復帰したようだ。元気そうで良かった。

 「柿山かきやまさん。」

 声をかけた。

 「浅井あさいか!?」

 柿山かきやまさんは幽霊かくりよにでも会ったかのように驚いた。

 「良かった。本当に生きていたんだな。」

 向こうも同じことを思っていた。

 「今日は何だか様子が慌ただしいですね。何かあったんですか?」

 柿山かきやまさんに尋ねた。

 「夜叉姫やしゃひめが出たんだ。ただ今回は生き残りが一人だけいて、その証言で夜叉姫やしゃひめの狙いが分かったんだ。」

 柿山かきやまさんがそう教えてくれた。

 「俺も詳しくないんだが、骨を探しているらしい。」

 「骨?」

 全く聞いたことがなかった。


 「大昔にいた鬼の王の骨らしい。何で探しているのかはまだ分からないんだが。納骨堂のうこつどうや墓場に案内させてあさるんだと。」

 柿山かきやまさんが気味悪そうにそう続けた。私はかばんの中に入っている骨壺こつつぼのことが頭に浮かんだ。時期が悪い。夜叉姫やしゃひめ納骨堂のうこつどうや墓場を荒らし回っている中、この骨壺を比丘尼びくに様の元へ持って行く訳にはいかない。もうしばらく手元に置いておくか。


 「そういえば、浅井あさいはまた狐狩きつねかりしているらしいな。」

 柿山かきやまさんは可笑おかしそうに言った。

 「はい。」

 「よっぽどきつねに縁があるんだな。きつねに襲われて、さらわれて、また退治しに行って。もう専門家だな。」

 悪気のない冗談のつもりだろうが、笑えなかった。

 「ずいぶん頑張っているみたいだが、手こずってるのか?浅井かあさい、ものすごい狐臭きつねくさいぞ。プンプンにおいがする。」

 「狐臭きつねくさい?私がですか?」

 また柿山かきやまさんの冗談だろうか?私がきつねに接触したのは最初の一日目だけで、それ以降、柑子こうじと名乗るきつねは姿を現さなくなった。そして柑子こうじは宣言通り、私の滞在中に悪さをしなかった。そんな私が狐臭きつねくさい訳ない。そもそも私自身全くきつねにおいなんて感じていない。

 「自分で分からないのか?もしかしたら、幻術か何かかけられているのかもな。」

 柿山かきやまさんはそう言った。蓋をしたはずの疑惑が、溢れ出てこようとしていた。

 「良い物をやろう。元相棒への餞別せんべつだ。」

 そう言って柿山かきやまさんは小刀こがたなを差し出した。

 「破魔小刀はましょうとうだ。護身用ごしんように使ってくれ。野狐やこに襲われた時、助けに来てくれてありがとうな。」

 柿山かきやまさんはそう言って笑った。良い先輩だった。


 柿山かきやまさんと別れた後、会議を終えて出てくる比丘尼びくに翡翠邸ひすいていの中庭で待った。待合室もあったが、人が多くて居心地が悪かった。ここの方が落ち着く。風で木々が揺れ、竹林のささが美しい音色を奏でていた。一生見ていても飽きない光景だった。


 「お茶はいかがですか?」

 聞き覚えのある声だった。

 「君は・・・」

 前回、翡翠邸ひすいていを訪れた時に会った子供だった。陰陽師おんみょうじの卵だろうが、翡翠ひすい勾玉まがたまを首から下げていて、なかなか趣味の良い生意気な小僧こぞうだった。

 私は子供が立っている外廊下そとろうかに近づいた。

 「またお会いしましたね。」

 子供の方からそう挨拶してきた。

 「そうですね。」

 何故かこの子供相手だと敬語が抜けなかった。

 「来客用のお茶だったのですが、要らないと言われてしまって。もったいないので、一緒にいかがですか?」

 子供がそう誘って来た。将来が末恐ろしい。物怖ものおじしない社交的な性格と人懐こそうで、端正たんせいな顔立ち。いずれ何人もの女がこの子に泣かされるのだろうと思った。

 「いただきます。」

 中庭に座るのにちょうど良い平らで大きな石があった。そこで二人でお茶を囲んだ。子供は慣れた手つきで熱いお茶をれた。私は熱いのが好きだった。

 「お菓子もありますよ。」

 そう言って子供は宇治抹茶うじまっちゃラングドシャを差し出した。お供え物だったものだろう。

 「いただきます。」

 早速一口頬張った。ホワイトチョコレートがサンドされていて、抹茶を練り込んだ苦みのあるクッキーによく合っていた。

 「美味しいでしょう?」

 子供が得意とくいげに言った。

 「ええ、まあ。」

 子供の得意顔とくいがおが何だか悔しくて、気に入らなくて、短くそう答えた。

 「素直じゃないですね。」

 子供はコロコロ笑いながら自分も抹茶ラングドシャを頬張った。


 「君、お名前は?」

 子供に尋ねた。子供はサクサクと音を立てて口を動かしながら、不思議な視線を私に向けた。まるで霊視れいし透視とうしでもしているかのようだった。

 「お名前は?」

 私はもう一度尋ねた。

 「僕は貴人たかとと言います。」

 口が空になると貴人たかとが答えた。

 「貴人たかと。いい名前ですね。」

 「小子しょうこというお名前も可愛らしくて素敵ですよ。」

 貴人たかとが言った。まったく、将来が末恐ろしい。

 「よく私の名前を知っていましたね。」

 「ずっと翡翠邸ひすいていにいますから。人が話していることは何でも聞こえて来るんです。」

 そう貴人たかとは答えた。

 「小子しょうこ狐臭きつねくさいと言われて気にしていることも知っていますよ。」

 貴人たかとはそう言った。呼び捨てにされた。聞き捨てならなかった。


 「貴人たかと君、私はだいぶ君より年上なのだけれど、その場合、呼び捨てにするのは失礼に当たるのではないかと・・・」

 わざとらしく君付けして、注意した。

 「それなら問題ありません。僕の方がうんと年上ですから。小子しょうこは僕のこと、人間に見えるんですか?」

 「え?」

 どう見ても人間の子供だった。

 「僕は式神しきがみなんですよ。」

 貴人たかとはそう言った。にわかには信じられなかった。

 「まあ、そのことを知っているのは奥内裏おくだいりの連中と小子だけなんで、秘密にしていて下さいね。」

 そう言って貴人たかとは微笑んだ。よく見れば貴人たかとの瞳は老人よりもずっとずっと長い歳月を生きて来た瞳をしていた。喜びも悲しみも何度も味わって、無常むじょうを知っているあやかしの瞳だった。


 「先ほどの話に戻りますが、式神しきがみの僕から言わせると、人間は人間臭にんげんくさいし、きつね狐臭きつねくさいです。人間は自分たちが人間臭にんげんくさいなんて思ってないでしょうが、僕らからするとにおうんです。人間の女はくちなしの花のような甘い匂いがします。でも小子しょうこからは人間ときつねにおいがします。自分で気づけないのは自分の一部になっているか、術をかけられているからでしょう。術を破りたければ、柿山かきやまからもらった破魔小刀はましょうとうが使えます。幻術げんじゅつを見せられていると思ったら、その小刀こがたなで切り裂けば良いのです。ただね、小子しょうこ小子しょうこそばにいるきつねは悪いきつねとは言い切れないんですよ。小子しょうこきつねの力を分け与えてくれているんです。」

 貴人たかとはそう教えてくれた。


 「きつねの力?」

 「やっぱり気づいていなかったんですね。身体能力を含め、霊力れいりょくもかなり強化されています。今の小子しょうこの実力は普通の陰陽師おんみょうじ以上ですよ。」

 「そんな。だって私何もできないのに・・・」

 「急に力をつけても、かんがなくて使いこなせないのでしょう。まあ、これから修行しゅぎょうめばその力を余すことなく発揮はっきできます。将来が楽しみです。」

 そう貴人たかとが言った。

 「貴人たかと、教えてくれてありがとう。」

 「どういたしまして。」


 比丘尼びくに様たちが会議を終えた頃、貴人たかとは仕事に戻り、私は比丘尼びくに様が現れるのを中庭で待った。それからすぐに外廊下そとろうかを歩いてくる比丘尼びくに様を見つけた。

 「比丘尼びくに様。」

 「小子しょうこ?こんなところで待っていたの?」

 中庭にいる私を見て比丘尼びくに様が言った。

 「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」

 「立ち話も何ですから、中に入りましょう。」

 私は比丘尼びくに様について行った。


 二人にちょうどいい客間きゃくまに入ると、上座かみざ比丘尼びくに様が座った。

 「小子しょうこ、寺のこと心配してくれているのよね。大丈夫よ。皆元気にしています。小子も元気そうね。それに何だか、綺麗になったわ。」

 比丘尼びくに様が言った。女の目はごまかせなかった。

 「いい人がいるの?」

 「・・・・」

 「お前は尼ではないのだから、いいのよ。」

 比丘尼びくに様はそう笑って言ったが、答えられなかった。


 「まあ、いいわ。本題に入りましょう。志賀しが様からノーマンをお借りすることができました。これからはノーマンと組んで仕事をしなさい。」

 「はい。」

 「ノーマンはとても強いわ。だから扱う案件もこれまでとは段違いに危険を伴うものとなります。気を引き締めて仕事にあたり、学びなさい。」

 「はい。」

 「いい返事ね。では、ノーマン、お入りなさい。」


 比丘尼びくに様そう襖の向こうに声をかけると、一人の男が入って来た。驚いたことに、金色の髪と緑色の瞳を持っていた。

 「驚いた?」

 比丘尼びくに様言った。

 「ええ、まあ。」

 ノーマンという名前を聞いていたから大体の想像はしていたが、完全に異国の血の者とは思わなかった。


 「初めまして。浅井あさいさん。」

 ノーマンは丁寧に挨拶をした。良かった。完璧な日本語だった。日本生まれ日本育ちというところか。

 「初めまして。お世話になります浅井小子あさいしょうこです。宜しくお願い致します。」

 新しい先輩に敬意を表して深く頭を下げた。

 「そんなかしこまらないで下さい。仲良くやっていきましょう。僕のことはノーマンと呼んで下さいね。『さん』付けされるとなんだかくすぐったくて。」

 ノーマンは物腰が柔らかかった。服装はまるで宣教師せんきょうしのように真っ黒で、冬でもないのに黒い手袋を嵌めていた。


 「この服変ですか?」

 「いえ。」

 ジロジロと見すぎてしまったか。

 「志賀しが様のお下がりなんですけど、今の時代に合わないですかね。」

 ノーマンは自分の服を眺めながら言った。

 「そんなことはないです。」

 その格好で表に出たら間違いなく、修学旅行の学生たちに宣教師せんきょうしだとからかわれることにはなるが。


 「そうですか。なら良かった。早速ですが、浅井あさいさん、今日はこれから仕事に行きます。」

 「はい。」

 「野狐狩やこかりに行きます。」

 「・・・・」

 長野で野狐やこに襲われ、銀狐ぎんこ幽世かくりよに攫われ、小倉山おぐらやまきつねに手を焼いている私には鬼門きもんとも言える仕事だった。


 「浅井あさいさん、今も狐退治きつねたいじに苦戦しているようですね。やり方は色々ですが、身を守るためにも戦い方を覚えましょう。すべてが話し合いで解決できる訳ではありませんから。」

 ノーマンはそう言った。正論だ。私は比丘尼びくに様に挨拶をして、ノーマンと一緒に野狐やこが出るという化野あだしのから少し離れたところにある寺に行った。


 寺と言っても住職はおらず、廃寺だった。一歩足を踏み入れた瞬間に嫌な感じがした。寺全体が邪気の吹き溜まりになっていて、霊気を感じられない人間ですら悪寒が走るだろう。

 「離れないで、浅井あさいさん。来る!」

 ノーマンが叫んだ。

 まだ崩れた鳥居を通り抜けたところだと言うのに、私たちは襲われた。火の玉のような狐火きつねびがヒューッと音を立てて向かって来た。話し合う時間なんてなかった。


 ノーマンは火の玉を素手すでで振り払った。けれど一人ではすべてを払いきれず、その一つが私に当たった。熱いと思った次の瞬間、私の目の前に光が立っていた。

 「こう・・・?」

 何故こんなところにいるのだろう。

 『小子しょうこ

 こうが私を迎えるように両腕を広げた。一歩近づくと、目の前の光の姿がユラユラ揺れて、次の瞬間、光は銀狐ぎんこの姿になった。

 「光輝こうき・・・!」

 光輝こうきは真っ赤な口でニヤリと笑うと長い爪を振り上げて襲いかかって来た。とっさにかばんの中にあった破魔小刀はましょうとうを取り出して、光輝こうきを切りつけた。すると光輝こうきの姿は消えた。


 「浅井あさいさん!」

 ノーマンが駆け寄って来た。私はまだ何が起きたのか分からなかった。

 「今・・・」

 「大丈夫ですよ。幻術を見せられていたんです。ここの野狐やこは幻術で人を惑わせ、取り殺していたんです。他は僕が退治しました。大丈夫。もう終わりました。帰りましょう。」

 ノーマンは夜叉姫やしゃひめの件で寺の警護も引き受けていると言って駅の近くで別れた。私は小倉山おぐらやまふもとにある旅館に戻った。


 夜になると、こうが部屋にやって来た。いつものように私の布団に上がって来た。

 「小子しょうこ。」

 そう言って頬に触れ、私の体を布団の上に押し倒した。いつもの愛撫が始まった。あやかしかもしれない男の愛撫は優しかった。獣に犯されているかもしれないという気持ち悪さを覚えながらも、体は火照ほてり、濡れていた。

 「どうした?浮かない顔だ。」

 こうが尋ねた。

 「そんなことない。」

 それしか答えられなかった。

 「小子しょうこ、こっちを見て。」

 こうが言った。今日一日ずっと顔をまともに見られずにいた。見上げると眼鏡を外したこうの目が光っていた。暗闇の中で月のように黄色く輝いていた。やはりこうは私をさらったあの銀狐ぎんこだった。

 「光輝こうき。」

 「驚かないところを見ると、やはり気づいていたか。」

 私に跨ったままそう言った。分が悪い態勢だ。このまま騙され、犯されてみじめに殺されるのだろうか。

 「怖がるな。お前は俺の妻だ。何もしない。お前がこの目を嫌うなら、両目共くり抜いて捨ててやろう。」

 そう言うと光輝こうきは念力で私の鞄に入っていた破魔小刀はましょうとうを自分の手に呼び寄せた。ちゅうを飛んできた小刀こがたなさやから抜くと、美しく輝く目に突き刺した。

 「いあああ!!」

 何をするつもりか読めなくて、止められなかった。光輝こうきは制止を振り切り、もう片方の目にも突き刺した。

 「やめて!」

 こんなことして欲しい訳じゃない。どうしてこんなことに。悪夢でしかなかった。両目から大量の血が流れた。


 「光輝こうき、どうしてこんなこと・・・!」

 光輝こうきは弱って人間の姿を保てなくなり、鋭い爪と牙、そして大きな尻尾を持った妖狐ようこの姿になった。

 「この姿は恐ろしいだろう?この破魔小刀はましょうとうを俺の心臓に突き立てろ。今なら俺を殺せるぞ?どうせ両目が見えなければ他の妖の餌になるのが落ちだ。それならいっそ、お前の手にかかって死にたい。お前もそれが本当の望みなのだろう?」

 光輝こうきはそう言った。そんなことできる訳がない。

 「そんなこと望んでない。」

 「では何が望みだ?」

 「人間のあなたと添い遂げたかった。」

 「それが本当の望みだな。」

 光輝こうきがそう言うと、妙な風が吹いた。それから目の前の光景が変わった。目から血を流した哀れな妖狐ようこの姿はなく、あるのは心配そうにじっと私を見つめる二つの光る目を持つ男の姿だった。


 「光輝こうき?」

 「幻術だ。」

 光輝こうきがそう言った。どこか気まずそうだった。幻術だと言われたものの、心配になって確かめようと光輝こうきの顔に触れた。

 「良かった。」

 そう呟くと、光輝こうきが私を抱き寄せた。

 「俺は人間の振りはできても、人間にはなれない。」

 光輝こうきが言った。どんな気持ちでその言葉を口にしたのだろうと推し量った。

 「もういい。あなたなしでは生きらない。」

 光輝こうきの耳元で囁いた。

 「人間ではないのだぞ?」

 光輝こうきが念を押して言った。

 「いい。あなたが何者でもいい。」

 そう言って強く光輝こうきを抱き締めた。光輝こうきも強く抱き締め返した。

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