第七章 初夜

第七章 初夜しょや


 それから毎日、夜になると小子しょうこと二人で小倉山おぐらやまにある柑子こうじやしろに行った。もちろんその頃柑子こうじは旅館でゴロゴロとくつろいでいた。


 人間の男で、歳も近く、いつも傍にいれば、簡単に落ちた。

 決定的となったのは骨壺こつつぼを尼寺に持ち帰ると言い出した晩だった。

 「明日、一度尼寺に行こうと思うんです。」

 やしろからの帰り、山道を下りながら小子が言った。

 「何のために?」

 「骨壺こつつぼのご供養です。それに、尼寺の様子も気になりますし。ここにいると連絡がないので、全く様子が分からないんです。」

 

 小子しょうこから夜叉姫やしゃひめが寺を狙って残虐非道を繰り返していることは聞かされていた。尼寺が心配なのは分かるが、いつ夜叉姫やしゃひめが襲撃して来るともしれない所に行かせたくなかった。

 「翡翠邸ひすいてい比丘尼びくに様に落ち合う訳にはいかないんですか?」

 本音を言えば翡翠邸ひすいていにも行かせたくなかったが。

 「そうですね。そうします。定例会議がある時に翡翠邸ひすいていに行きます。」

 小子しょうこは素直に俺の提案に耳を傾けた。とりあえず一安心だ。

 「こうさんはいつも私に優しいですね。」

 唐突に小子しょうこが言った。

 「私は本当に人付き合いが苦手で、自分が考えていることや思っていることさえ、上手く伝えられないんです。感情の起伏もあまりなくて、暖簾に腕押しってよく言われるんです。それなのに、こんなにつまらない人間なのに、こうさんにはこんなに良くして頂いて・・・」

 小子はそう消え入りそうな声で言った。


 その言葉で十分だった。小子しょうこが自分に惚れていると確信した。俺を好いていると伝えたがっているが、はっきり言えなくて回りくどくなっているのだ。

 「小子しょうこ。」

 山の出口でそう呼び止めた。振り返った小子しょうこを抱き寄せ口づけをした。小子しょうこは大人しく受け入れた。

 「後で部屋に行く。先に帰ってて。」

 そう耳元で囁くと、小子しょうこは何も言わず、一目散に旅館へ向かった。


 高揚した俺の気配を感じ取って、柑子こうじがやって来た。

 「銀狐ぎんこ様、いかがされました?大変ご機嫌が宜しいようですが?」

 「高笑いが止まらない。そんな感じだ。」

 「銀狐ぎんこ様の機嫌がこのように宜しいと、この柑子こうじはもちろん、周囲の物のもののけたちも、気に中てられて、酔ったように浮足立ってしまいます。」

 柑子こうじの言う通りだった。低級のあやかしたちは気分が高揚し、盆でもないのに踊り狂っていた。

 「自重しなければな。だが今宵は無理だ。皆も祭りだと思って騒ぐといい。」

 困り顔の柑子こうじを後ろに、小子しょうこの部屋へ向かった。


 小子しょうこはすでに風呂に入り、身支度を整えていた。まだ乾き切っていない髪がしっとりとして、つやつやと光っていた。

 俺を部屋に招き入れながらも、緊張して一言も喋れないでいる小子にそっと囁いた。

 「小子しょうこ、お前はもう俺の妻だ。」

 「はい。」

 小子しょうこは力を振り絞ってそう返事をした。これで破れぬ約束を取り交わした。小子しょうこを手に入れた。有頂天になって、喜びに任せて小子しょうこを布団の上に押し倒すと小子しょうこが起き上がろうともがいた。

 「あの・・・私・・・」

 「分かってる。」

 小子しょうこはまだ男を知らなかった。再び押し倒すと、身構えていたが、嫌がる素振りはなく、目を閉じてその身を任せた。俺は邪魔になった眼鏡を外したが、小子しょうこは暗闇で光る獣の目に気づかなかった。ゆっくりと小子しょうこの浴衣の腰ひもを解き、えりを掴んで上前うわまえを広げ、下前したまえを広げた。浴衣の間から豊満な肉体が露になった。小子しょうこの上にまたがり、首筋から胸にかけて手と舌をわせ、さらに下へ下へと太ももまでわせた。小子しょうこは頬を紅潮させ、恥じらいの表情を浮かべた。その表情が一層衝動を駆り立て、一層愛撫を激しくさせた。


 小子しょうこは五感を研ぎ澄ませながら、愛撫あいぶに応じた。腕を首に絡ませ、胸を膨らませ、腰をくねらせ、足をなまめかしく開いて見せた。開かれた足はさらなる快楽を求めて、俺の腰に絡みついた。


 小子しょうこは時折、何とも気持ちよさそうな声でいた。その度に息が荒くなり、吐く息が甘く香った。まるでくちなしの花のような甘い香りが部屋中に満ちた。小子しょうこ火照ほてった体でじゃれて、首に吸いついてくる度に一層香りを強く感じた。


 まるで自分は熟れた果実だと、早くもいでくれと言っているようだった。望み通り、何度も熟れた果実に手をかけ、もぎ取った。その度に小子しょうこ恍惚こうこつとして、喜びの声を上げた。

 外が白やんで来た頃、ようやく小子しょうこは眠った。

 「相手が人間の男だったら死んでいるぞ。」

 眠っている小子しょうこに話しかけた。小子しょうこは満足げな表情でスヤスヤと眠っていた。


 庭に気配を感じた。柑子こうじだった。

 「銀狐ぎんこ様、いかがでしたか?」

 無粋なことを聞いて来た。無邪気なだけであるのは分かっていたが、イラついた。

 「精魂込めて田畑を耕し、種をいたが、未だ実らず。というところだ。」

 「???どういうことでしょう?」

 柑子こうじは何度も小首をかしげた。婉曲な表現では伝わらなかった。

 「俺の種を小子しょうこに蒔いたが、まだ子狐は仕込めていないという意味だ。」

 「ああ。」

 柑子こうじは合点が行ったようだ。

 「銀狐ぎんこ様はお子が欲しいのですね?」

 柑子こうじが言った。

 「そうだ。正真正銘夫婦になったが、まだ小子の腹が決まっていない。俺の正体に気づいたら、逃げるかもしれない。だが子ができてしまえば腹を括るだろう。俺に惚れているし、子のためなら俺について来るはずだ。子ができたら時期を見て正体を明かし、幽世かくりよに連れて行くつもりだ。」

 「そうですか。それでは畑仕事に精が出ますね。」

 婉曲な表現を使った。柑子こうじは賢く、呑み込みが早かった。

 「奥方様の大きな声が何度も聞こえたので、トシ子と心配していたのです。銀狐ぎんこ様が非道なことをなさっているのではないかと。」

 柑子こうじが言った。古い旅館だ。声が響いたのだろう。それにしても人間の耳にまで届くとは・・・いや、女主人のトシ子が耳聡いのだ。

 「法悦ほうえつの叫びだ。聞こえなかった振りをしろ。」

 「承知致しました。トシ子にもそう言っておきましょう。今風呂を沸かしています。お好きな時にどうぞ。」

 柑子こうじはそう言うと庭から走り去った。どうやらトシ子が小子しょうこを気にかけて柑子こうじを使いにやったようだ。柑子こうじは俺が良ければ他のことは気にしない。トシ子は世話好きな女だ。


 それから一時間後に小子しょうこは起きた。恥ずかしそうに身支度をすると、風呂に入りに行った。恥ずかしがってろくに口も利けない状態だったか、風呂から戻って来ると、何か話したそうに俺を見つめていた。

 「小子しょうこ。」

 名前を呼ぶと、嬉しそうに笑みを浮かべた

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