「昨日見た景色に花束を」
都会の人間からしたらいつも通りの日常な景色だろうが、田舎出身の美也としては、自身の眼下に星の海が漂っているように思えて、ただひたすらに新鮮でロマンチックだった。
「きれー……」と思わず美也がつぶやくと、ため息を零しながら「社畜の光ですよ」と、運転席に座る部下の
「え、こんないい景色なのに」
「もう見空きましたよこんなもの。子供のころから見てましたし」
「ロマンないねぇ」
生返事をしながら、窓の外に意識を移す。地元であればこの時間に見えるのは信号と街灯の光くらいのもの。こんな景色に憧れて上京した美也。この景色を、精神的な余裕をもって見られるのはある意味上京が成功している一つの証だ。
ただ、こんな景色を見ると、いつも決まってある不安が過ぎる。今日も例外ではないようで、やはり浮かんできたその不安を受け止めると「はぁ」と声を漏らした。
「どうしたんですか?」
「いやね、どうしても考えちゃって……」
「何をです?」
「んー、まあ……ね」
美也には、付き合って七年になる
そんな彼は、大学進学に合わせて東京で一人暮らしを開始し、しばらく疎遠になっていたが、美也が就職に合わせて上京した際に偶然再開。そこから交際に発展するまでは順調――だったが、そこから二人の関係は停滞をはじめた。
二人で会っても、いつも似たようなコースで代わり映えのしない時間を過ごし、お互いがなあなあで気が付けばもう付き合って七年。
年齢も三十に近づき、いよいよ人生の中でもトップクラス重大な〝結婚〟というイベントが間近のはず……が、彼のその意思はまるで感じられず。
「なんだかなぁ」と、心の声がふと漏れた。
以前、彼とデートしている際に偶然出会い、社内で唯一彼氏の存在を認識している美穂は、言葉尻と内容から察してくれたのか「彼氏さんのことです?」と声をかけてくれた。
「そっ」
「結婚とかは考えてますか?」
「もちろん。彼にさ、こーんな夜景が見えるレストランとかで、花束もらってさ。プロポーズしてもらえたらどんだけ幸せなんだろ」と、窓の外を見続けながら吐露する。
「じゃあしちゃえばいいじゃないですか。今時、女からプロポーズって話もよく聞きますよ?」
「いやーね、夢なのよ。好きな人に、最高の場所でプロポーズされるの」
「へー」
「たださ、その気を見せてくれないというか……本当に私のこと好きなのかな、アイツ」
「好きじゃなきゃ恋人やってないんじゃないですか」
「だといいんだけどね。もし負担になってるんだったら、別れた方がいいのかななんて思うのよ。最近、さ」
「結婚雑誌置いてみるとかどうです?」
「流石に露骨すぎでしょ。ま、いいか」
夜景が見える景色も終わり。車は高速道路を降り、車を走らせること十分。コンビニによって夕食を調達してから、美也の住むマンション前まで到着する。
「ありがとね、助かる」
「いや、私の家も近くなので。それよりも、美也さん頑張ってくださいよ! 頑張ってたらいいことありますって!」
「いきなりどうしたの? 落ち込んでるわけじゃないよ、悩んでるだけ」
「それでもですよ。絶対、明日にでもいいことあるんじゃなかなと思いますよ!」
「なにそれ?」
「えーっと……勘です!」
「ふふっ。ま、楽しみにしてるわ」
「はい!」と力強く返事をすると、美穂は「お疲れさまでした」とその場を後にした。
「なんなんだか、あの子」
妙な雰囲気を醸し出していた彼女を見送ると、美也も自分の部屋に戻っていった。
※
翌日。朝起きると、携帯にメッセージが来ていた。送り主は正幸で、内容は短く〝今日、ちょっと話したいことがあるんだけどさ〟という短い文章。
普段ならば顔文字やスタンプなどを駆使して面白おかしいメッセージの多い彼だが、至ってまじめな文面。
別れ話か、それとも――不安と期待の入り混じったぐちゃぐちゃな気持ちで会社を後にすると、すぐ近くに彼の車が止まっていた。
「今日はごめんね、急に」
「どうしたの?」
至って普通を装って話しかける。迎えに来た正幸も仕事終わりなのだろう、スーツをキメて髪型も決まっていた。
「おいおい話すよ。じゃ、行こっか」
反論する余地すら与えてくれず、美也は促されるままに正幸の車に乗り込んだ。
到着したのは、おしゃれなレストラン。仕事終わりでそこまで特別な服装でもなく若干浮いていたように感じた美也は「どしたのよ、急に」と、何も悪いことはしていないのにこそこそと小声で話しかける。
「大丈夫だよ」と正幸は伏し目がちに応える。
――んー……どっちだ?
間違いなく何かを隠している反応だ。
隠しているのは、別れか。それとも、結婚か――それが気になって味が頭に入ってこないまま食べ勧めると、気が付いたうちにコースは終了していた。
「……ね、今日は話が合ってさ」
しばらくの沈黙の後、正幸が重い口を開く。
「……は、はい!」
声が裏返った――と思った瞬間。
店内がバッと暗くなったと思うと、シャッとカーテンの開く音が耳に届く。
――あっ。
気づくと、もう一面には夜景が広がっていた。
「ずっとさ、これまで一緒にいてくれてさ、本当に嬉しかった」と、暗闇に慣れた目がぼんやりと正幸を捉える。
手には、見たこともないほどに豪華な花束が握られていた。
「もしよかったらさ、これからも一緒にいてくれないかな。ずっと」
美也は、そっと花束を受け取る。
涙ぐむ声で返事をしてみた。
「喜んで!」
今日は幸い満天の星空。
高層ビルから覗ける世界も、満点の夜景。
まるで、昨日の世界がそのまま現実になったような気がしたが、持っている花の香りがこれは現実だと主張し続けてくれていた。
5分くらいで読めるハッピーエンド 皆川大輔 @daisuke_mngw
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