第32話 大人の意見

──俺達はグラチネに訪れる観光客を

増やすための準備を手伝っている。


「ねぇ、僧侶様?

私達の目線で街の魅力を確認したり

体験したりさせてもらったけど、

もっと大人の人達の意見も

あった方が良いんじゃない?」


「……それはそうだな」


「落ち着いてて雰囲気が良い街だし

大人の女性がこの街に来たら、

普段仕事で疲れた心身が癒される……

みたいな魅力もあると思うんだよね。

そういう人たちの意見も

聞いてみたくない?」


「ユナもたまには良い事言うんだな」


「あっ! サキちゃん酷ーいっ!」


「普段仕事で心身疲れてる大人の女性か。

身近にそういう女性が居たら良いんだが」


「うん。

仕事が忙しい人で、心身疲れ気味で……、

お酒なんか飲んだら男性の名前を叫んで

すぐに眠っちゃう様な大人の女性、

……どこかに居ないかなぁ?」


「おいおいっ、流石にそんな

都合の良い女なんて居ないだろっ?」


暫く考えた後、

俺とユナはロティールにいた時に

ユナの魔女試験合格祝いをした

夜の出来事を思い出した。


……俺とユナは目を合わせる。


「ああっ! 居た!!」

「うん! ミエルさんだよっ!!」


「……何っ!? 居るのかっ!?

本当にそんな都合の良い哀れな女が

居るのかっ!?」


「うん、居るよ、サキちゃん!

でも『哀れな女』とか言わないで!

……私にとって大切な人なのっ!」


──俺達は大人の女性にも

観光体験してもらえるよう

長老ソジャ、寺長セザムに相談し了承を得た。

早速、俺とユナは『ムーヴ』で

空を飛んでロティールに向かった。

サキはグラチネに残り、

引き続き観光の準備を手伝うことにした。

俺とユナは1時間程空を飛び、

ロティール、ミエルの魔法書店に到着する。


……カランカラン♪


扉を開けると

懐かしい呼び鈴の音が迎えてくれる。


「あら、テルアキ君、久しぶりね。

ユナちゃんも先日は『サンダー』の

魔法の書をありがとうね」


「ご無沙汰してます、ミエルさん」


久しぶりの再会に雑談を楽しんだ後、

ミエルにグラチネへ観光体験を依頼した。


「丁度良かったわ。

3日後の休日にお友達と

遊ぼうと思っていたのだけど……、

そちらで楽しむ事にしましょう」


「でも、ロティールからグラチネには

移動の時間がかかりませんか?

お友達もご一緒となると移動手段が……」


「テルアキ君、それは問題ないわ」


すると、ミエルは商品棚から

魔法の書を2冊手に取り

俺とユナの前に差し出した。


「これは『ムーヴタウン』と言って、

行った事がある街へ瞬間移動できる魔法なの。

王国騎士団の皆さんが

遠征の時に見つけてきてくれたのよ。

……ほら、テルアキ君、ユナちゃん。

あなた達も持ってると便利よ」


「ミエルさんっ! これは便利な魔法です!

ありがとうございますっ!」


手を伸ばす俺とユナに対し、

ミエルは魔法の書を

すっと自分の方へ下げた。


「テルアキ君、ユナちゃん、

ココがどこだか分かってる?」


「えっと……、魔法書店です」


「知ってると思うけど、

魔法の書を著すのは大変なのよ」


ミエルは笑顔で

俺とユナを見つめている……。


「それはつまり……、そういう事ですよね。

おいくらでしょうか?」


「うふふ。

お買い上げありがとうございます」


俺は魔法の書2冊分の代金を払った。

用事を済ませた俺とユナは

魔法書店を後にする。


「僧侶様、ミエルさんが

来てくれる事になって良かったね」


「ああ。しかも街を瞬間移動できる

便利な魔法の書も買えたしな」


「そうだね。で、これからどうする?

すぐにグラチネに戻る?」


「そうだな、どうしようか……」


(最近、ユナと2人で

過ごす時間が無かったんだよな。

できれば……、2人でスイーツでも

食べてゆっくりしたいな)


「……僧侶様?」


「なぁ、ユナ。

マイスさんのお店を覚えているか?」


「うん、お祭りの日に

お手伝いしたお店だよね」


「あの後、俺が伝えた

フレンチトーストがどうなってるのか

気になってるんだが、

良かったら一緒に食べに行かないか?」


「えっ?

あの美味しいフレンチトースト!?」


「ああ。お店のメニューに追加する……

って言ってたから、

その後が気になってるんだよ」


……すぐに返事をせずに少し考えるユナ。


「ねぇ、僧侶様?

お店に行きたいのはフレンチトーストが

気になるから? ……それとも他の理由?」


「えっ? も、もちろん

フレンチトーストが気になるからだぞ」


「そっか……」


「どうかしたか?」


「その理由なら、

私はあんまり行きたくないな」


「……えっ?」


スイーツ好きのユナから出た

意外な答えに俺は驚いた。

すると、ユナは可愛い笑顔で

憎らしいひと言を付け加える……。


「ねぇ、僧侶様? 私はね……


『お前とフレンチトースト食べたいんだ』


って言い方で誘ってほしいな。えへへ」


(なっ!? な、なんて可愛いことをっ!

コイツは俺の心が読めるのかっ!?)


心を撃ち抜かれた様な俺は

恥ずかしさを抑えながら、

返事を待つ笑顔のユナに言う。


「……ユナ、俺はお前と一緒に

美味しいフレンチトースト食べたいんだ。

頼む。今から俺とデートしてくれ」


俺の言葉にはっと驚くユナ。


「ちょっ!? そ、僧侶様っ!?

それは……私の希望以上の言葉っていうか、

……そのっ! あわわっ」


「……って、おい!

お前が言わせたんだぞ! お前が照れたら、

こっちも恥ずかしいだろうがっ!」


「もぅ! 僧侶様のばかっ!」


俺とユナは互いに照れながら

マイスの店へ向かった。

店ではフレンチトーストが

看板メニューとなり、店内で食べる客、

持ち帰りで買い求める客で繁盛していた。

俺達は店内で

フレンチトーストを食べながら

久しぶりに2人だけの幸せな時間を楽しんだ。


──3日後、ミエルを

観光体験に案内する時刻となった。


朝7時、修行僧達の読経見学の為、

中央本寺が集合場所となっている。

案内役はセドラ、俺、サキ、ユナの4人だ。

最初の挨拶は長老も同席してくれる様だ。


「そろそろだな。ところでユナ、

ミエルさんの友達って一体誰なんだ?」


「……さあ? 私も分からないよ」


すると、目の前の地面が光り始め、

光の柱が現れると、

中からミエルと女性がもう1人現れた。

艶やかな長い髪の美しい女性だ。


(……あれ?

この人、どこかで見たような?)


ミエルが皆に挨拶をする。


「皆さん、おはようございます。

今日はお招き、ありがとうございます」


そしてもう1人の女性が長老に声をかける。


「これは長老ソジャ殿。

御自らお出迎えとは恐縮です」


(この声っ! もしかしてっ!?)


「これはこれは、

騎士団長殿ではありませぬか?

本日はこの街の為、

貴重なご意見を賜りたいと思います」


「ラ、ランティーユさんですかっ!?」


驚く俺にランティーユが答える。


「テルアキ殿、久しいですね。

ふふ……。鎧姿ではなく、この私服姿では

私と気付きませんでしたか?」


「え、ええ……、驚きました。

しかも騎士団長が来て下さるとは……、

今日はよろしくお願いします!」


「うふふ、テルアキ君、

そんなに畏まらなくても大丈夫よ。

今日は私もランちゃんも

お休みを楽しみに来たのだから」


(……なっ!?

『ランちゃん』って言った!?)


「そうですよ、テルアキ殿。

休日にミエりんと一緒の時は、

私の肩書は関係ありません」


(……えっ!?

『ミエりん』って言った!?)


驚く俺と2人が話していると、

長老はゆっくりと2人の女性に近づき……、

2人の間で立ち止まった。


……そして次の瞬間!


長老は2人の尻に向けて

スっと手を伸ばした。

しかし、2人の反応も早かった。


……シュッ!

……ヒューッ!


ランティーユは

長老の手首を素早く捕まえた。

また、ミエルは

ブリザードの魔法を唱えるそぶりを見せ、

長老の手に冷気を当てていた。


「……長老殿、相変わらず

お元気な様で安心しました。

しかし、私の臀部でんぶはお安くありませんよ」


「……長老様? 冷気に気付いて

手を止めたのは正解です。

危うく氷の彫像が1体出来上がる所でしたわ」


「ほっほっほっ! これは結構。

お2人とも大したものじゃ。

では、ワシは行くとしようかの。

セドラ、後の事は頼んだぞ」


そう言い残し長老は去って行った。

このやり取りに驚いたのはサキだ。


「おいっ、テルアキ!

あの2人は一体何物だ!?

もの凄い美人だし、

しかもあのエロジジイ……いや、

長老に尻を触らせなかったぞ!」


「サキ、あの2人は

ロティールで魔法書店をしている

魔女のミエルさんと

王国騎士団長のランティーユさんだ」


「サキちゃん、ミエルさんは

私に魔法を教えてくれた

先生みたいな人なんだよ」


「そうか……、2人とも凄いんだな」


──こうして大人な美女2人の

観光体験が始まるのであった。

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