第31話 星空の下で

──俺は打合せで、

南北の隣町とグラチネの間を

修行僧が来訪者を護衛しながら

馬車で送迎する方法を提案した。


「……ふむ、護衛を兼ねた送迎は

直ぐに実現可能じゃな」


「ありがとうございます。

あと、この案にはあまり表には出せない

少し悪い目的もあります」


「……と言うと?」


「修行僧の皆さんが

格闘で力強く魔物を倒して

大切な観光客を守る……事で


『修行僧に対する憧れと感謝』


の感情が観光客の中に生まれます」


「そうだねっ、僧侶様。

修行僧の皆さんが

一生懸命戦って守ってくれたら、

……キュンとしちゃうかもっ?」


『……おぉぉっ!』


同席する皆から歓声が上がる。


「テルアキよ……、

お主、なかなかの悪よのう」


「あはは、内緒ですよ。

これは偶然で生まれる結果です」


冗談じみた会話で場の雰囲気が和む。


「では次に、

皆さん食べて欲しい物があります。

この街の名物料理候補を考えました」


俺達は人数分の『豆乳』と『おから煮』、

小さな炭で豆乳を加熱出来る小鍋セットで

『汲み上げ湯葉』を用意した。

どの料理も長老達の評判は良く、

特に『汲み上げ湯葉』には皆驚いた様だ。


「長老、如何ですか?」


「……うむ、テルアキよ。

諸々考えてくれた事、感謝するぞ。

馬車での護衛と送迎の件、

こちらの料理の件、速やかに実現させよう」


──こうして、

打合せを兼ねた食事会は終了した。

俺は長老達の依頼もあり、

豆乳と湯葉の作り方を皆に指導する為、

暫くこの街に滞在することになった。


俺、ユナ、サキは宿屋に戻る。

宿屋まではセドラが見送ってくれた。


「テルアキさん、

この街の為に色々と考えて下さり

ありがとうございました」


「……ああ、構わないよ。

街に魅力があるのに、

それが日の目を見ないのは寂しいからな。

ところで、馬車送迎が実現したら、

セドラも送迎係に任命されるのか?」


「いえ、それは無いでしょう。

馬車送迎を担当するのは

格闘、僧の能力共に高い

『上級僧』でしょうから」


「修行僧に階級があるのか?」


「はい。

見習い僧、中級僧、上級僧に分かれます。

私はまだ中級僧ですので、

任命されないでしょうね」


「それって、昇格するのに

試験みたいなモノがあるのか?」


「はい。

読経、写経、僧としての修業や経験等は

上級僧の認定制度で判定され、

格闘や身体能力は試験制度で判定されます」


「格闘や身体能力は試験制度なんだな。

上級僧と試合をしたりするのか?」


「いえ、違います。

竹林にパンダ達が多く住んでるのは

ご存知ですよね?


竹林の中に3つの試験コース、

見習い、中級、上級の試験コースが

設定されてまして、制限時間内に

パンダの妨害を避けながら

最奥まで行って戻ってくる

……という試験です。

5回連続で成功すれば

その階級の合格となります」


「パンダで試験をするのかっ!?」


「そうです。

見習いコースは子パンダ達が多く、

中級コースは親パンダが主で、

上級コースは親子・集団入り乱れで妨害、

……言い換えれば彼らにとっての

遊び相手をされます」


「あの厄介なパンダ達を避けて進むのか。

……それは相当な訓練になるな」


「はい。

見習いコースの子パンダは

イタズラが主ですが、

中級、上級となると組み手の様に

格闘じみた妨害を受けますので

試験としては十分な難易度です」


「5回連続で合格って言うけど、

いつでも挑戦できるのか?」


「挑戦は月に1回です。

前回の挑戦から30日以上経つと

各自好きなタイミングで挑戦できます。

私は上級コースを4回成功していますので、

次回10日後の挑戦で成功すれば

上級僧の認定を得られる予定です」


「それは次回頑張らないとな。

応援してるよ、セドラ」


「ありがとうございます。

そろそろ宿に着きますね。

皆さん、今日はお疲れ様でした」


「見送りありがとう。

俺は魔法の熟練度上げをしたいから、

ちょっと竹林の方に行ってくるよ」


「あ、僧侶様、私も行くよ。

魔法を沢山撃って

少しでも熟練度上げないとね。

サキちゃんはどうする?」


「アタシは……どうするかな?」


サキが考えていると、

ユナが嬉しそうな顔で提案した。


「……サキちゃん?

セドりんと一緒にお散歩でもしてきたら?

星を見ながら静かな竹林の散歩したら

きっと気持ち良いよ」


「それもそうだな……。セドラ、

景色の良い場所に連れてってくれよ」


「はいっ! 喜んでご案内します!」


(やったぁ!

セドりんとサキちゃんの初デート成功!)


嬉しそうなユナと俺は『ムーヴ』で空を飛び、

竹林の小高い広場へ移動した。


約30分後、俺とユナは

魔法を撃ち終え宿に戻ろうとしていると

遠くからセドラとサキの声が近づいてきた。


「僧侶様っ!

セドりんとサキちゃんがこっちに来るよ!?

ちょっと隠れて2人の様子を見ていようよ!」


「でも、勘の鋭いあの2人から

身を隠すのは難しくないか?」


「茂みに隠れたらきっと大丈夫だよ!

……ほら、僧侶様こっち!」


俺達は茂みに隠れた。

するとセドラとサキがやってきて

地面に腰を下ろす。


「気持ちの良い所だな、セドラ」


「気に入って貰えて良かったです。

私もよくここに来て

のんびり星空を眺めたりしています」


「ところで、セドラって何歳だ?」


「私は16です」


「アタシと同い年だな……」


(僧侶様っ! あの2人同い年だって!)


(落ち着けユナッ。2人に聞こえるぞ)


勘の良いサキとセドラは、

俺とユナの声に気づいた。


(あいつらもここに来てたのか……)


(テルアキさん、ユナさん、

……気配がバレバレですよっ!)


サキとセドラは会話を続ける。


「セドラはこの街で上級僧になって、

僧の勤めをやっていくんだな」


「ええ、その予定です。

まずは10日後の上級格闘試験が目標ですね。

合格すればようやく上級僧です」


「そうやって努力を積み重ねて、

ちゃんと目標を達成する姿はカッコ良いな。

……尊敬するよ」


「そ、尊敬だなんて、そんなっ!」


「アタシなんて、

特に目標もなく狩人にでもなるかな?

……と思ってたからな」


「サキさんが狩人ですか?

女性の狩人なんて素敵ですよ。

私もサキさんに憧れます」


「……なっ! バカッ!」


サキはたまらず顔を赤くする。


(僧侶様っ!?

あの2人……、何かいい感じだよっ!)


(しっ! ユナっ! 声が大きいぞ!)


俺とユナの声は

サキとセドラに聞こえている。


(アイツらっ!

隠れるならちゃんと隠れて黙ってろよっ!)


セドラは茂みから聞こえる2人の声に

構わず話を続ける。


「ところで……、その、サキさんは

お付き合いされてる特定のお相手とか

いらっしゃるのですか?」


「……なっ!? そ、そんなの居ないしっ!

つか、いきなり変なこと聞くなっ!

でも……まぁ、アレだな……。

セドラ、お前はどうなんだよ?」


「……私も、特定の相手はおりません」


(きゃーっ! 僧侶様っ!!

……どうするっ!?

私達っ! どうしたら良いのっ!?)


(ユナッ! お前はまず静にしろっ!)


興奮するユナを静かにするよう諭す。


(ちょっと! ユナさん! テルアキさん!

思いっきり声が聞こえてますよっ!)


(たくっ!ユナッ! 少しは空気を読んで

黙って居られないのかっ!?)


サキは、茂みから聞こえる不要な会話に

若干怒りを覚えながら話を進める。


「アタシ達は、観光客を迎える

段取りができたらこの街を出ると思うが、

それまではよろしくな」


「そうですよね。サキさん達は

暫くしたらこの街を発たれるのですよね」


「そんな寂しい顔するなって。

アタシだって……」


(……ちょっと寂しいんだからな)


サキは最後の言葉に詰まった。


(……あぁっ! もぅ!

聞いてるこっちがドキドキしちゃう!

セドりんっ!! ここはもう告白しても

良いんじゃないのっ!?)


(おい、ユナッ!

……だから静にしろって!)


興奮するユナと俺の会話は全て

セドラとサキに筒抜けとなっている……。


(ユナさん、テルアキさん!

……そういう外野の会話は、せめて我々に

聞こえない声量でやってください!)


(あいつらっ!

……好き放題言いやがって!)


セドラとサキは、

茂みから聞こえる俺とユナの会話のせいで

恥ずかしくなり、下を向いている。


(……でも、僧侶様?

もしサキちゃんがこのまま


『セドりんのお嫁さんになる!』


ってこの街に残ったらどうする?)


(それはサキの自由だから仕方ないだろ?)


(ええっ!? それは寂しいよ!

私、サキちゃんと一緒に居たいっ!)


(でも、サキがそう決めるなら、

俺達は祝福すべきだろ?)


(……うーん。

サキちゃんがセドりんのお嫁さんかぁ……。

そっか、そうだよね……。寂しいけど、

サキちゃんがそれを望むなら……、

2人の幸せを応援してあげないとね)


ユナと俺の妄想話に

耐え切れなくなったサキが立ち上がり、

茂みに向かって大声をあげる。


「おおいっ!! ユナッ! テルアキッ!

お前らいい加減にしろっ!

先から全部丸聞こえなんだよっ!!」


「えぇっ!?

サキちゃん、気づいてたの!?」


「当たり前だろっ!

どんだけ大声のヒソヒソ話だよっ!」


「もしかしてセドりんも!?」


「ええ……。最初から気づいてました」


「ユナ、だから言っただろ?

この2人から隠れることは難しいって」


「ユナッ! テルアキッ!

適当なことばかり言いやがって!

謝れーーっ!」


サキは今にも俺とユナに

飛び掛かろうとする勢いで大声を上げる。


「どわっ! ちょ、待て! サキッ!

……ユナ! こ、ここは一旦逃げるぞ!」


「ええっ!?」


俺はユナの手を掴み、

『ムーヴ』で空を飛んでその場から逃げた。


「待てっ! この卑怯者ーーっ!!」


サキの隣で立ち尽くすセドラ……。


「……皆さん、

仲が良くて愉快なお仲間ですね」


「セドラ……、なんか、ごめんな……」


──こうしてこの夜、

俺とユナは宿屋に戻ったサキから

長時間に渡る説教を受けたのであった……。

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