第30話 背中合わせ
──俺とユナは家族貸切温泉の
脱衣所で2人きりにされてしまった。
(……俺っ!?
どっ、どうしたらいいんだっ!?)
(……どうしよう? 私っ!?
僧侶様と一緒に温泉入るのっ!?)
暫く2人の沈黙が続いた後、
俺はユナに声をかける。
「ユナ……、クルガーヌさんが言う通り
使い勝手と入り心地の確認も必要だし、
……一緒に温泉に入らないか?
なるべくユナを見ないようにするから……」
「う、うん……。
約束だよ? こっち見ないでよ?」
(本当はちょっと見たい! 見たいけどっ!)
「あ、ああ。約束する……」
「じゃぁ、僧侶様?
……先に温泉に入っててくれる?
僧侶様の隣で脱ぐのは恥ずかしいから」
「……あ、ああ。わかった」
……ババババッ。
俺は緊張のあまり、
自分でも信じられない速さで服を脱ぎ、
脱衣所を出た。
5~6人程でゆったりと入る事ができる
家族用にちょうど良い広さの温泉だ。
設置された塀で川岸からの視線は遮られ、
せせらぐ川の音の中、
対岸には雅やかな竹林風景が広がる。
とても気持ちの良い眺めだ。
俺は温泉際に置かれた手桶でかけ湯し、
湯に浸かる……。
「あぁーっ! これは気持ちいいなぁー」
思わず声が出てしまう。
暫く温泉に癒されていると、
脱衣所の扉が開いた。
……ガラガラガラッ
(……!)
濡れた床面を1歩ずつ、
ゆっくりと足音が近づいてくる。
……チャッ ……チャッ ……チャッ
(……!!)
「わぁっ、すごく綺麗な景色だね」
(……来たっ!?)
俺は振り向きたい気持ちを全力で抑え、
脱衣所に背中を向け続ける。
ユナが手桶でかけ湯をする。
……バシャッー。
(……あぁぁっ! 想像してしまうっ!!)
「わぁ、お湯加減もちょうど良いね」
……私も入ろっ」
……チャプッ
ユナの片足が湯に入る音。
……チャプッ
続いてもう一方の足が湯に入る音。
……サァーッ
小さな波が俺の前を進んでいく……。
ユナの身体が湯に浸かった様だ。
「わぁ、気持ちいいっ。
対岸の景色も綺麗だし、こんな素敵な温泉なら
沢山の人に入ってもらいたいねっ。」
「……そ、そうだな」
(あぁっ! 今、俺の後ろで
ユナはどうなっているんだ!?)
「真ん中の方でも入ってみよっと。
……僧侶様、恥ずかしいから
ちょっと目を閉じてて」
(……えぇっ!?)
俺は言われるがまま目を閉じた。
チャプッ、チャプッとユナが
湯の中を進む音が聞こえる。
「もう良いよ、僧侶様。
でも、あんまりこっち見ないでね……」
目を開くと、温泉の中央に座る
ユナの後ろ姿が目に入る。
(……なっ!?
見るなと言う方が無理だっ!?)
「真ん中は、男の人なら良いけど
私にはちょっと深いかなぁ?
背もたれがあるといいかも」
「そうなのか?」
「……ねぇ、僧侶様?
こっちに来て私と反対向きで座ってみて」
(えぇっ!? ユナ、一体何をっ!?)
俺はユナに言われた通り、
ユナの後ろに移動して
背中合わせの向きで座った。
「これで良いか?」
……すると、次の瞬間!
「うん、これは丁度良い背もたれだね」
(……何っ!? わわわっ!)
ユナが俺の背中にもたれかかる。
柔らかい肌と背中の感触が
俺の背中に伝わる……。
(ちょっ! こ、こんなのって!?)
「えへへ。楽ちんになったよ。
こうしてると本当の家族みたいだね」
「……!!」
「聞いてる?」
「あ、ああ……。
家族とこういう時間を過ごせたら幸せだよな」
(ああっ! もぅっ!
冷静でいられないっ!?)
──こうして俺とユナは
2人きりの温泉を楽しんだ。
入浴後、クルガーヌに
使い心地を尋ねられたが、
俺は「とても良かったです」
としか答えられなかった。
サキ、セドラと合流する。
「皆さん、温泉は如何でしたか?」
「ああ、女性用は広くて
川岸からの視線もちゃんと遮られてて、
とても気持ち良く入れたぞ」
「セドりん、家族貸切用も
凄く気持ち良かったよ。
この温泉なら、きっと家族水入らずで
楽しい時間が過ごせるよ」
「それは良かったです。
では、今夜ですが
現状の皆さんのご意見を伺いたいので、
長老や街の上層部の者と
夕飯を共にしてもらえますか?」
「ああ、わかったよ。
ところでセドラ、夕飯までに
作りたい街の名物料理候補があるんだ。
協力してもらえないか?」
「えっ!?
テルアキさん、それは本当ですか!?
勿論、何でも協力しますよ!」
「僧侶様?
名物料理候補って何を作るの?」
「ああ、見てのお楽しみだ。
ユナとサキも準備を手伝ってくれ」
──俺達は寺の厨房に移動した。
セドラに頼んで
桶に半分程の大豆を用意してもらい、
水に浸して『スピード』の魔法を
かけて柔らかくする。
「よし、次は水車小屋にいくぞ」
使っていない水車を利用して、
柔らかくなった大豆を
ペースト状になるまで潰す。
「わぁ、ドロドロになったね。
僧侶様、これをどうするの?」
「このドロドロを温めて、布で漉すんだ」
俺達は寺の厨房に戻り、
ドロドロになった大豆を
火にかけて温め、布で漉した。
白い液体が布を通して濾され出る。
「テルアキ? この白い液体は何だ?」
「これは俺が元居た世界で
『豆乳』と呼ばれるものだ。
味見で少し飲んでみてくれ」
……ゴクッ……ゴクッ。
「わぁっ!
これは凄く身体に良さそうな味だねっ!」
「大豆の香りがして、
すっきりと身体に染みる味だな!」
「テルアキさん、
これは素朴な味というか、
しっかり大豆の味が楽しめますね!」
「……だろ?
こっちの布に残った方は
『おから』といって煎り煮にするんだ。
後で長老達にも食べてもらおう」
「ねぇ、僧侶様?
この『豆乳』と『おから』が
新しい名物料理候補なの?」
「いや、違う。ここまでは準備だ。
この豆乳をゆっくりと温めたら完成だ」
俺は出来上がった豆乳を
弱火でゆっくり温めた。
「テルアキ、
この豆乳を温めるとどうなるんだ?」
「サキ、例えば、牛乳を温める時に
熱くしすぎると……、どうなる?」
「それは……、
表面にブヨブヨした膜ができるな」
「そうだ。
この豆乳でも同じ事が起きる。
もう少しだ、見ててくれ」
すると、温められた豆乳の表面に
膜が出来はじめた。
「そろそろだな……」
俺は出来上がった膜を
箸ですくって小皿に取り、サキに渡した。
「さぁ、食べてくれ」
「ふーん、何だか不思議な食べ物だな」
サキは少し戸惑いながら
渡されたモノを口に運ぶ。
「……なっ!? これはっ!
ツルっとして触感がたまらないなっ!
しかも、あっさりしてるから
幾らでも食べられるぞっ! 美味いっ!!」
「僧侶様っ!? 私の分はっ!?」
「まぁ待て。これは待ってれば
何枚も出来るんだ」
続いて出来上がった膜を小皿に取り、
ユナに渡す。
「んふっ!
豆乳もすっきりして美味しかったけど、
こっちも美味しいっ!
それに自分ですくうのが楽しいよっ!」
「……だろ? これは
『汲み上げ湯葉』 って言う料理だ。
この膜の事を『湯葉』と呼ぶのだが、
これは大豆の中にある栄養成分が
膜状に固まったモノなんだ」
最後にセドラに湯葉を渡して試食させる。
「おぉっ!? テルアキさんっ!!
これはあっさりと滋味深く美味しくて!
この街にピッタリの料理です!」
──俺達は夕飯まで豆乳を作り、
『豆乳』と『汲み上げ湯葉』を
長老達の試食用として準備した。
寺の食堂で長老達と
打合せを兼ねた食事が始まる。
「テルアキ、ご苦労であったな。
そなたの目から見て、街の嫁不足問題、
いや、まずは街に来訪する女性を増やす問題
……如何であろうか?」
「はい、長老。
まずは俺が感じた問題点を
整理したいと思います。
1、南北隣町からの来訪時に
道中で魔物に襲われること
2、竹林のパンダ達によるイタズラ
3、修行僧の皆様による女性の凝視
4、温泉が外からまる見えだったこと
です。ただ、4番目は
新しく塀と脱衣所が設置されたので
解決済です」
「なるほど……。では問題は3つか」
「はい。
ただ問題は3つあるように思えますが、
実は1つだけです」
「……と言うと?」
「来訪者が減る根本的な原因は
1の来訪時に道中で魔物に襲われること
です。それで来訪者が減った結果として、
2、パンダのイタズラ
3、皆さんの凝視
が引き起こされています。
ですので、1の問題を解決すれば
全ての問題が無くなるのでは?
……と考えています」
「なるほど……、そういう事か。
我々が各街へ移動する時々は
魔物に襲われても退治できるが、
戦闘ができない者にとっては
そこが問題であったな……」
「はい。
その問題を解決する方法について、
提案があります」
「それは何じゃ?」
「修行僧の皆さんが
南のブレゼス、北のグリエールと
この街を定時刻に馬車で
来訪者の方々を護衛しながら送迎するのです」
「そっか! 道中で襲われても
守ってくれる人が一緒なら安心だね!
僧侶様っ!」
「具体的には
ブレゼス9時発 → 12時グラチネ着
グリエール9時発 → 12時グラチネ着
13時グラチネ発 → 16時ブレゼス着
13時グラチネ発 → 16時グリエール着
の馬車便を作ります。
ただ、送迎担当になった修行僧は
朝6時前から南北2つの街に
行く必要がある……のと
午後に南北2つの街に行ったら
戻ってくるのが夜19時頃で遅くなる……
事が懸念事項です」
──こうして
長老達との打ち合わせは続く。
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