第33話 小娘よりも

──ミエルとランティーユ、

大人2人のグラチネ観光体験が始まった。


1日の予定は……


午前中は本堂で読経見学、体操体験、

街と竹林の散策をした後、

「汲み上げ湯葉」の昼食をとる。


午後は修行僧の格闘訓練見学、温泉、

夕食を取りながら感想を聞く……

という流れだ。


まず、本堂で荘厳な雰囲気の中、

読経を見学する。


ミエルは静かに瞑想を始め、

気持ち良さそうな表情をしている。

すると、集中するミエルの体から

冷気の渦が出はじめた。


「ちょっ!? ミエルさん! ダメッ!」


「あら、ユナちゃん、ごめんなさい。

ついうっかりして……」


(……いやっ! ついうっかりで、

辺り一体が氷漬けになる所だったぞ!?)


また、ランティーユも

穏やかに瞑想していたが、

見学が終わって立ち上がろうとした時、

足が痺れてよろめいた。


咄嗟にセドラが

ランティーユの体を受け止めたが、

美人の体に触れる姿を見た周囲の修行僧から

殺気じみた視線がセドラに集まった。


(……皆!? 今のは不可抗力ですからっ!

そんな目で見ないでっ!)


続いて太極拳の様な体操体験は、

ランティーユが持ち前の身体能力で

美しくこなす姿に

周囲の修行僧達が全員見とれていた。


今度はミエルが体操中によろめくと

やはりセドラが体を支えるのだが、

ここでも修行僧達から、

美人に触れるセドラに

矢の視線が突き刺さった。


(なっ!? 私はよろめく女性を

手助けしてるだけなのに、何だか今日は

私の敵が増えてる気がしますっ!)


街と竹林の散策は

良い雰囲気で問題なく終わった。


昼食の『汲み上げ湯葉』は

ミエル、ランティーユともに

大いに感激してくれた。

俺は食事をしながら、2人に意見を聞く。


「ミエルさん、ランティーユさん、

お疲れ様でした。

午前中の体験は如何でしたか?」


「テルアキ君、とっても楽しい体験を

させてもらってるわ」


「テルアキ殿、各体験も街の様子も

……そしてこの料理も魅力的です」


「そう言って貰えると嬉しいです」


──続いて午後の日程が始まる。


格闘訓練場では

セザム寺長が訓練を指導していた。

すると、ランティーユは見学しながら

体を小刻みに動かし始めた。


その様子を見てミエルが声をかける。


「うふふ、ランちゃん、

我慢できないみたいね。

ちょっと訓練に混ぜてもらったら?」


「ミ、ミエりん、私は別に……」


その会話を聞いてセドラが動く。


「ランティーユ殿、

貴方が武芸に精通している事は分かります。

セザム寺長に許可を貰いますので、

どうぞご参加ください」


「良いのかっ? セドラ殿!?

では、お言葉に甘えます」


「うふふ。ランちゃん、嬉しそうね」


セドラがセザム寺長の元に駆け寄り、

OKの合図をした。

ランティーユがゆっくりと訓練場に進む。


一般観光客の雰囲気から

鋭い騎士の雰囲気に変わり、

見ているこちらにも緊張が走る……。


まずは、セザムに1人の中級僧が選ばれ、

ランティーユと組み手を始めた。


『はぁーーっ!』


「たぁーっ!!」


ランティーユは中級僧の先手を交わし、

2手目、3手目も鮮やかに受け流し、

そして隙を見て有効打を叩き込む。


……バシッ!!


『ぐわっ!!』


「そこまで!」


中級僧が倒れるとセザムが制止に入った。


『おぉぉー!』


周囲の修行僧達から歓声が上がる。


「さすがは騎士団長殿。

見事な体さばきですね。

では、上級僧クラスの相手もお願いします。

セドラ、お前はあと1回の試験合格で

上級僧であったな……。

上級僧相当の格闘家としてお相手しなさい」


「わ、分かりました。

ランティーユ殿、いや、騎士団長殿、

お手合わせ願います」


「では僭越せんえつながら、宜しくお願いします」


先程の中級僧とは異なり、

周囲が重く張り詰めた雰囲気に包まれる。

そして激しい攻防が始まった。

どちらも引けを取らず、

見事な攻防を繰り広げる。


……バババッ!!


『おおぉーーっ!!』


周囲から大きな歓声が上がる。

激しい2人の組手を見ていたサキは

思わず声を上げる。


「あの騎士団長!

武器も持たずにあんなに戦えるのか!?

それに! セドラも凄い動きだっ!」


(あの2人に比べたら

アタシの攻撃力なんてまだまだだな。

もっと強くならないと……)


ランティーユとセドラは組み手を終え

互いに健闘を讃え合った。

周囲からは大きな歓声と拍手が起こった。


──続いて温泉に向かう。

男性用、女性用、家族貸切用に

分かれた温泉だ。


俺とセドラは男性用、

ミエルとランティーユは女性用、

サキとユナは家族貸切用の

温泉に別れて入った。


3つの温泉は距離が近い為、

静かにしていれば

隣の会話を聞くことができる。


俺はセドラと湯に浸かっていると、

親子パンダが緩やかな川の流れを渡って

温泉の方にやってきた。


「アネット! タン!」


セドラが声をかけるが、親子パンダは

3つの温泉をキョロキョロと眺めた後、

俺達を無視して女性用温泉の方に向かった。


(あの2頭めっ!

とことん可愛いげのない奴らだなっ!

いや、むしろ好都合か?

ランティーユさんやミエルさんに

イタズラして、返り討ちに合ってしまえ!)


俺の期待をよそに、

親子パンダは女性用温泉の前で立ち止まり

アピールするように可愛く鳴いた。


「グゥー」


「ムゥー」


「見て、ランちゃん!

可愛い親子パンダよ!」


「本当だな、ミエりん。

ほらっ! こっちに来るか? 一緒に入ろう」


誘うランティーユに

戸惑う様子を見せた親子パンダは

照れるように、そそくさと

家族貸切用温泉に向かって行った。


「あ、行っちゃったね、ランちゃん。

この街の名物、パンダと一緒に

温泉入れるかと思ったのに……」


次に親子パンダの存在に

気づいたのはサキとユナだ。


「ああっ! あの2匹! 現れたなっ!!」


「うん、また変な事したら!

今度は魔法撃っちゃうよ!」


親子パンダは

入浴するサキとユナの姿を確認し、

身振り手振りを交えて

何かを相談している様だ。


……ユナがそのやり取りを想像で翻訳する。


「ユナ?

あいつらのやり取りが分かるのか?」


「何となくだけどね。

えっと? なになに……?


『こっちの色気がない小娘2人よりも

あっちの美人な2人の方が

胸が大きくてスタイル良いから

一緒に温泉入るならあっちにしよう!』


……って言ってる!?」


親子パンダはユナが翻訳した内容に

コクコク……と頷きながら、

サキとユナに向かって挑発的、

かつ、ふざけたポーズを取っている。


「……なっ!?

美人じゃなくて悪かったなっ!

上等だ、コノヤロー!

今度こそとっちめてやる! 表に出ろっ!」


「サキちゃん! ココ、殆ど外だよっ!

それにしても!

色気がない小娘って言った!?

つくづく頭に来るパンダちゃん達!!」


怒る2人を後ろ目に親子パンダは

ミエルとランティーユが入る

女性用温泉に戻っていく……。


「グゥー」


「ムゥー」


「あら、戻って来たのね。一緒に入る?」


両手を広げて迎えようとするミエルに、

子パンダのタンが近寄る。

ミエルの胸に抱かれ、甘く可愛い声をあげる。


「ムゥー、ムゥー……」


「あら、そこはダメよ。くすぐったいっ」


次に、ランティーユが

親パンダのアネットを近くに誘う。


「そちらの大きな方、こっちに来るか?」


「グゥー……」


アネットはランティーユの側に近寄り、

ランティーユの腰回りから胸にかけて

自分の体を擦り寄せた。


「ふふ、くすぐったいぞ。

お主、女性が好きなのか? はははっ」


「グゥー、グゥー……」


アネットが精一杯甘えた声を出す。


女性用温泉から聞こえる

ミエルとランティーユの声を

俺は男性用温泉から、

サキとユナは家族貸切用温泉から聞いていた。


俺、ユナ、サキは同じ事を考える……。


(あのエロパンダどもっ!

絶対ワザとなついたフリしてるっ!!)


──温泉を出て、夕食の時間となる。

夕食は長老も同席した。

ミエルとランティーユは今日の感想を伝えた。

2人とも大いに満足した様だった。


休憩所や甘味所を増やして欲しい点や、

観光客向けに飲酒できる店が欲しい点など、

幾つか有意義な提案も得られた。


また、ランティーユは

この街の綺麗な風景や温泉で

心身ともにリラックスできる環境に満足し、

ロティール王国騎士団員の保養場所として

定期的に利用すると言ってくれた。


王国騎士団の魔法隊が

『ムーヴタウン』で送迎すれば

移動距離の問題もなくなるため、

ロティールとグラチネ間の

往来は増える事になりそうだ。


──こうしてミエルとランティーユの

観光体験は無事に終わった。


「皆さん、今日はお疲れ様でした」


セドラは皆を見送り、帰宅しようとすると

同僚や身内の修行僧に取り囲まれた。


「あれ? 皆、どうしたのですか?」


『おい、セドラ!

お前だけあんな美人達の体に

触れるなんてズルいぞ! 』


『セドラさん!

あの時……、わざと女性の体を

沢山触ってましたよね!?』


『僕も見ましたよ!

セドラさんは自分のひじを、ワザと女性の胸に

押し当てるようにしてました!』


「……なっ!? いやっ、誤解ですよ!

そんな事するハズないでしょうっ!?」


『問答無用だ! こっちに来い!』


『そうですよ!

セドラさんばっかり……、ズルいですっ!』


「誤解です! 私は無実です!!」


……シュタッ!


セドラは修行僧達の包囲を飛び越え逃走した。


『あ! 待てーーっ!!』


「ひぃぃーーっ!」


──こうしてこの夜、

セドラは修行僧達による嫉妬の包囲網に

深夜まで狙われたのであった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る