修行僧の街グラチネ編

第27話 竹林に潜む

──俺達は修行僧の街

『グラチネ』を目指していた。

ブレゼスからは徒歩で1日弱の距離だ。


「ユナとサキは

グラチネの街に行った事はあるのか?」


「私は無いんだ。

でも、ロティールの街で布教活動してる

お坊さんを見たことあるよ」


「アタシも行った事は無いな。

何でも、竹林の丘にある街らしい。

あと、グラチネの辺りは火山に近いから、

温泉もあるらしいぞ」


──俺達は話をしながら歩みを進め、

午後には周りが竹林に囲まれてきた。

グラチネの街に近づいてきた様だ。


「この様子なら夕方には着きそうだな」


「明るいうちに着くと良いね、僧侶様」


──こうして暫く歩いていると……


(……なっ!? あれは!?)


俺は道の先に見える光景に目を疑った。

ユナとサキも驚きの表情を見せている。


「ユナ、サキ、あれは、

……俺だけが幻を見ているのか?」


「僧侶様っ! 私も見えてるよ!?」


「アタシもだ……。2人とも、警戒しろよ」


現れたのは、身長50cm程で、

2足歩行でテクテクと歩く

愛くるしい子パンダだ。


「きゃぁっ! 可愛すぎるよっ!!」


余りの可愛さに、

ユナはたまらず子パンダに駆け寄る。


「ユナッ、待てよ!」


「おい、待てって!

怪しい生物に不用意に近づくな!」


俺はユナを追いかけた。

しかし、サキは冷静に周囲を警戒し、

その場に残って様子を伺う。


ユナは子パンダの傍に寄り、

屈んで頭を撫で始めた。


「可愛いー! ヨシヨシ」


「……ムゥー、ムゥー」


子パンダはユナにあやされ、

笑顔を見せている。


「僧侶様ー! ほら、見て!

この子、可愛いよ! はいっ、お手っ」


続いて、ユナは笑顔の子パンダに

右手を差し出しす。


……が、次の瞬間!


……ガブッ!!


子パンダはユナの右手にかじりついた。


「痛たたたっ!!

痛いっ! 離してよっ!」


ユナは右手を振り回し、

子パンダはユナの手元から離れて

ヒラリと宙返りをして地面に立った。


……スタンッ。


サキは子パンダが見せた軽やかな動作を

しっかりと確認していた。


(……何だ!? あの身のこなしはっ!?)


「ユナ、大丈夫か!?」


「うん、怪我はしてないけど、

すごく痛かったよ」


「ははっ。

お前はどこか頼りない所があるからな。

子パンダにもそれが伝わって

ナメられたんじゃないか?」


「えぇっ? 私、そんなに頼りなく

感じられるかなぁ?」


「俺ならきっと大丈夫だぞ。

僧侶の威厳を見せてやるよ。ほら、お手っ」


俺は先程のユナと同じ様に

子パンダの前に右手を差し出す……。


「ムゥー、ムゥー」


子パンダは俺の右手に自分の手を乗せ、

可愛く鳴きはじめた。


「ほら、大丈夫だろ?」


「えぇ? 僧侶様だけずるーい!」


俺は得意げな気分になり、

勝ち誇った表情でユナの方を向き、

左手の親指を立てた。


……が、次の瞬間!


子パンダは俺の顔前にジャンプし、

くるりと身体を回転させ

俺の顔に強烈な回し蹴りを炸裂させた。


……バコッ!


「どわぁっ!!」


茂みに蹴り飛ばされた俺を見て

子パンダは嬉しそうに両手を上げ、

楽しそうに踊っている。


「……ムゥッ! ……ムゥッ!」


サキは先程と同様に、少し離れた所で

しっかりとその様子を確認していた。


(あの子パンダ! またあんな動きをっ!?)


「あははっ。僧侶様、大丈夫?

僧侶様の威厳は凄いんだねー」


「ぐぐっ……」


俺は痛みをこらえ、茂みからはい出る。

すると、子パンダは地面の土をほじくり、

泥団子をいくつか作り始めた。


俺は怒りを抑えながらユナに言う。


「……ユナ、人間は一度の失敗で

結論を出してはいけないぞ。

ほら子パンダを見てみろよ。

泥団子を作ってるだろ?

あれはきっと、謝罪と友好の証として

俺達にくれるつもりだ」


「うん、そうだね。

こんなに可愛い子パンダちゃんが

私達を憎んでる訳無いよね」


すると、子パンダは作り上げた

6個の泥団子を片腕に抱え、

ユナの前に立った。


「子パンダちゃん、お団子くれるの?

ありがとう!」


ユナが笑顔で両手を指し出す。


……しかし、次の瞬間!


子パンダは素早い動作で

泥団子をユナの顔に3個連続で投げた。


……バババッ!


「きゃぁっ!?」

「ユナ、大丈夫か!?」


俺はユナの側に駆け寄ると

子パンダはジャンプして

俺の後頭部に回り込み、

俺の後ろえりを掴んで

背中へ残り3個の泥団子を投げ入れた。


……バババッ!!


「どわぁぁっ!!」


そして、子パンダは俺達の前に周り、

嬉しそうにふざけた踊りをして

俺達を挑発してくる。


「……ムフンッ! ……ムフンッ!」


「僧侶様! 私っ!

……流石に頭にきたよっ!」


「ああ、俺もだ!

捕まえてとっちめてやる!」


子パンダは小躍りしながら

走って逃げていく。


「待ちなさいっ!!

お仕置しちゃうんだからっ!!」


「待てーっ! 泥の汚れは

洗っても落としにくいんだぞ!」


「僧侶様、それ!

子パンダには関係ないからっ!」


子パンダ、俺とユナは

道を走ってその場を去っていく。

しかし、サキは俺達を追いかけずに

警戒しながらその場に残っている。


「はぁ。アイツら何やってるんだよ。

……で、そこの後ろのヤツ。

それで隠れてるつもりか?

居るのは分かってるから出てこいよ」


サキは後ろの茂みに潜む

子パンダとは別の気配に向けて

声をかける。


「……グゥー、グゥー」


低い鳴き声と共に

竹林の茂みから現れたのは

全長1.5m程のパンダだ。


(コイツ……、さっきのパンダの親か?)


「おい、さっきの子パンダは

ふざけて遊んでた様だが、お前も同じか?

だが、アタシはあの2人とは違うぞ」


「グゥー」


親パンダは両手を地面について、

4足歩行でゆっくりとサキの側に近づき、

サキの腰に顔を擦りつけて

可愛く鳴きながら従順な素振りを見せる。


「ほぅ、お前はどっちが強いか?

ちゃんと分かるみたいだな」


サキは腰元で従うパンダの頭を撫でた。

パンダもそれに応え、

可愛い鳴き声を出している。


「グゥー……」


数秒間、そのやり取りが続いた。

……が、サキの表情が一気にこわばる。


「おい……、お前、その手は何だ?」


親パンダはサキの腰に顔を擦りつけながら、

片手でサキの尻を

執拗に撫で回し始めた。


「おい、その手を離せ」


「グゥー……」


サキの言葉を無視し、

パンダはサキの尻を撫で回している。


「その手を……離せって言ってるんだよ!」


言う事を聞かずに

尻を撫で続ける親パンダに、

サキは回し蹴りを放った。


しかし、親パンダは軽い身のこなしで

サキの頭上までジャンプして

回し蹴りを交わし、

サキの後頭部を踏み台にして

トンッ……と軽く蹴り、

サキの背後に着地した。


後頭部を押された形となったサキは、

前につんのめり、体勢を崩す。


「わっとっとっ!」


(子パンダといい、コイツといい、

……一体何なんだっ!?)


サキが振り返ると、先程の子パンダが

親パンダの頭部に乗っている。


(何っ!?

テルアキ達を撒いて戻ったのか!?)


身体能力の高い親子パンダに警戒し

サキは短剣を抜き身構えた。

すると道の向こうから

子パンダの泥攻撃を受け続け、

全身汚れたテルアキとユナが戻って来る。


「くっそー、あの子パンダ、

今度会ったらただじゃおかないからな!」


「私もあの顔は忘れないよ、僧侶様!」


サキは戻ってくる2人に向かって叫ぶ。


「ユナ! テルアキ! ……気をつけろ!

このパンダ達、強いぞ!」


「なっ! パンダが2匹も!?」


「あっ! さきの子パンダちゃん!!」


俺とユナもすかさず身構える。

しかし、子パンダは

危機を感じていない様子で、

親パンダの頭の上で小躍りを続けている。


「もうっ!!

あのふざけた態度が頭に来るのよねっ!」


子パンダを除いて皆が睨み合っていると、

茂みの中から男性の声が聞こえてきた。


「おーい! アネット! タン!

どこですかー!?」


「グゥー!」


「ムゥー! ムゥー!」


パンダの鳴き声に気づいた男性が

茂みの中から現れる。


「ここに居たのですか? アネット、タン。

……あれ? そちらの方々は?」


現れたのは、袈裟を身にまとい

頭は丸刈りの誠実そうな男性である。


「こらっ! ……アネット! タン!

旅の方々に悪さをしてはいけないと

いつも言っているでしょう?」


「グゥー……」


男性が現れると、

2匹のパンダは大人しくなった。


「旅のお方、

この親子パンダが失礼しました。

私は『セドラ』。

グラチネの街で修行僧をしています」


親パンダは『アネット』、

子パンダは『タン』という名前のようだ。


「……えっと、

泥だらけの格好で済みません。

俺は僧侶のテルアキ、

こちらはユナ、サキです」


「おぉ! あなたが召喚の儀式で

現れたという伝説のお方ですか!?」


「はい、まぁ。今は泥だらけですけど……」


「まずはお召し物を

洗わなければなりませんね。

泥の汚れは落としにくいですが……、

頑張って洗いましょう。

今からグラチネの街にご案内します。

そして長老ともご面会ください」


「それは助かります。

ありがとうございます」


「では参りましょう。

それにしても、そちらの女性お2人……、

とても美しい方々ですね。

特にサキさんは……、

鍛えられた身体と内面から溢れる

芯の強さに美しさを感じます」


「はぁっ!?

アタシが美しい……って、冗談だろ!?」


「サキちゃん、褒められて良かったね」


「いやっ、そんなの言われた事ないし!

おい! 『セドラ』とか言ったな?

お前……、何か企んでるのか?」


「いえっ、別に私はっ……その、

感じた事を正直に言っただけです」


「ななっ……」


予想外の返事に

サキは赤くなりうつむいた。


──こうして俺達はセドラに案内され、

グラチネの街に向かうのであった。

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