第28話 修行僧の街 グラチネ

──俺達はセドラに案内され、

グラチネの街を目指している。


「皆さん、アネットとタンが

イタズラをして申し訳ありません。

彼らに悪気はないのですが、

どうもイタズラが過ぎるようでして……」


「グゥー……」


「ムゥー……」


「アネット、タン、皆さんに謝りなさい」


セドラが謝罪を促すと、

2匹のパンダはタッ……と駆け出し、

竹林の茂みへ消えて行った。


「あっ! 逃げちゃったよ!」


「全く、申し訳ありません」


「まぁ、それは良いとして……。

セドラ、グラチネ付近には

あんなパンダが沢山居るのか?」


「ええ、その通りです、テルアキさん。

彼らは私達が子供の頃からの

遊び相手でもあり、同時に体術を

鍛えるための訓練相手でもあります」


「何っ!?

野生の動物が体術の訓練相手なのか!?」


「はい、サキさん。

彼らは格闘能力に優れていますので、

彼らと遊ぶことがそのまま

実践訓練となるのです」


「じゃぁ、セドりん、

グラチネの修業僧さん達は皆、

格闘ができるの?」


(……なっ!?

『セドりん』って呼んだ!?)


「えっと……、ユナさん、その

『セドりん』というのは私の事ですか?」


「そうだよ。可愛いでしょ? えへへ」


「……済まないな、セドラ。

ユナはこういう性格なんだ」


「わ、分かりました。

グラチネの僧は皆、修業の一貫で

武術を学ぶので格闘ができます。

他にも読経、禅を組む、滝行、布教活動、

……等の修業を行っています。

そろそろ到着です。

まずは、代えのお召し物を

用意しますので、宿屋に向かいましょう」


──夕方頃、グラチネの街に到着した。

寺院が整然と建ち並び

清掃が行き届いた綺麗な街だ。

街中では、全身汚れた俺達に

多くの視線が集まる。


「……僧侶様?

何だか私達、凄く目立ってるね」


「ああ……、周りからの視線が痛いな」


「そんなにアタシ達を

ジロジロ見なくても良いのにな」


俺達は宿で用意された「作務衣」に着替えた。

サキは着替える必要が無かったが、

珍しい服に興味を示し、着替える事にした。


「わぁ、何だかお寺で働く人みたいだね。

えへへ、僧侶様。私、可愛い?」


両手を広げ、

笑顔でクルッと一回りするユナ。


(……かっ、可愛い!?

こいつはどうして何を着ても

こんなに可愛いんだっ!?

それに、胸元とか少し緩くなってるし!)


「あ……その、まぁそうだな。可愛いよ」


俺は赤くなり、どもりながら答えた。


「えへへ、やったぁ」


「でも、ユナ……、

あんまり前屈みになったり

激しく動いたりするなよ?」


「……えっ? あぁっ! 僧侶様っ!?

私のこと、ヤラシイ目で見てるー!」


「ち、違うっ! これはただの注告だっ!

それにしても、

サキはこの服がよく似合ってるな。

スラッとしてるし、短髪だから

寺のイメージともピッタリ来るよ」


「うんうん、サキちゃんは

カッコ良く似合ってるね」


「そ、そうか?

そう言われると照れるな」


着替えを終えて宿屋の外で話していると、

セドラが戻ってきた。

長老と面会をする段取りをしてきた様だ。


「皆さん、着替えが終わりましら、

長老がいる中央本寺へ参りますよ」


「セドラ、よろしく頼む」


俺とユナを見たセドラは

特に何の反応も示さなかったが、

サキを見て大きな声をあげる。


「おぉぉっ! サキさんっ!?

これは何とお似合いで美しい姿ですか!?

やはり私の目に狂いはありませんでした!」


「おい、セドラ。

お前はイチイチ大袈裟なんだよ。

こんなの普通だろ?」


「す、すみません……。

私達は見習い僧の頃から修行で


『思っている事は素直に伝える様に!』


と指導を受けておりまして……。

お気を悪くしたら申し訳ありません」


そのやり取りを聞いて、

ユナが俺に小声で話す。


「ねえ、僧侶様?

セドりんは、サキちゃんの事、

……そう言う風に思ってるのかな?」


「いや、それは分からないが……。

でも、セドラだけでなく

この街に入ってから、やたらと

ユナとサキに視線が集まってないか?」


「あ、私もそれは感じてたよ。

よく見たらこの街って男性が多くない?」


「確かに、女性を殆ど見ないな。

何か特殊な事情でもあるんだろうか?」


「うーん、どうだろうね。

長老様に聞いたら何か分かるんじゃない?」


「それもそうだな……」


──俺達はセドラに案内され、

長老が待つ中央本寺に到着する。

大きな寺は所々に精巧な装飾が施され、

おごそかな雰囲気に包まれている。


俺達は寺の中を進み、

長老が待つ本堂へ案内された。


「長老、テルアキ殿、ユナ殿、サキ殿を

お連れしました」


壁の両側に修行僧が並んで座る中、

中央奥に座っている老人がいる。


頭は丸刈り、整えられた長い髭を生やし

体格は小柄で袈裟をまとっている。

優しそうな笑顔が印象的だ。


すると、老人は立ち上がり、

俺達の方に向かって歩きながら

自己紹介を始めた。


「グラチネの街へようこそ。

ワシは長老の『ソジャ』。

皆は名前ではなく長老と呼んでおる。

道中、竹林のパンダ達に

もてなされたようじゃな」


「初めまして。俺はテルアキ、

こちらはユナ、サキです。

道中ではびっくりしました。

また、こちらの衣服を用意して頂き、

ありがとうございます」


長老は俺の言葉を聞きながら、

そのまま歩き続けて

サキの隣で立ち止まった。


「うん? 長老さん、アタシに何か用か?」


「ほぅほぅ、

これはまた良い尻じゃのう」


そう言うと、……あろう事か?

長老はサキの尻を右手で撫で回した。


「どわわっ!!

……って何するんだこのエロジジイッ!」


サキは反射的に長老に対して

回し蹴りを放った。


しかし、長老は余裕のある身動きで

サキの回し蹴りを宙返りで回避し、

そのままタンッタンッと

数回バク転をしてサキと距離を取った。


(何っ!? 簡単に回避した!?

あの年齢でどういう身体してんだ!?)


「ほっほっ。良い元気じゃ。

……そして良い尻じゃのう」


俺はすかさず長老に意見する。


「長老!! 初対面の俺達に今のは、

少し失礼ではありませんか!?」


長老は歩いて中央奥の席に戻りながら

笑顔で答える。


「ほっほっ、済まなかったな。

年寄りの些細な娯楽だと思って

勘弁してくれ、テルアキ。

しかしサキと言ったな。

儂に尻を触られる様では

まだまだ修業が足りぬぞ」


(……ぐぬぬ! この、エロジジイめっ!)


「ところでテルアキよ。

以前、大臣から来た手紙に


『街の困り事があれば

テルアキ殿に相談するように……』


と書かれていたが、これは本当か?」


(……前にも同じ事があったような)


「え、ええ……、その通りです。

でも俺はただの僧侶ですし、

大した事はできませんよ?

それに、体術に優れた皆さんなら

強力な魔物が現れても退治出来そうですし、

この街で俺が協力できる事は

無さそうですが……?」


「うむ、魔物退治なら我々で対処できよう。

ただ、近頃この街には問題があってな。

ぜひテルアキに解決して貰いたいと

思っておるのじゃ」


「問題ですか?

……それは何でしょう?」


不安げな表情で質問する俺に

長老は予想外の答えを言った。


「この街が抱える問題とは、


……ズバリ!


『嫁不足』じゃ! 」


(……なっ!?)


予想外の長老の言葉に

俺は驚きを隠せず、声を上げる。


「ええっ!?

よ、嫁不足ですか!? それは流石に、

俺にはどうしようもないのではっ!?」


「まぁ、そう言わずに話を聞いてくれ。

この街は女性が少なかったであろう?

以前はこうでは無かったのじゃ。

観光で訪れる者もおったし、

街の住人も女性がおった。

しかし、この街に魅力を

感じられなくなったのか?

……女性が減ってしまってのう」


(いやっ、女性にとっての

街の魅力とか言われても……!?)


「外から訪れた者の目線で、

この街を見て貰えないじゃろうか?

問題を解決するにしても、

何か手がかりが欲しいのじゃよ」


難題を頼まれて困った俺は、

場の雰囲気を明るくしようと冗談を言う。


「女性が嫌になって街を出て行く理由って、

例えば、長老様が女性のお尻を

沢山触って皆が嫌になった

……とかですか? あははっ」


……シーン。


部屋にいた修行僧達が

全員揃って下を向き黙り込む。


(……なっ!?

何故こんなに静まるんだ!?

そして、

何故誰も俺と目を合わせないんだっ!?

もしかして、俺っ! 原因当てちゃった!?)


「コホン……、

まずはこの街を案内させよう。

そしてテルアキと女性2人の

意見を聞かせてくれ。

最終目標は街に住む女性を

増やすことじゃが、まずは

観光や休養で訪れる者を増やしたい。

よろしく頼むぞ」


「はぁ……、分かりました。

でも、解決の保証は出来ませんので

そこはご容赦下さい」


「うむ。街の案内は

寺長『セザム』にさせよう。

明朝からよろしく頼む」


「はい、分かりました。長老」


名前を呼ばれ立ち上がる40歳程の男性。

丸刈りで袈裟をまとっており、

顔には小ジワが見受けられる。

真面目そうだが、苦労の多さが伺える。


「私は寺長の『セザム』。

やって来たばかりなのに、

こんなお願いをして済まないね」


「俺達でお役に立てるか分かりませんが、

ご協力はさせて頂きます」


──こうして俺達は不思議な依頼を受けた。

この日はセザムと夕食を共にし、

翌朝から街の案内を受ける事になった……。

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