第26話 別れ

──オリオルと生まれた子供は

ユナが与えた生魚と焼いたザバに喜び、

感謝する素振りを見せていた。


「えへへ、どういたしまして。

オリオルちゃん! と……子供ちゃん!」


すると、

オリオルがスキーユの顔に寄り添い、

何かを伝えようとしていた。


「クゥーー! クゥーー!」


「……え? そうなの?

ユナちゃん、オリオルがあなたに

この子の名前をつけて欲しいみたいよ?」


「えぇっ!?

私が名付け親になって良いんですか!?」


それを聞いたサキが慌てて制止する。


「ちょっと待った!

ユナに名前なんて付けさせたら、

……大変な事になるぞ!」


「あっ! サキちゃん酷ーい!!

私なら、この子に可愛い名前を

付けられるんだから!」


「そうだぞ、サキ。

ユナのネーミングセンスなら

きっと良い名前になるぞ」


(なっ!? テルアキ!!

お前がそれを言うのかっ!?

このネーミングセンス最悪コンビがっ!)


「そうだね。元々ユナちゃんは

オリオルに気に入られたし。

……良いんじゃないかな?」


「カルマールさん、

ありがとうございます!」


「ユナ、頼むわよ。

私達はこれからこの子を

その名前で呼ぶんだからね」


「うん! 任せて、ユイトルちゃん!」


(ユナに任せて……どうなっても知らないぞ)


皆が良い名前を期待する中、

サキだけは不安げな表情をしていた。


「どうしようかな?

この子は……、真っ白で綺麗で可愛くて……

焼きザバが好きで……」


「……ねえ、ユナ。まだなの?」


「うん! 決まったよ!

ユイトルちゃん! この子の名前は……」


「おお!? 決まったのか!?

名前は……何だ!?」


「この子の名前は……




『ヤキザバコ』!!




だよ!」


(……なっ!?)


(……えぇっっ!?)


(ユナ……お前、またやりやがったな……)


『ええぇっ!!??』


一同、驚愕の声が揃う。

そして皆、時が止まったかの様に

目を丸くして驚いている。


「流石だな、ユナ。

相手の好みを抑えた良い名前だ」


「えへへ、でしょ? 僧侶様」


『ええぇっ!?』


(……って、ここにも変な

ネーミングセンスの奴が居たっ!?)


驚きと共に周囲がザワつく……。


「ちょ! ちょっとユナ! テルアキ!

アンタ達はバカなのっ!?

……いや、バカでしょ!?

私達の大切な新しい家族に

どれだけ恥ずかしい名前付けてるのよ!」


「ああっ! ユイトルちゃん、酷い!

良い名前だよ。ほら、本人も喜んでるよ。

ね、『ヤキザバコ』!」


「キュゥッ! キュゥッ!」


「あなたの好きな焼きザバ、あげるね!」


ユナはそう言うと

ファイアを唱えてザバを軽く炙り、

ヤキザバコに与えた。


「キュゥッ! キュゥッ!」


ヤキザバコは焼きザバを

美味しそうに頬張っている。


「ああ……もう、何を言っても無駄ね。

オリオル、あなたはどうなの?

大切な子供が『ヤキザバコ』で良いの?」


「…………」


「ダメね……、オリオルはショックで

反応しなくなってるわ」


──こうしてブレゼスの港街が誇る

聖白の守り神2代目に、

個性的な名前が付けられたのであった……。


宴会が終わり、朝を迎える。

俺とユナ、サキは朝食をとりながら、

今後の予定を話している。


「ユナ、サキ、俺達はこの後、

『グラチネ』の街を目指す事になるが、

……その前に10日程この街に

滞在しようと思うんだ」


「ああ、アタシは別に構わないぞ」


「私も良いよ、僧侶様。でも、

10日間この街に滞在して何をするの?」


「まずやりたいのは、

漁に同行して安全の確認だ。

巨大サメを退治した後、

直ぐにまた別のサメが現れただろ?

念の為、暫くこの街に居た方が

良いと思うんだ」


「そうだね、私も賛成だよ」


「次に、昨日の

『しめザバ』と『ザバの一夜干し』、

もう少し完成度を高めて

商品になるまで試作を手伝いたいんだ」


「そういう事か。

じゃぁ、私は漁師見習いとして

海の漁を勉強させてもらうとするか。

山の狩りはできるが、

海の漁は全く知らないからな」


「漁に安全確認の同行するのは

昼までに終わるよね?

なら、私は魔法の書『サンダー』を

著してロティールの魔法書店に

納めて来ようかな。

そしたらミエルさんも喜ぶと思うし」


「それは良いな。

サンダーの魔法をこの街だけの

モノにしておくのは勿体ないし。

朝食を終えたら、

クルベットさんとカルマールさんに

相談してみよう」


──俺達は10日間この街に滞在して

漁に同行し安全確認をさせてもらう事と、

それぞれ3人の行動について

クルベット、カルマールの承諾を得た。


……そして、滞在の10日間が過ぎた。


漁に同行して安全確認を行ったが、

危険な魔物が海に現れることはなかった。


俺はユイトルと共に

『しめザバ』『ザバの一夜干し』の

作り方をまとめ、街の名物として

生産加工できる段取りをつけた。


サキはクロビスの漁船に乗り込み、

漁の経験をさせてもらった。


ユナは漁の安全確認から帰宅した後、

魔法の書『サンダー』を著した。

10日目の午後、ロティールにある

ミエルの魔法書店に魔法の書3冊を納めた。


──こうして、ブレゼスの街を

立つ朝を迎える。


クルベット、カルマールと

スキーユ、クロビス、ユイトルが

見送りに来てくれた。


まず、クルベットが俺の手を取り

別れの挨拶をする。


「3人とも、

この街を救ってくれてありがとう!

しかも、新しい名物まで

考案してくれるなんて……」


「いえ、俺も美味しいザバを

他の街で食べられたら良いな……

と思ってましたから」


「テルアキ君、

『しめザバ』『ザバの一夜干し』の

生産が軌道に乗って利益が出たら……

是非! 両手に2つの商品を掲げた

君の銅像を立てさせてくれ!」


「クルベットさん、

それは恥ずかしいから絶対にやめて下さい」


次に挨拶をしたのはカルマールだ。


「3人とも行ってしまうんだな。

寂しくなるよ。

またいつでも遊びに来なさい 」


「カルマールさん、

ありがとうございます」


続いてスキーユ、

クロビス、ユイトルが順に話す。


「3人とも、本当にありがとう。

元気でね!」


「3人には世話になったな。

サキ、お前は漁師として見込があるから、

またいつでも漁を手伝ってくれな!」


「テルアキ、ユナ、サキ、

今までありがとう。

テルアキがこの街に残してくれた

『しめザバ』と『ザバの一夜干し』。

……作る度にあなたの事を

思い出させてもらうわ」


「ははっ。ユイトル、

それはちょっと恥ずかしいな」


「良いのよ。

私がテルアキの事を思い出しても、

あなたには影響無いでしょ?」


「それはそうだけど……」


ユナはこのやり取りを

複雑な表情で見ていた。


「ところでテルアキ、出発する前に

この街の『無事を祈る儀式』をしても良い?

本当は漁の無事を祈る儀式だけど……、

旅立つテルアキにも特別にしてあげる」


(……ユイトル!? あなた!?)


スキーユはユイトルの台詞に

ハッとした表情を見せた。


「ああ、それは是非頼むよ」


「分かったわ。

まず、地面に膝をつきなさい」


「……こうか?」


俺は地面に『立ち膝』の状態になった。


「次に目を閉じて顔を上に向けなさい」


俺は言われた通りに目を閉じ、

顔を上に向ける。


……次の瞬間!


ユイトルは両手で俺の頬を挟み、

自分の唇を俺の額に当てた。

そして、数秒間静止する……。


(えっ!? ユイトル、これはっ!?)


目を閉じている俺は

何が起きているか? 分からなかったが、

額に伝わる柔らかさと温かさを

しっかりと感じていた。


「ちょっ! ユイトルちゃんっ!?

僧侶様に何するのよっ!」


「全くっ、別れ際まで騒がしい女ね。

言ったでしょ? これは旅の無事を

祈るこの街の儀式だって」


「それは聞いてたけど……、でもっ!」


「……ユナ、あなたに私の気持ちが分かる?

私はこれから旅立つテルアキの

無事を祈る事しかできないのよ」


「ユ、ユイトルちゃん……」


「私ができるのは祈る事だけ……。

でも、ユナはずっと

テルアキの側に居られる……。

お願いするのはシャクだけど、

テルアキがまた無茶をしないように、

あなたがしっかりテルアキを守りなさい!

……いいわねっ!?

そして旅が終わったら、

またこの街に来るのよ!」


「ユイトルちゃん……。

うん、分かったよ。

何だか……色々ごめんね」


「別にっ、謝る必要ないわよ!」


「ユイトル、心配してくれてありがとうな。

旅が終わったら戻って来るよ。

そしたら、また一緒に

料理作って皆で宴会しよう!」


「ええ、約束よ、テルアキ」


俺はユイトルと固く握手をした。


「それでは皆さん、そろそろ行きます。

ありがとうございました!」


俺達は別れを惜しみつつ出発した。

皆が見送る中、

スキーユがユイトルに声をかける。


「ユイトル、よく頑張ったわね。

……それにしても、あなたも港の女なのね。

ちょっと感心したわ」


「何よそれ? どういう意味?」


「良くも悪くも……、

『待つのが好きな女』って意味よ」


「……ふん。

別に、慰めてくれなくても良いわよ」


「ねぇ、ユイトル?

両思いをするなら2人が必要だけど、

片思いをするなら1人でもできるわ。

……これからも、良い恋をなさい」


「恋人が居ないスキーユお姉ちゃんだけには

言われたくない」


「なっ! あんたって子は!

こんな時まで涼しい顔して

痛い所えぐるわねっ!

せっかく良い事を言ってあげてるのにっ!」


──こうして俺達は皆に見送られ、

修行僧の街『グラチネ』を

目指すのであった。

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